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-6-『恐るべき来訪者』

 イドルの修羅場動画は『グングン動画』において一定の評価を得た。


 再生数は一週間で一万を越え、お気に入りの件数やコメント数もはるかに増加した。


 だからといって、次の獲物が続々と現れるわけでもなく。


 毎度〝仕込み〟をするのは骨が折れる話でもあったし、自分のダンジョンの魅力をアピールしたわけでもない。


 動画の閲覧者が楽しめても、来訪する者が増えなかった。


 当たり前だが、冒険者は自分たちの利益があるダンジョンにしか興味は抱かない。


 酷い目に遭うダンジョンなど、誰が行きたいと思うだろうか。


 動画配信としてのつかみは成功したが持続性に課題がある。


 間を置かず新しいものを提供しなければ、獲得した視聴者も離れていってしまう。


 その証拠に、あれから三回ほど冒険者たちをハメ、似たような修羅場動画を投稿したが最初ほど受けていない。


 仲間割れに至るまでストレスを与え、決壊したシーンをピックアップした動画は一部のユーザーから大変に好評ではあるのだが。


「グングンユーザーも人間族ばかりだからな……あまり人間同士を争わせるのもまずいか。インターネット人口を考えると魔族も三割はいるようだが」


『グングン動画』のトップページを眺めながら、イドルは肩を落としてため息をつく。


 自分以外の動画、どれもが輝いて見えた。

 ランキングに駆け昇ったときは感無量だったが、下落も速かった。


 栄光の座はいつまでも占拠していられないものだと知ったが、感想のコメントが嬉しかった。


 字幕やBGMを欲しがる要望にも応えるようにした。


 そうなってくると、演出を凝ってくるもので――文字を大きくしたり、効果音を的確に使うように調整している。


 しかし――再生数は伸び悩んでいる。


 同様の〝ダンジョン動画〟を検索して視聴してみると、難易度の高いダンジョンにクリア冒険者の軌跡を撮影した動画や、歴史遺産並の財宝を発見した成功系のものが人気だ。


 一風変わったトラップに出くわすものも面白い。


 あるいはキャラクター性のある魅力的な実況者がダンジョンを巡るものもいい。


 失敗談や苦労話などもあるが、総じて見ていて同調できるもの、または達成感があるようなものが望ましいようだ。


「やた、ウルトラレアGET!」


 座卓に肘を乗せてスマホゲーをやっている駄メイド。奇声を発しながらバタバタと床を転がっている。


 彼女を偶像(アイドル)化させるという選択肢もあったが、イドルは気が進まなかった。


 最近知り得たことだったが、エメリアは『たぬきと一緒』というアニマル動画を投稿しており、イドルを上回る累計十万回再生を突破していた。


 その事実がイドルの神経を逆撫でし、嫉妬心を燃え上がらせていた。


 多額の投資をし、手間暇かけて〝ダンジョン動画〟を作っても――ちょっと可愛いメイド姿の女の子がミニスカート姿になり、愛くるしい動物と日常生活を過ごしているだけの映像に人気で劣ってしまうのだ。


 悔しくないはずがない。


 しかも奴は趣味で、こっちは仕事でやってるのに。


「うわっ、顔がこわっ! いや、遊んでばかりじゃないですよ……あっ、課金はほどほどにしろってことですよね? しゅ、趣味の範囲内ですよ」


 モニターの前で座りながら振り向き、拳を握りしめて肩を震わせるイドルの不穏さから危機感を覚えたエメリアはスマホから手を離し、聞いてもいない言い訳をした。


「……エメリア。お前の飼ってるたぬきを……確か名はタヌサクだったな? そいつを俺のダンジョンにぶち込んでみるのはどうだ」


「はぁ? いや、ああ、人気獲得のためですか? でも多分、そういうことしたってあんまり意味ないですよ。客層が違うっていうか、私はのほほんとした動物部門ですもん。イドル様みたいな殺伐とした冒険部門じゃないですからね。ジャンルが違いますよ」


「ジャンルか……」


 顎に指を当てて思案する。

 意識したことはなかったがそうかもしれない。

 ペルシャナルは〝ダンジョン動画〟としか指定しなかった。


 ジャンルは言及されていない。抜け道があるとすればそこだろうか。


 ――と。


「むっ」


 モニターの脇に設置されているスピーカーから警報音が響いた。


 おおよそ聞くことのなかったビィービィーとした耳障りな音。


 続けて機会音声での警告が告げられる。


《侵入者が第三防衛ラインまで到達、安全のために第二種魔術防壁を展開します……破壊されました。

 続いてレベル五十のガーディアンを召喚します。

 対象の脅威をA級と判断します》


 イドルは侵入者の姿を確認しようとキーボードを叩き、モニターのチャンネルを替えたが、真っ暗闇が映るだけだった。


「通路に設置された隠しカメラが破壊されているな……これは骨のある奴が来たぞ」


 突破地点から次の到達地点を割り出す。


 どんな強者が来たか確認するためだったが。


《妨害念波による灼熱地、極寒地、剣山地の回線が遮断されました。

 魔眼機能の停止を確認。ガーディンが撃破されました。

 第一種魔術防壁を展開する許可が必要です……許可を確認しました。

 第一種魔術防壁の展開のために一時的に供給装置の全魔力が使用されます。五秒後に非常用回線を除いて十秒ほど消灯します》


「イドル様」


「防衛システムのレベルはハードなのだが……敵ながら、感心するな」


 不安げに見上げたエメリア。

 イドルは肩をすくめた。


 パッと部屋の明かりが消え、天井についている赤い豆電球だけの薄闇の世界になる。


「なんか人間の勇者とか来た感じですかね?」


「可能性はある。だが第一種魔術防壁は元勇者のブラドリオでもひとたまりもないはずだ。俺の貯蓄している極大魔術でもあり、超々高温度の火炎で階層ごと焼却するものだからな。

 ほら、明かりが点いたぞ……処理が終わったな」


《第一種魔術防壁が突破されました。対象の脅威をSSと判断します。

 移動速度からして三分後にコントロールルームへの到達が予想されます。

 関門に待機しているレベル55のガーディアンの逃走を確認。

 メッセージが送信されております。『死にたくない』とのことです》


「あ、イドル様、私も逃げていいですかね?」


「……下がってろ。まさか平和な時代となってからも……俺と戦いに来る奴がいるとはな」


 壁にかけられていた魔剣を持った。


 第二種指定マジックアイテム灼熱剣ウロトルス。火炎を吸収して魔力に変える。


 実験によると許容値を越えると制御不能となり吸収量が乱高下する。


 正眼に構えて使うべき魔術を考える。

 短距離用か。広域用か。


 レベルだけは積み上げてきた。

 戦闘に自信がないわけではない。

 だが、誰しもがそうであるように未知の強大な敵と戦うのは緊張する。


 ――火属性が通じない相手か。


 いや、単純に防御魔術に優れているか、高速移動が可能な相手かだ。


 耐久力があるということではないはず。

 そうでなければ、自分を上回るレベル差があり。


 同等である魔人か魔王レベルの怪物がきていることになる。


 すぐに遠くから、ハンマーを連打するような騒がしい足音が聞こえた。


 扉の前まで近づいて来て、足音がぴたりとやんだ。

 冷や汗が皮膚をびっしょり濡らしている。

 扉の向こうから確かな圧力がある。


 空気が歪むほどの殺意の瘴気が放散されている。

 疑いなく敵はハイレベルだ。呼吸と心臓がざわめく。

 手汗までかいていた。初手はどうするかまだ決めていない。


 ゆっくりと――扉が開く。


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