-7-『瞬の魔将の甘い言葉』
「イドルのおにーさーん! 遊びにきたよぉー!」
「……レイセン……か」
大声でのひょうきんな声――イドルはホッと安堵して魔剣を降ろした。
カウボーイハットに硬革のジャケット。
そして短めのプリーツスカートというアンバランスな風体の少女。
顔をキョロキョロとモニター室に向け、周囲を見回しつつも再会を喜ぶ笑みをたたえ、近づいてくる。
魔王軍きっての高速移動タイプ――瞬の魔将レイセンならば、極大魔術を躱してもおかしくはないし、レベル百のガーディアンが命乞いをしても、なんら不思議でもない。
「三ヵ月ぶりくらいじゃん! いやぁー、すっごい歓迎ぶりだったから、びっくりしちゃったよ。殺されるかと思ったもん。てゆーか、あたしじゃなかったら死んでたと思うよ。でも、逃げようとした奴は駄目だね。根性がないよー。壁に身体を半分ほど埋め込んどいたから、回収しといて」
「歴戦のトロール種モンスターだったんだがな……ここの転移魔方陣の座標を教えてやる。いや、その前に来訪のメッセージが欲しかったよ」
「サプラーイズ! 可愛いあたしが突然きたらドキッとするでしょー?」
「ああ、確かに……ドキドキはしたな」
両手を大きく開き、オーバーにはしゃぐレイセンとは裏腹にイドルは自らの心臓の動悸を聞いていた。
ポケットからハンカチを取り出し、冷や汗で濡れた首筋を拭く。
気のせいか――殺気があったような気もしたが。
「くふふっ、楽しい〝ダンジョン動画〟作ってるじゃん。見たよ。いやぁー、あたし、ああいうの大好き。人と人が醜く争い合って自滅していくの! 他の馬鹿どもとはやっぱり違うなと思ったよ」
「ランキングでは下位だがな」
「いーよ。ランキングなんてどうでも。あたしも週間一位取ったことあるけど、特に何か面白いことが起こったわけでもないし」
「ぬ……レイセン。お前の〝ダンジョン動画〟はどんなのだ?」
「『女の子モンスターしかいないダンジョンで冒険者に好き放題させてみた』だけど?」
とんでもないことが可憐な唇から放たれ、イドルはショックのあまり無表情になった。
「……それって規約違反になるんじゃないか?」
「うん。一回BANされちゃったね。だから次から加減を考えたよ。でもやっぱりエロ可愛い女の子モンスターを脱がせたりすると、簡単に数字取れるもんだね。あたし、生成系の魔術は得意だからいくらでも造れるし。まー、疑似生命体の女の子になっちゃうけど、服装で誤魔化せるから人間とそう変わらないようにできるけどね」
「……レイセン。その、いいのか? そういうのは……抵抗ないのか?」
「男ってそういうもんかなー……っと」
達観した物言いにイドルは物寂しさを覚えた。
レイセンは見た目だけは成長途中の小さな乙女なので、保護者のような気持ちが喚起されていたし、そんな娘が世を儚むようなことを言い出すのは忍びない。
「レイセン様、ミルクティーとレモンティーのどちらがお好みでしょうか?」
「緑茶ある?」
「承りました」
エメリアは畏まって給湯室に向けて歩いて行った。
外面をよくしているわけでもなく、レイセンが怖いのだろう。
魔人への恐怖は本能的なものだ。
イドルには慣れているが、四魔将は魔王に次ぐ生え抜きの魔族で構成されている。
座卓にお茶と茶菓子を用意されると、ちょこんと座るレイセンは湯呑をすすった。
「ブラドリオやドッドのところにも行こうと思ったけど、あいつらの〝ダンジョン動画〟見てると面白くなさそうだからさー。おにーさんを優先してよかった。スリル満点だったよ。やっぱりダンジョンは血が湧き肉が踊るようなものじゃないと、面白くないよねー」
「……あの二人はどんなダンジョンを建設したんだ?」
二人の〝ダンジョン動画〟もまだ未視聴だ。
競争をしているわけではないが、もしも自分よりも人気だと考えると悔しくなりそうだったので、意識的に避けてしまっていた。
上機嫌でニコニコしていたレイセンは、桃色の唇に指を当てて顎を上げる。
「んー……? ドッドは『無双ダンジョン』かな。元々、闘いが大好きだから、なんかタワーを作ってバトル動画を撮ってたね。アクション分野かな」
「奴らしいな」
「ブラドリオは『カジノダンジョン』かな。なんかダンジョンって言い張っておけば違法カジノ作ってもセーフとか言ってて、ギャンブル動画で……生活分野だったかな」
「あいつは本当に元勇者なのか?」
「勇者も人間だからねー。お酒も飲むし、博打もやるし、犯罪にも手を染めるんだよー」
けたけた笑うレイセンを尻目にイドルは考え込んだ。
やはり〝ダンジョン動画〟と一口に言っても多様性がある。
フィールドがダンジョンであれば、そこで何を撮ろうと自由なのだ。
