-5-『修羅場の動画(ナイス・ボート)』
「んっ……?」
横からぞわぞわとする殺気のようなものを感じ取り、エメリアは目を向ける。
魔導師のグースが――猛っていた。
線の細い男なのだが力強く拳を握り、ギリッと奥歯を噛みしめ、片眉をぴくっぴくっと小刻みに震わせている。
誰が見ても、危険な顔つきだとわかる。
フェルンに恋慕を抱いているのは疑いようがないが、奥手なのかうまく邪魔ができず、ただ鬱憤を心の内側に溜めこんでいる模様だ。
全身から嫉妬の炎はゴォゴォと燃え盛り、火傷しそうなほど暑苦しい。
(あっちゃー……やっぱり、三角関係かぁー……)
一応は〝ダンジョン動画〟を味付けするエッセンスではあるが、現場にいる実況者としては肩身が狭い。
傍目から見る分は、愉しいのかもしれないが。
動き続けているエスカレーターが終点に達した。
一同は放り出され――それぞれ、受け身を取る。
動かない足元を何度か靴底で踏み、安定を確かめたグースは魔術杖を垂直に構えた。
そして、わざとらしく声を張る。
「転移魔方陣を出すよ! 戻ろう」
「おいおいグース。ぶるっちまったのか」
「違う。ここは危険すぎるんだよ。普通のダンジョンよりも、闇が深い感じがするんだ」
「冒険者に危険はつきものだ。それにエメリアちゃんから、報酬はもらってるんだ。初めての彼女のために頑張ろうとか思わないのか。そういう責任感のなさってのは、よくないと思うぜ」
(ひえー……私を引き合いに出さないでください)
エックの暴言はグースにとってかなり不快なものだったのだろう、何を言ってるんだ、とでも言いたげに鷹揚に肩をすくめる。
「わかってないな。僕はただ皆のためを思って言ってるだけだぞ? 君みたいな単なるかっこつけたがり屋とは違う!」
余計なひとことを付け加えたことで、エックもカチンときたようだ。
剣の柄を指先で撫でつつ、ツバを吐いた
「青びょうたんがよく言うじゃねえーか。俺は見てたんだぜ。さっき自分だけ防御結界張るのよを。お前は誰も助けなかった。最低だぜ」
「黙れよ薄汚い点数稼ぎが! いざとなれば僕だって助けるつもりだったさ!」
「待って、待って二人とも……! 落ち着いて。お願いだから!」
口論に仲裁が入ったが、男二人のつばぜり合い収まらない。
エメリアを除いた三人パーティーは微妙な均衡で成り立っていたようだが、ここにきて男女のもつれから決壊しそうになっている。
エメリアはヤベエ、と小声で言いながら脇に寄ってきたドローンを睨みつけた。
顔を寄せ、ひそひそと話しかける。
「イドル様。火炎放射のときも言いましたけど、殺す気でこないでくださいよ」
《ダンジョン防衛システムの難易度はノーマルモードだ。殺す気でいくつもりならアポカリプスモードにしてる》
「なんでちょっと逆切れしてるんですか! いいですか。イージーにしてください。和気あいあいとチョロインな感じでいいんです。あたしみたいな美少女がですね、楽しくはしゃいでるだけで数字は取れるんですからね! 現代に必要なのは癒しなんですっ!」
《……》
「はあっ!? なっ、何を疑問を挟んだ感じにしてるんですか! このままだと、ダンジョン探索終わっちゃいますよ! 私もボイコットしますからね! それでもいいんですか!?」
《それは困るな……このままだと、俺のダンジョンはなんの得もない苦難だらけのダンジョンだと思われてしまう。遊園地みたいな、子連れでも楽しめるものにする予定だったのだが》
「なんかダンジョンを勘違いしてません? てーか、自業自得だと思います」
《よし、少し行った先にあるT字路のすぐ左手にある隠し扉を探せ。道は少し危ないが、そこには金貨を詰め込んだ宝箱があるし、ちょっとした……値打ちものの魔導具もある》
