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-4-『踊ってみた(踊らされた)』


「んー……いいかな。はぁーい。エメリアでーす。いつもはペットのたぬき動画を配信してますけど、本日はこちらのダンジョンの探索動画を配信していきたいと思います。

 初めての企画なので編集が下手だったり、要領が悪かったりするかもしれませんが大目に見て頂けると助かります!」


 浮遊するドローンのレンズ部分、L字型に付属しているカメラを前にして。


 満面の営業スマイルを浮かべたエメリアは両手をヒラヒラさせた。


 大げさな動作で手足を振り、愛嬌をふりまきながら三人の協力者を滑らかな口調で紹介していく。


「冒険って女の子も憧れるんですよ。そりゃー、守ってもらいたいですけど……短剣さばきには自信があったります! せいやーっ、と」


 冒険への意気込みも熱く、語る。


 いかにも新人冒険者っぽい雰囲気を発散しながら、常にカメラ目線なのはまんざらでもない。


(……うーん、でも、私のこの映像って……魔族の人にも見られるんだよなぁ。わかる人には、わかっちゃうし。やだなぁ……どうして、仕事場に泥棒する映像を嬉々として語らなきゃいけないんだろ……)


 内心の葛藤(かっとう)を根性で押し殺し、一人の冒険者としての立場をアピールし続ける。


 目標は宝石や金貨を発見することとしゃべり、口調に僅かな期待を含ませる。


「近頃はダンジョンがいっぱいできてますよね。ちまたでは魔王軍の拠点作りとか噂されてますけど、実際はどうなんでしょーね。

 ダンジョンっていうと遺跡を盗掘したり、モンスター素材を集めるのが、あたしのイメージなんですけどね。あ、今から剣士のエックさんを先頭に入ってみまーす」


 円柱形の道が続く洞窟は薄暗い。

 明かりというものがないせいだ。


 魔導師のグースがぶつぶつと呪文を唱えた。

 光の球を魔術で召喚し、ごつごつとした岩肌と足場を照らす準備を整える。


 パーティーでは前衛となるエックは男らしく、軽甲冑の金具をがちゃがちゃと鳴らしつつ、意気揚々と足を洞窟内に足を踏み入れた。


「まあ、緊張することなんてないぜ、エメリアちゃんよ。俺らはもうベテランだし、まずは罠のチェックから……あんぎゃああああああああああああああ!」


「あっ」


 ――突如として。


 ほとばしる火炎流はエックを容赦なくこんがりと焼き尽くし、真っ黒に炭化させた。


 エメリアは突然の惨劇(さんげき)に息を()んでいると――慌てて魔術杖を振ったグースが水魔術の神秘を用いた。


 仰向けに倒れたエックに、魔法陣から落ちた水の塊がばしゃりと浴びせられる。


 弓手のフェルンも傍に駆け寄ろうとした素振りがあったが、彼女は天真爛漫(てんしんらんまん)に見えて、賢かった。


 再び側壁から火炎が来るのを恐れて、足を止め、壁に素早く目線を走らせている。


 左右の石壁に仕込まれていた噴射孔から、火炎が噴出(ふんしゅつ)したようだった。


「え、え、えーっと……火炎放射器トラップがあった……みたいです。こういうのってどうやって解除するんですか……ね」


 ドローンのミニカメラを横目で捉え、指先を交差させてバッテンを作る。


 編集でカットする合図を送ったのだ。


 そして本体の下部にくっついた集音器となるスポンジに唇を寄せ、声量を低くしながらも声を張った。


「イドル様! 殺す気ですか! もしも私が最初に入ってたらどうするんですか!」


《日焼けサロンに行ってみたいって言ってたじゃないか》


「ちがぁううう! 火炎放射器であぶられるのは、ダイナミックすぎるんですぅ! 女の子のお肌のケアはすんごく大変なんですよ! そこんとこ、わかってるんですかっ!? てゆーか死んじゃいますからね!」


