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-2-『魔界の政権交代』


 魔界――魔族領北部にある魔王の棲む都がある。


 一見、剣山のように見える斜塔群(しゃとうぐん)がそびえる魔王城を中心として、数万の異種族が暮らす城下町が広がっている。


 この日は天候に恵まれていなかった。


 上空に漂う雷雲はどんよりと暗い。


 陰気な夜天に似つかわしい(よど)んだ空気が、群衆(ぐんしゅう)の間に蔓延(まんえん)していた。


 ――葬儀(そうぎ)のせいだ。


 黒い喪服(もふく)を身にまとった住民たちは悲しみで顔を(かげ)らせ、城へと続く道をうつむいた顔で歩き、花を捧げに大広場に向かっている。


 魔族の大いなる王は――魔王ディクロスは、(のど)に魚の骨が突き刺さったことが原因で死んだ。


 この悲劇のニュースはまたたく間に広がった。


 魔界のみならず、人間界や亜人界に住む大勢の人々にまで。


 ただ公式には政治的な事情も考慮された。


 魔王は名もなき勇者と激戦を繰り広げた結果として戦死した、という按配(あんばい)となり。


 魔王軍の屋台骨である四魔将の一人、イドルは式典の進行役と公報係を引き受けた。


 表立ち、嘘八百の本営発表しなければならない重責を負ったのだ。


 演説のために魔王城のバルコニーに姿を見せたイドルは、広場につめかけた数千の聴衆の視線に串刺しにされつつ、ありもしない魔王と勇者の戦いを説明しなければならなかった。


 つっかえながらも、拡声器(マイク)に向けてデタラメを並べ立てるハメとなり。


 嘘話でも語っていると、ついつい――情感がこもってきてしまい。


 カンペを読みながらの最終決戦(クライマックス)のシーンでは思わず顔を手で覆って涙ぐみながら「死に直面しても、ディクロス様は最後まで魔族の民を案じていた」と感動系のエンディングまで持っていき、のちに魔界新聞の一面を飾ることに成功したのだった。


 希代の名演説として伝説(レジェント)を作ったイドルは、とぼとぼとした足取りで城内に戻った。


「イドルのおにーさん。マジ笑えたよ。ディクロスって三回も変身できたんだね。でも、最後に勇者に抱き付いて自分もろとも太陽に突っ込んでいったのは言いすぎだと思うなー。SFじゃないんだからさ」


「やめろ。なるべく魔王らしい最期にしなければならなかったんだ」


 壁のかがり火に照らされ、静寂に満ちた謁見(えっけん)の間。


 雑事の処理を終え、疲労困憊したイドルは文句を言ってきた少女を見下ろした。


(しゅん)の魔将』レイセン。

 見かけ上は十六くらいの少女に過ぎないが、横に伸びた長耳と紫色の縦眼が長命な魔族であることを裏付けている。


 魔族とは、見かけと実年齢は一致するものではない。

 少女の年齢について、イドルはエチケットを考慮して聞いていないが、百は越えているだろう。


 とはいえ、腰丈まである色褪せた金髪の上にカウボーイハットを乗せ、藍色のウエスタンジャケットの下にはチェック柄のスカートとアンバランスな風体だが、それがかえって童女らしい遊び心を演出して魅力的ではある。


 何が面白いのか、にまにまとした猫口を作っている。

 彼女と二人きりというのは、居心地が悪かった。


 きゃぴきゃぴとして扱いづらく――いわゆる女の子、という感じが全面に押し出されていてイドルとしては苦手意識がある。


 残りの魔将は遅れているし、次代の新魔王すらも姿を見せず玉座は空位となっている。


「っで、おにーさんはどうするの?」


「就任パーティーには参加する。お前の好物である青毛飛竜の丸焼きも出るらしいぞ」


「おっしゃ! 脂身がおいしいんだよね……じゃなくて、さ。ほら、次の魔王ってペルシャナルじゃん。ディクロスよりも弱いよ。ぶっ殺しちまって、覇権(はけん)を取っちまおうよ」


