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11.生物禁止

 入院してしばらくすると白血球が下がり、清潔室という所に入ることになった。俺達が清潔室って呼んでる所は、一般の病棟とは違う清潔区域のことで、ここでは高性能のフィルターが使われてるんだって園田さんが教えてくれた。巨大高性能の空気清浄機って感じかな。


「ふー、ギリギリで清潔室空いて良かったー!」


 園田さんや補助師のオバちゃんが空いた清潔区域内の病室に、俺の荷物を運んでくれる。引っ越しだ。

 新しく入る病室を見ると、太陽の光で病室が埋め尽くされている。


「あ、よかった。前のところより見晴らしいいや」

「ここ、日当たりいいからね」


 大きな窓からは町の景色が見下ろせた。人や車が忙しなく動いているのがミニチュアの人形のようで面白い。そしてやっぱり、空が見えるって清々しいな。

 外が見えない病室っていうのは、息がつまりそうだった。景色のいい部屋に来ると余計にそう思う。ここでなら、治療も気分良くやれそうだな。

 病室の引越しが済むと、園田さんが小さな冊子を取り出した。


「なに、それ」

「ハヤトくんねぇ、そろそろ白血球が一〇〇〇を切っちゃうでしょ。だから、食べちゃいけないもののおさらいでーす」

「前にちょっと聞いたよ」

「それ覚えてる?」

「なんとなく」

「なんとなくじゃ駄目! ハヤトくんは他の子みたいにお母さんが傍にいるわけじゃないんだから自己管理してもらわないと。これをちゃんと守らないと、大変なことになるんだよ!」

「わかったよ」


 白血球が低い状態の時には、食べ物に気をつけなきゃいけないらしい。

 生禁と言って、生卵とか、生クリームとか、刺身とかはもちろんのこと、生野菜や皮の薄い果物もオール禁止。加熱処理すればいいらしいけど、加熱したら生卵じゃなくなるし刺身でもなくなるからな。

 牛乳は『常温保存可能品』と書かれたものならいいんだって。がっつり殺菌されてるらしいから。

 アイスクリームは二重包装になっているものならオーケー。カップアイスなら内蓋ついているもの必須だ。結構限られるな。これにかこつけて、普段は買ってもらえない高いアイスを今のうちに食べちゃうか。


 後はチーズ、漬物、納豆、ヨーグルト等の発酵食品がダメ。とにかく菌類が全般駄目だ。乳酸菌とか納豆菌とか麹菌とか、ボツリヌス菌のあるハチミツとか。つまり生の味噌汁もダメってこと。けどドライ味噌汁に熱湯かけて食べるやつはオーケーだった。ややこしい。

 でもパンはイースト菌を使ってるはずなのにオーケーだ。病院によって違うのかもしれないけど。でもそのパンも、ちゃんと包装されて密閉されているものしか食べちゃいけないらしい。パン屋さんのパンは全面禁止。空気に晒されてるからかな。さらに密閉されているパンでも惣菜パンは全部ダメ。惣菜パンは菌が繁殖しやすいからだそうだ。

 そして調理後二時間経ったものも食べちゃダメだ。瓶や缶やお菓子の袋も、開けて二時間経ったやつは食べちゃいけない。

 ああ、後は水もダメだってさ。沸騰させてから飲むのはいいけど、それ以外ではペットボトルで飲んでって言われた。そのペットボトルの水も日本製じゃなきゃダメで、もちろん開封して二時間経ったら飲んじゃいけない。


 ……おいおい、結構シビアだぞ、それ。


「覚えた?」

「……うん、多分」

「食べていいのかどうか、わからないものがあったらまた聞いて」

「プリンは?」

「要冷蔵のはダメ。でもほら、お歳暮とかで缶に入ったやつあるでしょ? ああいうのは大丈夫だよ」

「そんなの、どこで買うんだよ!?」


 俺が聞くと、園田さんは「さあ?」と笑った。

 ってこれ、食べられない物が多過ぎないか?

 プリン、惣菜パン、納豆、味噌汁、刺身……ダメって言われたら言われるほど、食べたくなるのが人の(さが)だと思う。


「指定された物は絶対に食べないでね! 前にこっそり食べてた子がいたんだって。大変なことになったって看護師長が言ってた」

「大変なことって?」

「それはちょっと、個人情報に繋がっちゃうから言えないけど……でも、大変なこと。颯斗くん、お願いね。颯斗くんが生物を食べちゃってたら、担当の私が怒られちゃうんだから!」

「なーんだ。園田さん、自分が怒られるのが嫌なだけなんじゃないか」

「だ、だって師長怖いんだよっ! ……じゃなくって、颯斗くんのことを本当に心配して言ってるの!」

「へー?」

「ほ、本当だってばっ」


 疑いの眼を見せると、園田さんは焦ったように汗をピッピと飛ばしながらそう言った。これ以上苛めるのは、ちょっと可哀想か。


「分かってるよ、ありがとう園田さん」


 俺がニコッと笑うと、園田さんはようやくホッと顔を緩ませた。


「わかればよろしいっ。じゃあ冊子は置いておくね。なにか必要なものとかはない?」

「んー、今んとこないかな」

「なにかあったら遠慮なく言ってね」

「うん、ありがと」


 せめて小児病棟の中に自動販売機があればなぁと思う。遠慮しなくていいって言ってくれるけど、看護師さんや補助師さんをパシリに使うのってなんだかなぁ。チビ達は付き添いの母親が買いに行けるけど、俺は一人だから、週一で母さんが来てくれる時に買いだめを頼んでおくしかない。


 園田さんが出ていった後、俺はいつものスマホの画面を見る。今日も『マツバ』がブログを更新していた。


『八月一日、生禁解除ーーーー!! よっしゃーー!! 納豆食うぞーー!!』


 その文章を見て、俺はブッと笑う。


「マツバも納豆好きなのかよ! くっそー、俺はこれから生禁入るってのにぃ〜っ」


 俺はその記事の下にコメントを入れる。


『俺は明日ぐらいから初の生禁だ! 納豆を今のうちに食べときたいけど、売店にも売ってないだろうしなぁ。看護師さんに買いに行ってくれなんて言えないっ!  親が来る頃には生禁中で食べられないし、ショック!』


 それを打ち込むと、すぐにマツバからのレスが入った。


『ハッハッハ! 残念だったな、ハヤト! お前の分まで俺が食っておいてやる!』


「くっそ、あんにゃろ〜」


 そう言いながら。俺の顔はニヤニヤと笑っている。俺とマツバは、いつの間にか呼び捨てしあって仲良くなっていた。マツバの方が先に発症しているから、色々と話を聞けてためになる。


「納豆〜プリーン……あー、ウニの軍艦巻きも食べたくなってきた。でもウニもダメなんだろうな〜生だし」


 生禁解除になったら絶対食べてやる。

 母さん買ってくれるかな。ケチだからウニはダメって言うかもしれないけど。父さんに頼んでみよう。

 そんなことを考えながら、俺とマツバはコメント欄でやり取りを続けた。

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