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14.納豆

ブクマ14件、ありがとうございます!!

 九月に入ると俺の白血球は回復してきて、生禁も解除された。

 さらにもう少し回復すると院内学級に行くことも許されたので、久々に山チョー先生の所に行く。


「山チョー先生、数学教えてー」

「おう、任せろ! どこまで自分でやった?」

「いや、数学って自分でやるの無理じゃね?」

「まぁ暗記系じゃないものは、自分でやるのは厳しいかもなぁ」


 教科書に解き方は載ってるけど、やっぱり誰かに説明してもらわないと理解しづらい。

 山チョー先生は意外にも数学の教え方が上手くて助かった。他の中学生はいなかったのでマンツーマンだ。


「山チョー先生、暇そうだなぁ」

「今は中学生で入院してる子は少ないみたいだしな」

「前に来てた奴らは?」

「とっくに退院してったぞ」


 そうか、もう退院したんだな。まぁ長期に入院する奴の方が珍しいよなぁ。大抵は一泊か、長くとも二週間って感じなんだろうし。


「だからハヤトは、来れる時には来てくれよ!」

「山チョー先生が暇だから?」

「そうだ!」

「否定しろよっ」

「はっはっはっはっは!」


 数学の公式を叩き込まれて何度も練習問題を繰り返し、この日の院内学級は終わった。

 一人でやるとついスマホに手が伸びてしまうし、やっぱ誰かに教わるっていうのはいいな。

 退院した時にはもう受験生なんだし、真面目に勉強しとかないとヤバイ。高校行ってサッカーしたいからな。


 小児病棟に戻ってプレイルームを覗くと、守と祐介がいたので手を消毒してから俺も中に入る。


「ハヤト兄ちゃん!」

「ハヤトおにちゃー!」


 ハッキリ喋る方が守、舌足らずの方が祐介だ。斎藤さんが一人で二人を見ていた。俺は二人に縋られながらキョロっと周りを見回す。


「あれ、木下さんは?」

「今、買い物に行ってるよ〜」

「買い物? 売店?」

「売店じゃなくって、外のお店。ユウくんが納豆食べたいって言い出したんだって。売店では売ってないから」


 だから斎藤さんが祐介も見てたんだな。祐介の方を見ると、ニパッと笑っている。


「ユウくんねぇ、納豆しきよ〜」

「しき? ああ、好き?」

「そう〜」

「一緒だな! 俺も納豆大好きなんだ!」

「あは、ハヤトくんもユウくんも、渋い趣味してるね〜っ」

「ハヤト兄ちゃん、ハヤト兄ちゃん!」

「なんだ、守」

「ぼくはね、ハンバーグ大好きー!」

「ハンバーグもいいなー! 今日の晩飯なんだろうな!」


 病院食は質素で不味いってイメージがあったけど、それほどでもない。

 週に何度か選択食ってのがあって、AのメニューとBのメニューのどちらがいいか選ばせてくれたりする。

 生禁解除になったし、俺も納豆食べたいなぁ……今日は味噌汁出るかな?


「ただいま〜! 斎藤さん、遅くなってごめーん!」


 ゼーハー言いながら木下さんが戻ってきた。手を洗ってくると、「遅くなってごめんねーっ」と祐介を抱き締めている。


「早かったね、ゆっくりで良かったのに!」

「いやいや、祐介のことも気になったし」

「ユウくん、ちゃんと賢くしてたよ〜守と楽しそうに遊んでたし」

「本当? マモちゃん、ありがとうねっ」


 木下さんに礼を言われて、守はエッヘンと胸を張っている。


「マモちゃんに頼まれてたお菓子も買ってきたよ」

「やったー!!」

「ありがとう。お財布病室だから、後で払うね」

「おっけー」


 そんな風に斎藤さんと木下さんが話しているのを見て、なんか羨ましくなった。こうやって互いに協力できる人がいるっていいよな。

 俺がジッと見ていると、木下さんが俺の視線に気付いてこっちを向く。


「ハヤトくんも、なにか欲しいものあった?」

「……え?」

「ごめんね、病室に声掛けに行ったんだけど、いなかったから」


 わ、木下さん、俺のところにも来てくれてたんだ。


「ごめん、俺、院内学級行ってて……」

「そうだったんだ。また買い物行く時には声掛けるからね。なにか欲しいものある?」

「じゃあ、納豆!」


 俺はそう答えてしまった直後に、パクッと口を閉じる。

 買い物袋の中に見える納豆。今言っちゃったら、それをくれって言ってるようなもんじゃないか。


「ハヤトくん、納豆好きだったの? じゃあこれ、持ってく?」


 木下さんが納豆をひとつ取り出してしまった。やっぱりそうなるよな。


「いや、それ祐介のだし」

「大丈夫! 三つ買って来たから!」

「どんだけ食べる気だよ、祐介っ!」

「いやー、安かったもんでつい……でもよく考えると、冷蔵庫に入んないんだよね。だからもらってくれると助かるんだけど」


 確かに他にも買い物してるようだし、あの小さな冷蔵には入らないだろう。俺はどうしようかと一瞬悩んだけど、有り難く納豆に手を伸ばした。ネバネバの誘惑に負けてしまった形だ。


「ありがと、お金払うよ」

「三十八円ね」

「やっす!!」

「だからついいっぱい買っちゃったんだってば」


 安いからいっぱい買っちゃうとか、実は本末転倒だと思うんだけどな。うちの母さんもよくそれで物を腐らせてるし。

 でもまぁ、主婦にそういうところがあるおかげで、俺は今回納豆にありつけたわけだけど。


 夕飯の時間に、俺はその納豆を開けた。

 嫌いな人には最悪の匂いらしいけど、この匂いこそが食欲をそそる。病室に納豆の匂いが充満しようが、そんなの構うもんか。

 俺は納豆をネバネバと混ぜ、白いご飯の上にぶっかけた。

 そして今日の晩御飯には味噌汁も付いてる! 最高だっ!! やっぱ日本人はこれだよな。よく母さんにジジくさいって言われるけど。


「いっただっきまーす!」


 ホカホカのご飯に納豆のネバネバがたまらない。父ちゃんが酒を飲んだ後によく『五臓六腑に染み渡る』なんて言ってるけど、俺はそれを味噌汁で感じることができたくらいだ。

 俺は久々の納豆とお味噌汁を、ゆっくりと心ゆくまで食べたのだった。

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