「無理だ。ペルシャナル様はレベル840。俺はレベル308。そしてお前はレベル180ほどしかない。俺たちが組んだとしても、殺される」


 単純な戦闘力の比較はレベルの数値で片付く。


 個体値も関係するので一概には言えないが、レベル差を埋めるものがなければ大体の場合は下位の者が上位者に勝つことは難しい。


 ましては、二倍近く離れている。


 何よりもイドルには反逆(はんぎゃく)する気持ちがなかった。


 根本的に争いよりも平穏が好きだったし、魔王軍に入隊したのは国防のためだ。


 国を護るという大義のために戦っていたわけであって、望んで殺し合いに(おもむ)いたわけではない。


 反対にレイセンは血と闘争を好む。

 多くの魔族がそうであるように。


 好戦的な微笑を崩さず、赤く小さな舌がちろりと上唇をなぞった。


「ものはやりようだって。魔族はモットーは弱肉強食だよ。それにあたし、ペルペルより、おにーさんの方が好きだし。あたしたちで反乱を起こしちまおうぜ。な、楽しそうでしょー?」


 ぴょんぴょんと跳ねながら尻に後ろ手を持っていき、こてんと頭を横倒しにしたかと思えば、パチンと片目を閉じての誘惑。


 凶悪ではあるが誘いはほんの少しばかり嬉しい。

 けれども、和を重んずるイドルは断ろうと口を開きかけて。


「ペルシャナルを殺すのなら手伝うぜ」


 唐突な闖入者(ちんにゅうしゃ)の声。


 並んでいる装飾柱の後ろからスッと深紅の騎士装の男が現れた。


 (つるぎ)の魔将ブラドリオ。

 元は人間族だったが魔族側に寝返った裏切りの勇者。

 挑発的な黒瞳から濁った邪気を発し、人を皮肉ったような薄ら寒い笑みをたたえている。


 思わぬところからの出現に驚いたイドルだったが、眉をひそめて慎重に声をかけた。


「ブラドリオ。お前、ずっと柱の向こうでスタンバってたのか」


「だっせぇー」


「黙れ。とにかく、やる気なら俺も協力するぜ。ペルシャナルの奴は連合軍と和平条約を結ぶ気だぜ。そんなこと許せるかよ。俺は人間どもに復讐するって決めてるんだ。いいか、俺はな。かつてとある王族に裏切られ――」


「おにーさん、あやとりしよ。ほーら、ヤマタノオロチ」


「お、凄いなレイセン」


「聞けよぉ! 今から俺の過去話するかさぁ! なんで人間の勇者が魔族側にいるか話したりする重要な場面だからさぁ!」


 ブラドリオは黒髪をがしがしと()(むし)って訴えたが、イドルは彼の陰鬱な過去話を聞くのが十回目くらいだったので、正直相手にしたくなかった。


 恋い焦がれて婚約したお姫様が他国の王子に寝取られたとか――そんな恋愛がこじれた感じの理由だった気がする。


 確かに当人にとっては世界の見方が変わるほど大事かもしれないが、赤の他人から見ると「それって単に振られただけじゃない?」と言いたくなる事案でもある。


 最初はもちろん、同情した。


 敵対していた勇者が仲間になるということで、親睦会を兼ねて『魔鶏貴族』というチェーン系列の酒場で一杯やりながら「大変だったな、わかるよ」とイドルも(おごそ)かな態度で相槌(あいづち)を打った。


 しかし――何回か同じ話をされても重みも消えてしまうし、飽きてくるものだった。


 むしろ男として女々(めめ)しいとさえ思えてくる。


「落ち着けブラドリオ。お前はレベル160だ。まあ人間族では最高峰ではあるが、三人合わせても648だ。ペルシャナル様には勝てん」


(ちから)の魔将ドッドを入れれば充分、上回るぜ。まだ前線にいるからあいつはここに来れねえみたいだけど、俺たち魔将側に来るはずさ。なんたって仲良し四人組だからな。やっちまおうぜ」