「今度から近くてわかりやすいところに置いといてくださいよ。パーティーの皆もそれでイラついてるんですからね」
《……苦労してこそ、喜びがあると思っていたのだが……そういう時代じゃないのか》
「エメリアさん、何としゃべってるんですか? 実況、って感じじゃないんですけど」
ぼそぼそ会話を発見される。
エメリアはびくんと肩を震わせて振り返った。
あはは、と笑いながら誤魔化そうと目玉を泳がせたが、フェルンの不審を払拭するために一部を白状することにした。
「……その、私も不安で……サポーターの方と通信してるんですよ。色々教えてくれる専門家さんみたいな人でして」
「へえ、何かわかりましたか?」
ドローンの四つあるプロペラが傾き、斜めに上昇した。
拡声器から親しみやすそうな声が発せられる。
《ナビゲーターのイドルだ。俺も冒険者でね。初心者エメリアにアドバイスで協力している。レーダーによるとだが、三十メートル先の分岐点に隠し扉がある。そこに宝物があるので回収した方がいいぞ》
「もしかして、ここのダンジョンマスターさんですか?」
偽装の身分はすぐに見破られた。
フェルンはうっすら警戒心を滲ませたが、落ち着いた声音で問う。
「魔族の返還事業は冒険者の間でも暗黙の了解です。知れ渡っているってことです。だから私たちは獲得した財宝をある程度、税金として収めなきゃいけません。あなた方の目的はよく知りませんけど、財宝を頂けるなら〝安全に〟案内して頂けますか?」
《……いいだろう賢いお嬢さん。大変な思いをしたんだ。俺もしかるべきものを受け取って欲しい。ついてきてくれ》
あ、ヤバい。
悪いこと考えてるときの声だ。
エメリアは長年の付き合いから、イドルの声の裏にある悪意の刃に感付いた。
草と草を結んで輪を作り、人が転ぶのを楽しみにしているような悪感情が隠れている。
恐らく、興が乗ってきてしまっているのだ。
残忍な魔族の血は人の不幸を好む。いや、人間族でさえもそう変わらないか。
歩み始めると、エックが先行するドローンに話しかけた。
「アンタを信用できんのか?」
《騙されたと思うのなら、俺を倒しにくるがいい。最下層にあるコントロールルームを制圧すれば財宝もたっぷりあるぞ。七代は遊んで暮らせる》
「イドルか……聞いたことがあるね。領土開拓戦で必ず出てくる名前だった。炎の精霊が堕落して変じたともされている。魔族の中のハイレベルしか存在しない魔人種に該当してる。残念だけど、まだ僕らでは勝てる相手じゃないな」
《小競り合いばかりだったとはいえ、いくさが終わってしまえば、冷や飯食いだよ。文字通りいつも冷凍食品を食わされてる。もっとも、マカロニチーズだけは大好きだけどね。おっと、そこの左側の壁が回転ドアになっている。ちょっぴり熱いが、気をつけてくれ》
隠し部屋を押し開くとむっと蒸気が入ってきて、内部は赤く染まっていた。
最初は誰もがかがり火の明かりかと思えば違った。
マグマだ。赤熱した溶岩が燃え広がっている。
部屋の中央を一本道の石橋がかかっており、その先には宝箱が置かれていた。
《自分の寝室を誰かに見られるのは恥ずかしいよ》
「安全なところに誘導して欲しかったんですがね」
熱気は凄まじい。
冒険者たちの頬は熱くなり、ぐつぐつと煮立つ灼熱の海は熱波を放射している。岩場である足先から熱が浸透してくるようだ。
ぼこぼこと気泡が弾け、火柱があちこちで飛沫をまき散らしている。
溶岩からは十メートル以上は離れているが、それでも見ているだけ、汗が出てくる。
《安全だとも。手すりはないが……横幅は一メートル以上もある。石橋が崩れることもないと約束しよう。一人ずつが慎重に歩きさえすれば、決して落下することはない。仲良く渡ればいい。エメリア》
