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第1話 カジノプロ、異世界へ。

 ディーラーのアップカードは最強カードのエース。

 対する俺の手札は9と7を合わせた16。

 このブラックジャックというゲームにおいて、最も弱い組み合わせだ。


「インシュランスを賭ける方は?」


 ディーラーが俺を含めたプレイヤー4人に問いかける。

 ゲーム内で最強の役『ブラックジャック』に対する保険――それがインシュランスだ。

 とはいえ、保険をかけるのは現実でもゲーム内でも損する行為。

 儲かるのはいつだって、保険を提供する側だ。


 そんなことも知らない初心者がこの卓に紛れてないことは、ここ数ゲームを見ただけでも明らか。

 もちろん、ゲームマスターであるディーラーにも。

 だからプレイヤーの意思確認も甘く、さっさとブラックジャックのチェックに入ろうと、ディーラーが裏返しのカードに手を伸ばしたところで


「インシュランス」


 俺がインシュランスの宣言をした。

 積んであったチップの一部をテーブルにそっと差し出す。

 これでインシュランスは成立だ。


「失礼……」


 一言非礼を詫び、俺の出したチップを確認したディーラーは、他にインシュランスを賭ける者がいないことを今度はしっかりと確認してから、カードのチェックに入った。


「ブラックジャック」


 ディーラーが2枚目の札をオープンする。

 現れたのはスペードのジャック。1枚目のエースと合わせ、ゲーム名にもなっている最強の組み合わせ『ブラックジャック』となった。

 これでディーラーの勝利が確定。

 保険(インシュランス)を賭けていた俺だけが助かる結果となった。


「ちっ、ワシもインシュランスしとけば良かったわ……。あーあ、兄ちゃんは運がいいなぁ」


 そして、この勝負に大きく張っていたプレイヤーの一人が、厭味ったらしく俺に言葉を投げかける。

 一人だけセオリーから外れて勝利したことが、このオッサンには気に入らなかったのだろう。


「そうですね。久しぶりのインシュランスだったんですが、たまには分の悪い方に賭けるのも一興かなと思いまして」


 俺は愛想笑いを浮かべながら、オッサンの言葉を受け流す。

 逐一相手にするのも馬鹿らしかった。


「それで勝てるなら苦労しないんだがなぁ」

「ははは、全くですね」


 だが、オッサンは飽き足らなかったようで、さも「自分はベテランですよ」という雰囲気で話を続ける。

 それが、俺には失笑モノだった。

 ()()()()()である俺に、プロの真似事をした()()()()()()()()が苦労を語るとは……。


(今までチマチマ張ってたのに、ここに来て不自然に大きなベット……カウンティングがバレバレだぜ? それにイカサマってのは使いこなせなきゃ意味ないんだよ、いまの勝負みたいになッ!)


 これが、プロ()紛い物(オッサン)の差だ。

 本気で勝ちに行くという意識の差があまりにも違いすぎる。

 その差がいまのワンゲームで如実に現れていた。


「お客様、飲み物はいかがですか?」


 ゲームが一段落したところで、控えていたバニーガールがオッサンに寄り添いお酒を薦めた。

 だが、オッサンは煩わしそうにバニーガールを押し返す。


「今は喉が乾いとらん」

「あら、そうですか。当店はフリードリンクになりますので何時でもお申し付けくださいね?」


 バニーガールが笑みを残してそっと立ち去る。

 判断力を鈍らし、気を大きくさせるお酒はカジノでご法度だ。

 だからオッサンの判断はある程度までは正しい。そう、ある程度までは……。


(……へぇ、もしかして本命は俺か? さっきのインシュランスはやりすぎだったか?)


 見れば、バニーガールは今だコチラのテーブルを視界に収めていた。

 確信に至ってはないようだが、マークはされてるらしい。 


「あ、じゃあ、お姉さん。コッチに一つ頂戴」

「はーい♪」


 なので俺は、オッサンが間違えた『正解』を引き出す。

 バニーガールがお酒を薦める意味――そんなもの『イカサマしてませんか?』という忠告に他ならない。

 俺はいただいたお酒をクィッと呷り、数ゲームを適当にこなしてから、おもむろに席を立った。



     ♪     ♪     ♪




「さて、出発するか」


 俺は部屋の中を見回し、忘れ物がないかチェックする。

 たかだか数ヶ月の滞在だったが、ずいぶんとこの部屋に馴染んでしまった。

 しかしそれも今日まで。

 最後にスマホのカメラ機能で、室内をパシャリと記念に収めてから扉に手をかける。

 このホテルは値段の割にサービスがよく、最近では一番の当たりだっただけに手放すのは惜しい。

 とはいえ、これ以上この街のカジノに留まるのは危険だと俺の勘が告げている。


「結構フェイクも入れたんだけどなー」


 そこは相手もプロか……。

 俺がしっかりカウンティング(イカサマ)してるのを見破ってきやがる。

 そんな状態でいつまでもカジノに居座って、怖いお兄さんにバックヤードへ押し込まれるのだけはゴメンだ。


「……あれ?」


 と、いつものように廊下へ出たつもりだったのだが……。


「……どうなってる?」


 そこは赤い絨毯が敷かれ、オレンジ色のライトがちょっと眩しい見慣れた廊下ではなく、覚えのない屋台が立ち並ぶストリートだった。

 右の屋台はリンゴやバナナっぽい果物を山にして、店番のオッサンがお姉さんに声をかけている。

 左の屋台は何かの串焼きをせっせと焼いているようで、いい匂いが漂っていた。

 ふと後ろを振り返れば、さっき開けたはずの扉は跡形もなく消滅している。

 何がなんだかわからない。


「えっ、ちょっと待てよ……! これ、ヤバくない……?」


 ロビーで会計した覚えがない。チェックアウトした覚えもない。

 つまり……無銭滞在?