「おにーさん。クーデターに成功したらあたし、愛人ポジでもいいよ。ブラドリオはペット枠ね」


「おい、ふざけんなよクソガキが。死にてえのか」


「うるせぇー。あたしよりもレベル低いくせにイキってるんじゃねーぞ雑魚が」


 睨み合いをする二人を尻目にイドルは沈思(ちんし)した。


 反乱の気運が魔将から生まれるのは望ましくない。


 血気盛んな魔族において下剋上はほぼ慣例となっている。

 魔王ディクロスさえも、魔界に散らばった実力者を力で強引にまとめあげて魔軍を結成したので仕方ないことではあるが。


 だが――ディクロスは宴会の席になると、新人に一発芸を強要するほど邪悪な存在であったが、それなりに道理を弁えた魔王だった。


 配下の魔族やモンスターに無理な戦いを強いたりせず、人間族の侵攻に対して毅然(きぜん)として立ち向かい、魔族領の地位を確固たるものにした。


 魔族の地位向上に貢献(こうけん)したのだ。


 その実娘であるペルシャナルの面倒を見ることは魔族の一員としての御恩返しでもある。


 結論が出ると、イドルは物静かな口調で二人をなだめることにした。


「……我らが四魔将は魔王様を支える存在。何よりもペルシャナル様は親を亡くされて心を痛めてらっしゃる状況だ。おのおのに不満があるにせよ、反乱はならん」


「ちぇー」


「チッ」


 渋々とながら二人は顔をそれぞれ別の方向に向けた。


 犬猿の仲ながらも聞き分けはよい。

 満足したイドルは腕時計に目線を落とすと、約束の時間はとうに過ぎている。


 どうやら新魔王は時間にルーズらしい。


「イドルよ。よくぞ申した。さすがイチゴ・オレ好きが高じて桃の魔将と名乗ることだけのことはある」


「ペルシャナル様!」


 天井に足裏をつけてぶら下がる少女が一人。


 王冠から銀色の艶髪を逆さにたなびかせ、コウモリのようなポーズ。


 豊かな胸部とくびれた下半身だけを覆った金属鎧(ビキニアーマー)は卑猥な形で下着とそう変わらない。白肌のほとんどを露出して、見ている方が恥ずかしくなる。


()の魔王就任に異議がある者は挑戦することを許そう。もっとも、余は武芸百般(ぶげいひゃっぱん)すべてに通じておるがな。トランプ、囲碁、将棋、チェス、麻雀、UNOに至るまでな」


 尊大な態度で言い放ち、ギラリと金色の瞳を輝かせる。


 ペルシャナルは重力に従うことにしたのか落下しながら反転し、すたんと華麗に地面に降り立った。


 イドルは指摘するかどうか悩んだ。

 自分は赤の魔将だし、バナナ・オレの方が好きだ。それに少なくとも三十分近く天井でスタンバイして部下たちを覗き見するのは偉大な魔王のすることではない。しかも例に挙げたのは遊戯であって、どれも武芸百般に通じていない。


「無論、マインスイーパーも(おさ)めておる……驚くなかれ、三手で爆弾をクリックすることに成功するのだぞ」


 遊び方さえも間違えていた。

 マインスイーパーは爆弾を避けるゲームだ。


 当たったら失敗となる。


「おいペルペル、なんで紐パンつーか、ケツ丸出しなの? Tがバックして、ハミケツしてんぞ」


「案ずるな。本来なら余ほどのレベルに達すれば、全身の毛穴から溢れ出る強力無比な魔力の加護により、紫外線もUVカットできるため何も身に着ける必要などない。口うるさい馬鹿が死んだゆえに全裸で生活しようとしたのだが、放送事故になると侍従(じじゅう)にとめられたのでこのような妥協した姿なのだ」