「は、はい」
《彼女らの信頼を勝ち取るために、お前が先に行け》
「ひっ、ひいい……わ、わかりましたよぉ」
呼びかけられたエメリアは渋々ながら、先頭を歩き、宝箱のある場所に向かった。
一歩一歩――怖々としながらも距離を詰めていく。
目的地は楕円形に広がっていて、ある程度の面積があるので安心できそうだ。
小鹿にように脚を震わせながらも辿り着くと、エメリアは心の底から安堵の吐息が漏らした。
ぺたんと両手をついて大地のありがたみを噛み締める。
後方からついてきた三人は真っ先に宝箱に向かった。
かぱっと蓋を開け、爛々(らんらん)と輝くひとみで中身を凝視する。
「うおっ、すげえ! 金貨たっぷりだぜ!」
「ほんと! いいのこれ! もらっちゃっても!」
「これは凄い……」
歓喜の嬌声。
宝箱の上蓋を開いた面々は黄金の輝きに魅せられていた。
今までの苦労はすべて吹き飛び、意識は悦楽の彼方にある。
じゃらじゃらと金貨の感触を手の平で楽しみ、あれやこれやと使い道を妄想し、喜びの歌を口ずさんだ。
「あ、あとで返せとか言いませんよね!」
《そんな無粋なことは言わないさ。ただ、その宝箱には……とある魔導具が入っているから気をつけて欲しい》
「これ……ですか? ん? 花?」
フェルンはガラスの筒に入った一輪のバラの花を手に持った。
花弁も茎もまだ瑞々しく、綺麗な朱色が美しい。
《それは【造花の愛】という第三種指定マジックアイテムでね。
管理番号M391Jに指定されている。
魔界では危険な魔導具は軍の上層部が保管する規定になっていて、一般には流通させないようにしている。安全規定というやつだ》
「どんなふうに危険なんですか?」
《そこまで危なくはない。
少なくとも、その保護ガラスを壊さない限りは……まあ、説明してしまうと、その花は惚れ薬と同じ効果がある。
花をプレゼントされた相手は贈られた相手のことを劇的に好きになってしまうのさ。
解明されていない魔力が作用しているので、いかなる解呪呪文は通じない。
幾つかの実験によると、まったく好意を持っていない見知らぬ相手から贈られた場合は……効果は発揮されないので催眠ではなく、倍加魔術の一種だと推測されている》
「へえ、売れそうではありますね」
物珍しそうに両手で支えた【造花の愛】に目落とす。
ドローンのカメラの前にエックが割り込んだ。
「成立条件は贈るだけでいいのか? 相手の同意がなくても?」
《ああ、差し出した時点で成立する。
過去には浮気癖のある旦那さんに奥さんが使った例もあるくらいだ。
そして旦那さんは三十年間死ぬまで奥さんだけを愛し続けた。
俺は軍部規定で破棄できなかったが、処分した方が良いと思う代物だな。
君たちは財宝を手に入れて金持ちになった。だからこそ、今度は愛を純粋な努力で勝ち取って欲しい》
「そうだな……これは俺がきちんと処分しとくよ。こんな危ないもの、世には出せない」
何気なく、エックがフェルンの持っている【造花の愛】のガラス瓶を手に取ろうとすると、その手首を誰かが力強く掴んだ。
「グース?」
「その手を離してくれ。僕が責任を持って処分するよ」
「おいおい……魔族だって危ないって判断したブツだぜ。お前に任せられるかよ」
エックは乱暴にグースの胸を押して跳ねのけた。
ひ弱な体格の魔導師はよろめいたものの、大事とわかって引き下がろうとはしない。
疑心たっぷりの目で仲間の真意を探った。
「フェルンに使うつもりなんだろ? 薄汚い……僕は知ってるんだぞ。酒場の女の子だっていずれは妻に迎えると言って口説いている。それも三人もだ。恥知らずめ」
「誤解だよ……でも、ちょっとお前黙ってろよ」
明後日の方向に目線を送り、肩をすくめたかと思えば高速の拳打を与えた。