 サァーっと血の気が引いていくのを感じる。

 それはマズい! カジノのブラックリストどころか、警察のブラックリストに載っちまう!


「お、お、落ち着け……っ! 俺はカジノプロ……。これくらいで取り乱してどうする……? ここは一旦冷静に、まずは警官に道案内を……っ!」


 辺りを見回し暇そうな警察官を探す。

 が、どこを見ても警察官が見当たらない。どうやら近くにはいないようだ。

 仕方ない……こういう時は人頼み!

 俺は近くの果物屋まで駆け寄り、店主のオッサンに最寄りの交番を聞くことにした。


「あの、すいませんっ!」

「おっ、いらっしゃい! どれが欲しいんだ?」

「あー、いやー、えっと、ちょっと交番の場所を知りたいんですけど……」

「こうばん? なんだそりゃ?」

「はぁ? いや交番ですって!」

「悪ぃがその『こうばん』とやらに覚えがないなぁー」


 おちょくってるのか、この店主は? 俺は急いでホテルに戻らないといけないってのに!

 と、その時――店主がさっきからお手玉しているリンゴが目に入った。

 ……なるほど、これを買えば教えてやるってことか。


「いくらだ?」

「は?」

「だから、そのリンゴはいくらだって言ってるんだ!」

「あぁ、これか。一個100シリンだ」


 100シリン、か……。

 ん……?


「100シリンって言ったか?」

「おう、ここまで瑞々しいリンゴが100シリンなんてお買い得だろう?」


 お買い得だろう? ではない!

 なんだよ、シリンって! カジノを巡ってそこそこの国を旅してきた俺だが、そんな通貨単位は聞いたことが無い!


「ドルしか持ち合わせがないんだが」

「兄ちゃん、お前さんはさっきから何を言ってやがんだ? 『どる』ってどこの国の金だ?」


 おいおい、世界のアメリカ様で使われてる通貨を知らないとか冗談だろ!?

 このオッサンはあれか、とてつもなく学がないのか?


「何を騒いでいる!」


 気が付くと、白い甲冑を着込んだ兵士が俺と店主の前に現れた。

 そんな格好で外に出るとか恥ずかしくないのだろうか。


「これは騎士様、いえ、コチラの者がよくわからないことを言ってきまして……」

「ほぅ、それは具体的にどんなことだ?」

「『こうばんはどこだ』とか、『どるしか持ち合わせがない』だとかにございます」 

「ふむ、店主の話は本当か?」


 騎士と呼ばれた男が俺に話の確認を求めてくる。

 なんでこの男が話の主導権を握っているんだと思ったが、否定するところもなかったので俺は素直に首を縦に振った。

 すると何やら騎士の男は難しい顔になり、しばらく黙りこんだ。


「事情はわかった。店主は店に戻るといい」

「はっ、失礼します」

「そしてお前さんだが、詳しい話を聞くのでついて来い」

「え、いや、俺はホテルに急いで帰らないといけなくてですね――」

「私はついて来いと言ったのだ。これは命令だぞ?」

「……はい」


 なんだかよくわからないが、得も言われぬ雰囲気に負けて、コスプレ野郎のあとに付いていくことにした。

 ねぇ、その腰に刺してる剣って本物じゃないですよね……?




     ♪     ♪     ♪




 信じられないことだが、どうやらここは地球ではなさそうだ。

 というのも連行される時に見た人の中に、明らかに人間ではない種族が混じっていた。

 それだけならば特殊メイクという可能性が捨てられないが、アホみたいにデカイ鳥が荷物を引いて空を飛んでるのを見て確信した。

 あれはもう地球の生態系とは全然違う。

 試しに「あの飛んでるのは何だ?」と騎士に聞いてみると「なんだ、ワイバーン便も知らないのか?」と嘲笑われた。

 他にも珍しいモノがないかと見回していると


「王都は初めてか? どこの田舎出身だ?」

「え? 出身は日本ですけど」

「うーん、聞いたことないな。どこにあるんだ?」

「あー……東のほう、かな……? めっちゃ遠いと思いますけど」

「そうか」


 騎士はそれっきり、また静かに歩きだす。

 甲冑はガチャガチャ鳴ってるけど。

 それにしても、俺はすんなりと異世界という現実を受け入れられた。

 カジノプロとして、動揺や混乱は普段から抑えるように努力しているし、世界中を旅するのと異世界を旅するのも大差なさそうだからか。


「着いたぞ」

「え?」

「今からお前さんの犯罪歴を調べる。この水晶に利き手をかざせ」


 どうやら連れてこられたのは騎士の駐屯所らしい。

 同じように白い甲冑に身を包んだ奴が何人もいる。

 しかしこんな水晶で、一体どうやって犯罪歴を調べるんだ?


「こうですか?」


 疑問に思ったものの、俺は言われた通りに水晶に手をかざした。

 すると何かが見えてくる……ということもなく、余計に首を捻る。


「ふむ、どうやら犯罪歴はないようだな。身分証はあるか?」


 え? 今ので何かわかったの!?

 というか身分証……ここで万国共通ビザ登場! って出しても多分無意味だろうなぁ……。


「いえ、ありません」

「なら冒険者ギルドに行って身分証だけでも発行してもらえ。そのためだけに冒険者登録するやつも多いからな」

「はあ、ありがとうございます」


 冒険者ギルド、か。

 なんと嫌な響きだだろうか。

 休暇や飛行機の移動時間にやったゲームでは、モンスターを倒して金銭を得るところだったけど……


「モンスター退治とか絶対無理だぞ」


 間違っても俺にそういうのを期待するなよな!

 頼むぜ冒険者ギルド……!

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