13.白血病仲間
リナの移植は無事終了したようだった。
移植後は部屋から出てはいけないらしく、俺はリナに会っていない。病室に入っていいのは母親だけで、提供した拓真兄ちゃんすらも入れてもらえずに病室の外から中を覗いていた。扉には縦に長い小窓みたいなものが付いてるけど、目の前にはアイソレーターっていう大きな空調設備があって中は見えない。
清潔室の中にさらにこの機械を置くことで、準無菌室状態にしているんだそうだ。つまりリナは回復するまでそこで過ごさなきゃならない。室内はある程度自由に動けるみたいだけど、今までみたいに清潔区域だからってその辺を歩けなくなった。
「うぉ〜い、リーナー」
拓真兄ちゃんがリナの病室の前で怪しげな声を出している。「お兄ちゃんだ!」と声がして、病室の小窓からリナが顔を覗かせる。
「お兄ちゃん!!」
「大丈夫か、リナ。どっか気持ち悪いところないか?」
「うん、大丈夫だよ! お兄ちゃんが骨髄くれたんだから、絶対元気になるもん!」
「おう、でも無理するなよ。ほれ、ベッドに戻れ」
「えー、もう〜?」
「ほら早く行けって」
「はぁ〜い……」
拓真兄ちゃんはリナの顔を見て満足したみたいに振り向いた。
病室から顔を出して覗いていた俺と目が会う。
「おう、ハヤト」
「拓真兄ちゃん、退院?」
「ああ。明日っから学校だ」
「ドナーって、大変だった?」
「そうだなぁ。事前に採血したり検査したりが面倒だし、三泊四日の入院だしな。全身麻酔なんて初めてしたよ。あれ、ストーンって意識なくなるんだな」
「痛みとかはないの?」
「うーん、終わった後しばらくはちょっと痛かったけど、言うほど酷くはないな。やっぱ絶飲食と、しばらく動いちゃ駄目って言われたことの方がキツかった」
「そっか」
「あとはあれだな、風邪とか引かないようにすんのは気ぃつかった。リナが放射線治療とかの前処置も頑張ってここまで来れたのに、肝心の俺が体調不良で骨髄液取れないとか、シャレにならねーからな。とりあえず肩の荷が下りたよ、ホントに」
拓真兄ちゃんは本当にホッと息を吐いて安堵している。リナにとってはここからが闘いだけどな。本当に上手くいってほしいと心から願う。
リナが骨髄移植をして数日後、二人の男の子が立て続けに入院してきた。
プレイルームで勉強していると、保育士の志保美先生が応対している。
「お母さん達、ここに入った時はそこで先に手を洗って下さいね。守くんと祐介くんは手を出して。消毒するね〜」
二人の母親が俺の前を通り過ぎようとしたので、俺は「こんにちは!」と大きな声で挨拶をした。すると守と呼ばれた方のお母さんは驚いたように「こんにちは」と言い、祐介と呼ばれた子の母親はニッコリと笑って会釈してくれた。
守と祐介は、香苗やリナよりももう少し小さい。俺は勉強していた教科書を閉じて、守と祐介の方に行った。
「あ、ハヤトくん。この子達ね、入院したばかりの斎藤守くんと木下祐介くん。仲良くしてあげてね〜」
「俺は颯斗、よろしくな。守と祐介は何歳だ?」
「ぼくは四歳! もうちょっとで五歳になる〜」
「ユウくんもよんさい〜」
「あら、同い年ですか?」
手を洗い終えた二人の母親が顔を見合わせている。
「祐介は早生まれで、来年の二月の誕生日で五歳なんですよ」
「あ、じゃあうちの守と同じ学年です〜っ」
木下さんと斎藤さんは、子どもが同学年というだけでキャッキャと楽しそうだ。
「なんか、私たちも年が近そうな感じですね〜。木下さん、おいくつですか? 私は三十二歳ですけど」
「ええっ! 私もですっ」
「やっぱり! 近いと思ったんですよね〜! ちなみにうちの主人は五歳年上なんですが」
「う、うちも主人は五つ年上ですっ」
「本当ですか!? まさかもう一人、二歳の男の子が居たりしませんよね?」
「い、居ます、二歳の息子が……」
うわ、すごい被ってんな。本当の話?
斎藤さんと木下さんは驚きでポカンとなっている。
「失礼でなければ……祐介君の病気、急性リンパ性白血病じゃないですよ、ね……?」
「そうです! まさか、守君の病気も同じなんですか!?」
「同じですよ〜っ」
うわー、すっごい偶然。こんなことってあるんだなぁ。
家族全員同い年、更に同じ病気を同じタイミングで発症して、同じ時期に入院してくるとか……
なんか神様が面倒臭くって人の人生をコピペしたみたいな、そんな感じを受けてしまう。
にしても、二人とも白血病かぁ。意外に白血病患者って多いんだな。県内の白血病患者の殆どがこの病院に来てるから、そう思うだけかもしれないけど。
「守も祐介も、俺と同じ白血病だな。長い闘いになるけど、頑張ろうなっ」
そう言うと、守と祐介は「うんっ!」と返事をした。多分よくわかっていなさそうだけど。
「あら、あなたも……」
「颯斗です」
「ハヤトくんも、白血病なの?」
「急性骨髄性の方だけど」
「じゃあ皆、白血病と闘う仲間だね」
長くて黒いストレートの髪の持ち主、木下さんが微笑む。
「絶対に元気に退院しよう〜っ」
茶色くゆるいウェーブのかかった、やっぱり髪の長い斎藤さんがニーッと笑う。
二人とも入ってきた時は不安そうだったけど、仲間がいると思うと力強さを感じたんだろう。俺も同じだ。
守と祐介、それに俺。
絶対に病気に打ち勝って退院してやる。