威力の弱いジャブに過ぎなかったが、打たれたグースは己に起こったことが信じられないという顔をしたあと、折れた鼻骨をさすり、勇敢に戦う決心を固めた。
「『来たれ突風、いでよ逆風、我が敵を跳ね飛ばせ!』」
「うおっ……てっ、め!」
空間は渦を巻いて歪められ、魔術の引き起こした猛烈な風がエックを襲った。
立ち向かおうする前進はかなわず、壁に叩きつけられて背骨を軋ませる。
風圧で目も開けていられなかったのは数秒のことで、術が終わると怒りの形相で剣を引き抜いた。
「ぶっ殺してやる! 痩せた犬みたいに鳴かせてやる!」
「上等だよ。お前みたいなクソ野郎は死んじまえばいいのさ!」
エキサイトする二人はお互いの武器を構えて間合いを探る。
足場の悪いところでの争いなど正気ではなかったし、いい加減うんざりしていたエメリアは思わず発案した。
「あのぉ~、フェルンさんにどちらか選んでもらえばいいんじゃないでしょうかー?」
「えっ?」
当事者は虚を突かれたような顔をしていたが、男二人は勇ましい顔で振り返った。
「そうだな。フェルン。こんな頼りないもやしを選ぶより俺を選べ」
「フェルンさん。こいつはゴミですよ。人間を選んでください」
困惑しながら逡巡し、フェルンはうつむいて顔を右へ左へ持っていく。
ありもしない逃げ場所を探しているようでもある。
「私、二人とも……大事に思ってるし、急にそんなこと言われても……困るよ」
優柔不断で、はっきりしない答え。
そんなものに勇気を振り絞った男たちが満足するはずがなかった。
エックは全員を出し抜くためか――地面に転がったガラス瓶を素早い動作で拾った。
そのままガラスを手の中でパリンッと割り【造花の愛】をフェルンに差し向けようと瞬間、グースが前蹴りを放った。
打撃を受けた手が痺れ、落ちる。
互いの形相が歪む。
「てめえ!」
「いやしいブタめ!」
グースは【造花の愛】を奪い取るためにタックルした。
エックも奪われまいと対抗する。二人は揉み合いながら転がり、勢いのままに崖の方に向かった。
運に恵まれてマウントを取った方が相手の顔面を殴りつけ、憎しみの言葉をありのままにぶつける。
唇を傷だらけにし、鼻血を噴き出した双方は相手を傷つけることで夢中になり、周囲を気にする余裕がなかった。
――だからか。
エックが崖の向こうに身体を運んでしまったときは何もかも遅すぎた。
「あっ」
呆けたような声がエックからあがった。
体重を預けるべき地面がなく、目玉に下に滑らせたところで下が何もないと気付く。
「うっ……あ、あ、あぁあああああああああああ!」
呆気なく。
崖から墜落して溶岩に呑まれていく。
助けを乞うように伸ばした手すらも輝く海へと消えた。姿は綺麗さっぱり失われたのだ。
「エック……違うんだ。そんなつもりじゃ……ああ」
唖然として火口を覗いたグースは助ける余裕がなかったのだと心の中で言い訳した。こんな
陰惨な結末を望んだわけではないと。
何度か首を振って無念を表したが、足腰に力を込めて立ち上がった。
もごもごと口を動かし、折れて欠けた歯を吐き出す。思ったよりもすぐに感情の揺らぎが鎮まっていく。うずく歯痛のせいか、罪悪感はすぐに表情から消えた。
ここまでしたのに後には引けない。
愛するフェルンの方に顔を向ける。
【造花の愛】を握った。震えが収めるために強く。きつく。こんなものを使うべきではないが、返答次第では頼りたくなっている。
「フェルン……僕は君のことが好きだ。この世の誰よりも愛してる」
「そう? でも私は嫌かな」
「えっ、ちょ」
トスッと手刀で放たれてグースの掴んでいた【造花の愛】は叩き落とされた。
その行動に目を丸くしたのも束の間、しなやかな胴回し蹴りがグースの脇腹に捉えた。