《なるほど、以後、充分に気を付ける》


「しっかり頼みますよぉ! はぁーはぁー……ふぅううう」


 拡声器からの返答は抑揚がなかったが、意思は伝わったようでカチカチとキーボードをたたく音が聞こえた。


《よし、火炎装置を解除したぞ。これで問題なく、進めるはずだ》


「次、こんなん仕込んだら、実況なんてやめますからね」


 怒りで息切れするほど興奮し、顔を真っ赤にしていたエメリアは猜疑心を忘れなかった。


 道端(みちばた)の小石を拾って通路に向かって放り投げた。


 こんこーんとバウンドして暗闇に消える。

 安全かどうかは確信できない。


 しかし、イドルが朴念仁(ぼくねんじん)とはいえ、よもや嘘はつかないだろう。


「エック、だっ、大丈夫?」


「あ、ああ……いきなりヘビーな一撃で……びっくりしただけさ」


「エック、魔導師である僕が先導するよ。探知の魔術があるからさ」


「ハッ、すっこんでなグース。これしきのこと、どうってことないぜ」


 濡れた唇に指を当て、タフガイを演出するエックは飲んだ回復ポーションの残滓をピッと地面に飛ばす。


 エメリアは少し安心した。

 彼らもベテランを自称するだけあって、くじけてはいないようだ。


 ややパプニングがあったものの、撮影は再開される。


 カメラの向こう側にいるイドルにむっとした表情を送ることも忘れない。


 警告するためだが、こちらからは相手の様子は見えないので通じたかはわからない。


「エメリアさん。このダンジョン、かなり常識外れで……危険みたいなので気をつけてください。私の後ろに居た方がいいですよ」


「は、はい……」


 一同は恐る恐る前進していった。


 途中でイドルが利かせたのか、壁の溝にあった油道が一気に燃え上がって視界が明瞭になる。


 けれども洞窟内の道は幾重にも分岐していて、しばしば行き止まりもあった。


 進んでいくと、おきまりのスライム型モンスターや虫型モンスターがわらわらと湧いてくる一幕もあり、果敢に四人は戦った。


 進んでいくと、途中で中ボスと思われるミノタウルス型の大型モンスターが現れた。


 知性の低いモンスターで鼻息を荒くし、巨斧を振り回して襲ってきた。


 だが、さすがベテランと自称するだけのことはあり、三人は的確に対処し、見事に打倒した。

 

