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-1-『再生数は伸びない』


「お、俺の作った動画の再生数が一週間経っても五回だと……?」


 信じられない、とイドルは口の(はし)をゆがめたあと、得体(えたい)の知れない絶望感に襲われた。


 おかしいぞ、これは何かの間違いじゃないか――まぶたをこすり、パソコンのディスプレイにグッと顔を近づけて二度見してみたが、やはり再生数は五回だ。


 (けた)も数字も間違っていない。


 しばらくデジタル数字を(なが)めて呆然としていたが、フッと頭の片隅(かたすみ)猜疑心(さいぎしん)芽生(めば)えた。


 もしやシステム上のエラーか、なんらかのミスで外部から閲覧不能(えつらんふのう)になっていたのではないかと。


 試しにマウスを操作し、再生ボタンをクリックする。


 投稿動画を再生――問題なく再生できてしまった。

 念のために、と思いながらも最初から最後まで映像を流した。


 何も壊れてはいないし、おかしくもない。


 これが自分の『グングン動画』での評価なのだ。


 つまり何十万人もいるグングンユーザーは、自分の投稿した《ダンジョン動画》をまったく見向きもしなかった形になる。


 イドルはショックのあまり放心してしまった。


 口はだらしなく半開きとなり、眼球は静止し、瞳の輝きは失せる。


 全身の筋肉が弛緩して、ドッと椅子にもたれかかる。


(なぜだ……サーバーが不調なのか……いや、運営が……きっと、運営が、俺に敵意を持っているのか……もしくは多分、何かしら、闇の勢力が……落ちつけ、視聴者が忙しい時期だったに違いない……俺は、俺は悪くないんだ)


 衝撃の事実を簡単には受けとめきれなかった。


 動画を作るためにした努力は、すべて無駄だったことになる。

 決して少なくない時間を犠牲にした。


 投稿するときはちょっとした優越感もあったのだ。


 俺の動画で皆を楽しませてやる――クリエイター気取りだった。


 実態はどうだ?