単純に冒険だけをさせる、というのも古臭い考え方になってきてるのかもしれない。
「イドルのおにーさん。そんなに面白い〝ダンジョン動画〟を作りたい?」
「そうだな……やる以上は面白いものを作りたいと思ってきてる。できればペルシャナル様の鼻を明かしたいな。本音を言えば、アレの影響力を少しでも削りたいんだ」
「アレね……」
ペルシャナルの〝踊ってみた〟動画は魔族の良くも悪くも有名になってしまった。
『魔族』で検索したら真っ先に十六かそこらの小娘が肌をはだけてポップな音楽と共に各国の要人の前で踊っているのだ。
今まであった魔王の恐ろしいイメージが崩壊してしまっている。
魔界で暮らす魔族のモチベーションはだだ下がりになっているし、支持率や忠誠心までもが下落している。
和平を結ぶときは友好的だったのでうまく作用したが、そろそろ引き締めておきたい。
「魔族の沽券に関わることだからな……木を隠すなら森の中というか……別の人気動画を投稿することでイメージを分散させたいな」
「だったらあたしに最高のアイディアがあるよ。絶対に人気が出るの。簡単で歴史があって、使い古していて、それでも皆が好きなの」
「ほう? どんなだ?」
興味を惹かれたイドルが湯のみを口許から降ろすと、レイセンの縦眼からキラッと赤紫色の光が放たれているのに気付いた。
「ダンジョンでキーアイテムを集めて魔王を倒す動画だよ」
「レイセン」
「あたしたち魔将の手元には人間が魔王を倒すために必要な魔導具がある。
むかーしむかーしの魔王がぶっ殺されたときに使われたとされる代物。
それをペルシャナルが返還事業の一環で配っちゃったからね。
おにーさんだって自前のダンジョンに隠してるはずだよ。知ってか知らずか、そうするように命令を受けたんだからね」
ある――イドルは記憶を手繰り寄せるとその魔導具の存在を思い出した。
対象の魔力を吸い上げる【乾きのオーブ】だ。
魔王の絶大な魔力すら奪い取れると聞いている。
ダンジョンの最奥に保管してある。
「だがもう、和平が結ばれてる。人間が新しい魔王を倒す理由などない」
「そう! まったくもって無駄なアイテムになっちゃったね。
でも、魔王退治ってのは人間たちの夢であり、希望であり、悲願でもあるんだよ。
見たいはずだよ。魔王を倒すための冒険ってのを。見せてあげようよ。
もちろん、この下剋上は魔族からも人気が出るよ。
弱い者が強い者を乗り越える瞬間、格下が格上に勝つための努力、素晴らしき団結……絶対に面白いはずだよ。
だから、あたしたちでやっちまおうよおにーさん」
にたり、と誘いかけるレイセン。
以前の問答を蒸し返してまで、魔王退治に固執している。
いくら人気のある〝ダンジョン動画〟を撮りたいからといって、危険は冒せない。
「レイセン、俺たちは魔将だ。人間の英雄や勇者じゃないんだぞ。うまくいきっこない」
「それはどうかな。おにーさん。一つ大事なことを忘れてるよ」
「なんだ? 勇者のブラドリオか? あいつはとっくにディクロス様に挑んで負けてるぞ。勇敢な男ではあるが、ペルシャナル様にも勝てるとも思えん」
「そうじゃないよ。あんな負け犬はどうでもいい。もっとシンプルなことだよ」
「回りくどいな。だが、何を言っても俺は納得しない。よしんば勝てるとしても、俺はお前たちを危険に晒したくないんだ。わかってくれ」
「おにーさん。もしかしてインターネットの動画をさー……全部、本当だと思ってる? まさか全部、真実だけが記録されてるとでも?」
感情的になっていたイドルは面を食らって黙り込んだ。
レイセンは下唇に指を当てて呆れ眼だ。
その意味がようやく理解できた。
よくよく考えればわかる答えだったかもしれない。
なるほど――別に本気で挑む必要ないのか。
「動画なんだからさ。カットしたり、繋ぎ合わせたり、ナレーションやら演出つけたりしてうまいこと編集しちゃえばいいんだよ。演技もする必要あるかな……てゆーか、ペルペルに話してOK取れたらいいよね?」
「あ、ああ……だが、嘘などいいものか」
「おにーさんの〝ダンジョン動画〟も仕込みじゃん。お金払って冒険者に来てもらって、隠し部屋に移動させたじゃん。でも、動画として面白かったから皆も受け入れたんだよ。そりゃあなるべくリアルにやりたいけど……ね? 共同制作しようよ」
邪気のない晴れやかな笑みが顔いっぱいに広がる。
どの道、自分が退治に積極的にならなければペルシャナルは倒れることはない。
万が一があったとしても、とめればいい――が。
「しかし、魔王退治は〝ダンジョン動画〟と言えるのか? ダンジョンを巡って魔導具を集めるまではわからないわけではないが」
「魔王城も一般の人にとってダンジョンだと思うよ。あたしたちは城内、知ってるけど」