無防備でもあり、なす術もなかったグースはうめき声をあげ、また溶岩の海へと墜落した。
驚いた顔をしたまま。曲がりになりにも愛した者に突き落とされて。
「あわわ……」
《うーむ。業深い》
蚊帳の外の二人はフェルンが【造花の愛】を握り締め、にやっとするのを眺め、怖気づいていた。
彼女はどうしたことか満足そうな顔をし、二人の落ちた溶岩の方にペッとツバを吐いた。
「うっとうしいんですよ。二人とも。ちょっと使えるから組んでやっただけなのに、美人の私と結ばれようとか調子に乗り過ぎですよ」
本性は晒された。
性悪にほくそ笑むその姿は悪魔の化身のようだ。
急展開についていけないエメリアは、涙目で尻餅をついたまま後ずさる。
フェルンは落ちていた長剣を拾い、ブンッと振ってゆっくりと近づいてくる。
以前と何も変わらずにこやかに微笑んでいる。
まるで次の獲物の警戒心を解くように。
慌てふためいているエメリアの細腕がギュッと握り締められた。
「エメリアさん。すいません、立ってくれますか?」
「ふえ、あ、はい…って、えっ、えっ、えっ、わ、私も!? 私までぇ!? ああああっ! イドル様お助けええええええええええっ!」
強引に腕を引っ張って立たせ、崖の方まで剣先で背中を突いて歩かせたかと思えば。
最後は溶岩の海へと容赦なく蹴り落とした。
エメリアもまた両手を伸ばし、ひんひん泣きながら落ちて退場した。
残ったドローンはホバリングしながらフェルンを映したままだ。
「これで目撃者も消え、財宝は全部私の物です」
《いや……俺が残ってるが》
「ふふふっ、赤の魔将イドル・フェイサーでしたね。知ってますよ。魔王軍きっての名将らしいですね」
《世辞は結構。部下を傷つけた報いは受けてもらうぞ》
「それは頂けませんねえ。こっちには奥の手があるんですから。さぁ、私に惚れてしまうのですイドル! この【造花の愛】の魔力を持って! そして途方もないお宝を寄越しなさい!」
ポケットから魔眼に向けて差し出された一輪の花。
血のような紅色をしていた。
《ふむ……》
※ ※
ポイポイッ、とダンジョンの出入り口に三人の冒険者を投げ捨てたイドルは両手を叩き払った。
積み重ねられたエック、グース、フェルンは完全に目を回して気絶している。
「イドル様、今回は本当に死ぬかと思いましたよ……」
「まあ、刺激的な映像は撮れたぞ。殺人のシーンは実に迫真だった」
赤髪をかきあげてイドルは小脇に抱えたドローンを愛しそうに撫でる。
怒気収まらぬエメリアはぷりぷりしながら主人を見上げた。
「むぅう、もう私は実況者やりませんからね!」
「そうつむじを曲げるな。湯気の立つ溶岩風呂はちょっとしたアトラクションみたいで、楽しかっただろ?」
「冗談じゃないですよ。温度を調節しているのなら先に教えてくれたらよかったのに……死んじゃうかと思いましたよ」
「ハラハラする方が面白いと思ってたのでな」
イドルは【造花の愛】を指先でくるくると回して弄んだ。
花の香りを嗅ぐように鼻梁に近けて顔をほころばせる。
かぐわしい匂いはしなかったが、狙い通りに撮影できたことは喜びだった。
「あ、それなんでイドル様に効かなかったんですか? そのマジックアイテムの効果は本物ですよね?」
「心は揺れてなびきやすいものだが、誰かのものを動かすとなると途端に難しいものだ」
「ですか……っと! やっ! はっ!」
隙を狙ってエメリアはぴょんと跳ね【造花の愛】を奪い取ろうとした手を伸ばしたが、イドルはサッと頭の上に持っていく。
攻防を数手楽しむと、ひらりとマントを翻す。
背を向けたイドルはダンジョン内部へと戻る転移魔方陣を空中にさらさらと描き、渦巻く極彩色のゲートを向こうへ進んだ。