-8-『背信の記者会見』
記者会見をしなければならなかった。
レイセンが持つ、魔将としての絶大な力を駆使し――魔界の報道関係者を呼び寄せ、ダンジョン内の空き部屋を誘導した。
全国放送のための包装機材をぞくぞくと、運びこまれていく。
いそいそとテレビカメラを整備するエメリアは業界人の真似をしているのか、投光器の配置を気にしつつ、配線を繋げている。
壇上に座るイドルの前にして。
椅子がずらりと五十席ほど並列された。灰色の肌をしたスーツ姿の魔族たちが椅子に座り、メモを準備をしている。
身を強張らせ、緊張したイドルは放送のカンペを繰り返し黙読して、心を落ち着かせようとしていた。
何事も最初が重要なのだ。
魔王を倒すために冒険をするのはいい。
その動画を撮るのもいい。
ただ、有名になるためにはアピールが重要なのだ。
すべては再生数のためだ――動画投稿者として、しっかりと宣伝する必要がある。
マイクの脇には赤の軍のエンブレムが刺繍された小旗が飾られ、背後の横断幕には『打倒ペルシャナル』と仰々しい文字が踊り、イドルの巻いた白鉢巻にも『不惜身命』と書かれている。
(なんだろう……俺、かなり、やばいことをしようとしてるんじゃないか……死ぬかもしれないな)
もはや、後戻りできない道を歩もうとしているような気がした。
口車に乗せられて、とんでもないことになってるのではないか、と疑念も湧く。
「おにーさん。いよいよだね。ちゃんとあたしの脚本通りにしゃべってね」
「脚本……なんているのか?」
ハンチング帽を被り、黒サングラスをかけ、メガホンを持ったプロデューサー気取りのレイセンがトコトコと寄ってくる。
渡された小冊子に目を落とす。
これからする質疑応答のシナリオが記載されている。
呼んだ記者とも口裏は合わせてあるのだ。
「ストーリーを作んなきゃつまんないよね? おにーさんが普通に魔王を倒しに行くだけじゃぜんっぜんドラマがないし、盛り上がらないからさ。視聴者にこれってただの反乱じゃん、って言われちゃうし。動画的にも面白くないよ」
「ああ……魔王軍最高幹部の一人でもある俺が……今後の進退と生死を懸けても、面白くないと駄目なんだな……」
「当たり前じゃん」
さらっと流されて、イドルは動画視聴者の厳しさを知って顔を両手で覆った。
演技じゃなかったら一世一代の大勝負だ。
いや、既に演技とかそういう問題でもないか。
それが動画として面白くなくては駄目と言われては立場がない。
「じゃあ、記者の皆さんー。準備はいいー? 質問してってねー。アドリブも適度にしていいから。あ、緑頭。ちょっと照明きついから光度落として」
「はい。このぐらいですかレイセン様」
「うん。よしよし。じゃあ撮影いくよー! おにーさん。頑張ってね!」
Q どうして魔王を倒そうと思ったんですか?
A えー……子供の頃からの夢だったから。
Q ゴミみたいな理由ありがとうございます。その夢を達成したらどうしますか?
A 人間を滅ぼして世界征服を果たす……ほら、退屈だし。
Q イドル様の十倍は強かった先代魔王ディクロス様が不可能だったのに?
A ノリでイケるかなって。
ざわざわ……ひそひそ。
(これって単なるピエロなんじゃないか……)
Q ええっと、具体的にはどうやって魔王を倒すんですか?
A 魔将たちが隠し持ってる魔王退治のキーアイテムを集めようと思ってる。
Q なんで道具に頼るんですか?
A えっ。
Q 実力じゃ勝てないからって卑怯じゃないですか?
A あっ、ああ……。
Q 反乱で魔王軍を離脱するとなると当然、退職金は返還するんですよね?
A おい。なんで今、そういう話が出るんだ?
Q 年金の支給対象からも外れますけど、納得してらっしゃるんですよね?
A ……いや、それは。その……。
Q きちんと受け答えしてくださいよ! こっちも仕事でやってるんですからね!
A やめろ。カメラとめろ! なんだこれ! おかしいぞ! さっきから俺を追いこむ方向にしてないか!?
終始、記者会見はもつれた。イドルは激昂して「あなたにはわかりませんよ」とか丁寧語で興奮していたが、記者たちもヒートし、失言を取るために紛糾した。
結局はぐだぐだになったが――仕掛け人たるレイセンは両手をパチパチと叩き、喜んでいたので満足したようだった。
ドッと疲労感を覚えたイドルは虚ろな表情でうな垂れ、長机にぺたりと額をつけた。
予想以上に厳しい質問を浴びせられたこともある。
何よりも。
「カンペと違うじゃないか……もっと政策とか、統治後の展望などの質疑応答もあったはずだぞ」
「いーの! あたしもおにーさんの保守的なキャラクターは好きだけど。お堅い調子でつらつらと魔王を倒す理由を並べても面白くないからさー。馬鹿が無茶なことに挑む方が、動画的には面白いよ。いい感じいい感じ」
「一発ネタがやりたいわけじゃないんだが」
「わかりやすく、楽しくだよ。エンタメなんだからさ。肩肘張って見るもんじゃないよ」
自分の肩をメガホンでとんとん、と叩くレイセンの感性はイドルには理解しがたいものだったが、言わんとすることはわからなくはない。
毎日のように『グングン動画』では最新の動画が現れる。
最初につかみがなければ続編を見続けてもらうことは難しい。
多少は――インパクトを与えるようなものが望ましいか。
エメリアから記録媒体となっている黒塗りのカードを受け取ったレイセンは二本指で摘まみ、ピッと振った。
「さぁ、ドッドの『無双ダンジョン』に行こっか。魔王軍の中でも抜群の戦闘力が売りの奴をしばく動画はかなり受けると思うよ」
「逆に俺がしばかれる可能性があるんだが」
「やばくなったら背後からバーンするから大丈夫。へーきへーき」
腰に巻いたガンベルトからリヴォルバーを抜き取り、チャキっと構えたあとにくるくると手の平で回す。
レイセンはこの世に散った銃弾の素霊から産まれた魔人だ。
比較的若い魔族であるが一撃必殺の戦闘力がある。
バックアップは期待できるが、性格が気分屋なのが難点だ。