 大仰に扉の前を仁王立ちしていたので、パーティーは(あわ)い期待感に包まれたが――肝心の部屋はがらんとしていて、財宝は獲得できず、徒労となった。


 それが三度も続くと、冒険者としては当然のことながらイライラが増す。

 イベント戦があっても、報酬がないわけである。


「ここの宝箱も空……でもなんか宝箱自体は金メッキで高級感ある……っていうか売れそうだけど、明らかに荷物になっちゃうなぁ。変に鉛が使われてるのか重いし」


 フェルンの呟きは、姑息で陰湿なダンジョン主への不満がこもっていた。


 それなりに金目の物は置かれているのだが、持ち運びがしにくいものばかりだ。


 意図的にそういう配置なのか。

 単純に何もないよりもストレスになる。


 冒険者の心情としては一回の探索で一週間分の生活費くらいは稼ぎたいのだ。


 エメリアから払われる報酬はもちろんあるが、それは別として常にある心構えは忘れられない。


「モンスターも毛皮とか、素材とか食糧になりそうなのは現れねえな」


「だね。なかなか……嫌なダンジョンだよ。防壁があるのか、材質があれなのか……僕の探知魔術でも宝物がサーチできにくい」


 男二人も愚痴りながら、ジグザグ気味に斜面に降りる道筋を進んでいく。


 帰る、という選択肢を取るにはせめて目に見える成果が出てからだ。


 すると、場にムシムシとした熱気に満ちてきた。

 温度調節がされていないのか火山の地下熱がそのまま蒸気となって漂っている。


 道自体も平地というわけでもなく、下り坂や上り坂に出くわしたり、段差のある崖もあったりと勾配も酷いので余計に疲れる。


 一時間も歩くと四人は集中力も削られ、口を利く余裕も失せ、無言になった。


 疲労と気温の高さにだれてきて――襟元(えりもと)のボタンが外される。

 少しでも、風通しをよくするためだ。


 モンスターもたまに出現するので、防具こそ脱がないものの四人とも袖をまくり、水袋を逆さにして水分をたらふくとる。


「あっつぅ……死にそう。イドル様、これってどこまで続くんですか……控えめに言って、地獄ですよ」


《もうそろそろ、エスカレーターエリアに着くな》


「えすかれぇたぁ……もうっ、最初からそういうの用意しといてくださいよ。疲れて実況する気すら起きなくなってきましたよ」


《そこからだ》


「お、床が動いたぜこれ」


「あー、風が涼しい」


「なんだろうねこれは」


 茶褐色の地面がそのまま、自動的に動き出したので四人は気を抜いた。


 運ばれるままのエメリアはぐったりして腰を下ろす。

 両脇の壁をよく見ると細い溝があった。

 どうやら巧妙に壁は床とは切り離されているようだ。


 四人は流されるままに進んでいく。


 すると、通路の向こうからしゅーっと蒸気が噴き出すような、不吉な音が響いてきた。


 前方に岩肌が消えて、人工的な場所へと変わっている箇所がある。


 天井や壁や床といった四面は銀色に染まっている。


 近づくにつれ、徐々に全容がはっきりしてきた。


 作動音を鳴らしながら芝刈り機の刃のような物が猛回転しているのだ。


 それは丸のこブレード。

 あるいは裁断機。

 もしくは処刑用のマシーンとも表現できる。


 ギザギザの三角刃がついた凶刃は大小や角度は様々ながら、隙間なく天井や壁や床に設置されている。


 侵入者撃退用のトラップであることは疑いない。


 パッと見では、間隙を突いて通り抜けることは難しそうだ。


「ひっ……なんですかあれ」


《ダンシングトラップと名付けた。刃を上手に避けきると踊ってるような感じになる。踊れなければ死ぬが……なんというか、『グングン動画』では〝踊ってみた〟というジャンルが人気らしいので踏襲(とうしゅう)してみた》


「こ、これは〝踊らされた〟になるのでは?」


《むっ……なるほど、気が付かなかった。そうかもしれないな……まあ、作ってしまったものは仕方ない》


「そ、そんな無責任な……」


 青ざめながら喉をひくつかせているエメリアに対して、イドルは淡々と返した。


 四人は一度は来た道に顔を向けたが、床を逆走することと、罠を潜り抜けることを天秤(てんびん)にかけなければならなかった。


 残りの体力は少ない。

 逃走しようとして、うっかり転んだりすればなます切りにされる。


「フェルン! これを使え!」


 リーダー格であるエックが背負っていたバックラーをフェルンに投げ渡した。


 刃を防ぐことができる円盾だ。


 フェルンは目を白黒させながらも掴み取り、涙目で構えた。


 その行動で、パーティーの方針は決まった。


「うひゃあああああああ!」


 エメリアの悲痛な叫び声がスタートの合図になった。

 四人は跳ねるような動きをしながらブレードを(かわ)していく。


 動いてる姿は機械的で滑稽だったが、形相は必死そのものだ。


 底意地の悪い仕掛けだとエメリアはイドルを恨んだ。


 エレベーターで一定の体力を回復させておいて、こんな激しい運動を()いる。


 エメリアは泣きながらも動きを徐々に洗練させていく。

 どういうわけか、最後には湖で舞う白鳥のごとき精妙な舞いを披露するまでに至った。


 予期せぬことに、危機に感応して彼女の才能が開花したのだ。


 それは背後に白百合の花すら浮かべられる妙技にまで変質した。


 だからといって――あとでイドルに制裁することをやめたりはしない。


 つま先で金的を食らわし、前屈みになったところで後頭部に激烈なヒジを入れるのだ。


 主人だとしても、許されないこともあると教えてやる。

 ゲロをぶちまけて泣くまで痛めつけてやる。


 そんな楽しい妄想を弄んでいると、回転刃のトラップは終わっていた。


 遠ざかっていく凶器の集合地点。

 移動式の床がありがたくさえ、思える。


 周囲で見回しても、パーティーの中には幸い怪我人はいなさそうだ。


 トラップの通り抜けは死傷者を出すことなく成功した。


「うおおお……と、死ぬかと思ったぜ」


「ふぅ。エック、ありがとね。助かっちゃった」


「構わねえよ。とにかく、フェルンに何かあったら大変だからな」


 ここぞとばかりにフェルンの両肩を抱いたエックは、ロマンチックな雰囲気を作っていた。


 脳天気に見える二人に対して、汗だくのエメリアは無性に腹立たしさを覚えた。


 疲労とイライラのせいもあり、主人に殺されかけたこともあるが、芽生えゆく愛がこんなにも憎らしいものとは思えなかった。


 二人が今すぐ爆散したとしても、決して悲しみは抱かないだろう。




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