 半眼になったレイセンの指摘は羞恥心を問う性質のものだったが、実用度しか考えていないペルシャナルにはいまいちわかってもらえなかった。


 されど堂々とした佇まいで玉座に向かい、優雅に足を組み合わせて腰を据えるとやはり堂に入っている。


 形式通り、三人の魔将は膝をついて拝礼した。


「さて、先ほどブラドリオが言ったように余は敵軍に休戦を申し入れた。長きに渡る人間族や亜人族とのいさかいを終わらせるためにな。余は魔族の代表として、終止符(ピリオド)の向こう側を目指すことにしたのだ」


「魔王閣下よぉー、和平なんて俺はクソ食らえだぜ」


「ブラドリオ……仕方ないのだ。余は毎週アニメを見たり、人気動画を視聴したり、踊ってみたり、歌ってみたり、ときにはゲーム実況をしながらコスプレしたりするサブカルチャーにハマっていて、忙しい。戦争などしておれんのだっ!」


 一喝するペルシャナルの説明は全部私情だったが、ほとばしる魔力が暴風となってブラドリオを襲った。ブラドリオは風圧に負けて尻餅をつき、唇をわななかせた。瞳に宿った反抗の光が怯えで消える。絶対的な力の差を感じ取ってしまい膝ががくがくと震えている。


 アホでも相手は強い。

 ブラドリオはつぅーと脂汗を流した。逆らうのは賢明ではない。


「既に余は魔王軍の圧倒的な財力をもってして、『グングン動画』なるコンテンツを買収した。世界を股にかけて動画共有サービスを提供しているネットで有名な一大コンテンツだ。余は代表取締役でもあり、自分のコミニティでは常にネット民に媚を売り、歌って踊れてキュートなネットアイドルとしての地位も盤石(ばんじゃく)なものにしておる。なのに貴様ら魔将は何もしておらん。これはゆゆしきことだぞ……ん? どうしたイドル」


「いえ、その、ペルシャナル様。和平はよろしいのですが……領地問題や賠償金(ばいしょうきん)の有無、捕虜(ほりょ)の返還や軍部のこれからの処遇など、戦後処理がございます。それらを文官たちにも相談せねばなりませんので……できればそういった実務的なお話をまず、お願いできませんか」


 挙手(きょしゅ)し、ずれている話題を軌道修正しにかかる。


 ペルシャナルに自分勝手にしゃべらせておくと実のない話が続きそうだったから。


「そんな……なんか、難しそうな話題は余は知らん」


「いえ、難しいとかそういうのではなく……」


「まあ、そう急くな……和平交渉に関係する話もある。知っての通り、余の受け継いだ宝物庫には、古代から近年まで他種族から奪い取った様々な財宝がたんまりある。それらを賠償金代わりに人間族に返還することで誠意を見せることにしたのだ。しかし、ただ単に、はいそうですか、と返しては魔族の名折れよ。ゆえに」


 ペルシャナルはピッと人差し指を立てる。


「諸兄らにはダンジョンを建設してもらう。財宝を隠し、醜い欲望に駆られた人間族の慌てふためく様を動画として面白おかしく撮影するのだ。そして『グングン動画』に投稿し、〝ダンジョン動画〟として人気を集めよ! サブカル分野において我らが勝利を収めるのだ!」


 カッと目を見開いての号令には冗談の気配はない。


 なんか戦争するより面倒なことになってないか――共有した思考を浮かべ、厄介事らしきものを押し付けられる三人の魔将は顔を見合わせて意思疎通した。


 新魔王の勅命(ちょくめい)である。


 どんなにわけのわからないことであろうと従うほかない。


「あはは……おにーさん、もうあたしと駆け落ちしよっかー?」


「いや、とにかくやってみよう。戦争は終わったのだ。文化事業もまた内政とも言える」


「こんなクソの中のクソみたいな理由でも、ダンジョンができるんだな……」


 こうして世に平和が訪れた。


 代わりに動画共有サービスサイト内での闘争が始まることになるが、イドルは平和的な争いになるだろうと考えていた。


 しかし、それはまったくの間違いであったのだと後々に痛感することになる。




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