 手応えもなく、面白味もないゴミ動画を世間に晒しただけだ。


 真っ暗な夜海(やかい)(ひた)るような悲しみに(しず)んだあと、急激に恥ずかしくてなって動画を消すそうと試みた。


 管理者画面の右下にある赤字の削除ボタンを凝視する。


 素早くマウスポインタを持っていった。クリックすると消去画面がホップアップされ、最終確認のイエス・ノーが突き付けられる。


 こうして、過去を消し去って動画投稿者として関わらなかったことにする。


 そうできればどんなに簡単か。

 マウスを(おお)っている右手がぶるぶると震えている。


 イドルは得体もしれない唸り声を発しながら悔し涙を流していた。


 ああ、できない。できないんだ。

 このままでは終われない理由があるのだ。


「おっ、おっ、おろろーーーーーーーんっ! おろろろぉーーーーんんん! ひっ、あ、えぐっ、ひぃいん……うううっ!」


 ぶわっと悲しみの(うず)に包まれたイドルはむせび泣いた。

 悔しかった。救われたかった。

 ちやほやされる人気者になりたかった。


 魔王軍では最高幹部なのに。

 年収だって結構あるのに。

 数えきれない大勢の部下もいるし、クールな将軍としての立場だってあるのに。


 魔人として三百年も生きてきたのに。


 クリエイターとしての才能は――まったくない。


 人生で高く積み上げた自尊心が深く傷つけられ、男としてみっともなく泣く以外に――感情の発露(はつろ)を押し留める方法がない。


「イドル様ーっ、入りますよー。お昼ご飯ですよ」


「おっ!? お……おう……」


 呼びかけに声をうわずらせ、答える。

 かちゃりと扉の音がしてメイド姿の女が入ってきた。


 トレイを肩の位置まで持ち上げて片手で運んでいる。


 棒付きキャンディを(くわ)え、細い棒が桃色の唇から伸びていた。

 歩む足の動きに合わせ、たわわに(みの)った乳房(ちぶさ)もぷるぷると跳ねる。


 かつかつとヒールを鳴らして、イドルの昼食となるチーズマカロニを中央にある座卓(ざたく)に置く。


「どうしたんですか? なんか泣いてません? 目許が赤いですよ。変な奇声も聞こえましたし」


 髪の色と同じく翡翠色(ひすいいろ)の瞳が愛らしくまばたきする。


 目敏(めざと)く主人の不調を発見し、眉間にしわを寄せて(いぶか)しんだ。


「なっ、何を言うかエメリア。泣いてなどいない……俺がなぜ泣く? 意味がわからんぞ」


「ふーん? ほんとーですかぁ?」


 ジロジロと顔色を(うかが)ってくる。

 テーブルが低い位置あったので前屈みとなり、側頭部で二つにくくられた髪房(かみふさ)が顔にかかったので、手でかきあげる。


 仕草のひとつひとつが絵になる美しさはある。


 びくついたイドルは大きく咳払いし、姿勢を正して胸を張った。


 肋骨装飾の施された胴鎧をドンッと力強く叩く。


「はははっ、俺は魔王軍東方方面将軍にして赤の魔将イドル・フェイサーだぞ。数万の魔軍とあらゆるモンスターの統率者だ。何も恐れることなどないわ」


「そんなエライさんのわりには暇ですよね。なんか仕事ないですか? ほんとマジで暇なんですよ。イドル様はよくこんな狭い監視室に座ってられますね」


 あーっ、気だるい。


 そんなつぶやきを漏らしつつ、退廃的(たいはいてき)な雰囲気を漂わせながらエメリアはカーペットに尻を落としてあぐらをかいた。


 裾端(すそたん)にレースの施されたミニスカが、座った拍子にふわふわと揺れる。


 エメリアの恰好は危なげない。


 ニーソックスに包まれた先にある足の露出面積は広いし、上衣も背中で紐結びするコルセットタイプで、両肩から鎖骨まで素肌が放り出されている。


 イドルは主人として乱れる風紀を注意しようかと思ったが、エメリアがポケットからスマートフォンを取り出して指で弾きだしたので、その気も失せた。


 元よりエメリアはいまどきの若い魔族らしく、気ままな性格をしている。


 (つつし)みや恥よりも、カワイイが優先のファッションなのだ。


 小言を漏らしたところで暖簾(のれん)に腕押しだ。


「人間と和平は結ばれ、世界は平和になったのだ。我々軍人がお役御免(やくごめん)となったのは喜ぶべきだぞ。偉大な俺の従者でありながら、お前が遊びほうけていられるのも平和のおかげだ」


「でも暇すぎるんですよ。なんていうか、私たち左遷(させん)された感じです。大体、イドル様もこのダンジョンの工事が終わったと思ったら、毎日部屋にこもってボーっとしている生活じゃないですか」


「むっ」


 指摘はイドルも多少のことながら、気にしていることだった。


 ヴォルサス火山の地中奥深くにある、中央監視室に日夜泊まり込んでいるのは健康的ではない。


 しかし、理屈から言ってダンジョンを造ったのならば警戒するのが当然だ。


 二十四時間体制を()いたのは間違いとは思えない。


 この箱型の部屋に待機し、扇形に設置してある複数の監視モニターを注視し続けるのも仕事の内だ。


 設置式の監視カメラから、ダンジョン内部の映像をリアルタイムで送信されている。


 侵入者が訪れれば警報アラームが鳴る仕組みにもしてある。

 本日も異常はない。

 否、一度として異常があったことなどない。


 つまり軍命を忠実に実行していることでもある。

 己の使命感に誇りすらも感じていた。


 だが、こう毎日毎日――人っ子一人来ず。


 何も変わらないモニター映像を見つめ続けていると、実は自分がまったく意味もないことのために時間を浪費しているのではないか、という疑問も生じてくる。


「もう一か月近くも地下暮らしですよ? いい加減、飽きてきました。適当に軍隊率いてズババーッと人間をぶち殺してる方が楽しいですよ」


「そういう時代じゃない。今は動画撮影が俺の仕事なのだ。ダンジョンをきっちり経営してるか、動画サイトに提出せねばならんのだ」


「へえ、URL教えてくださいよ」


「ん、あ……その、また今度、ということで……」


 急に弱気になったイドルは顔があからさまに反らしたので、エメリアは好奇心をくすぐられたようだった。


 彼女はくるりと回って背を向け、こそこそとスカートの上に乗せたスマートフォンを操作した。


『グングン動画』を開き、データベースを検索した結果《赤の魔将イドルのとにかく最高ダンジョン》というセンスの欠片(かけら)もない名前の動画を発見する。


 目的の動画を見つけ、にやりと口許が緩んだエメリアだったが、片眉をぴくっと跳ね上げる。


 再生時間は三十分。コメント数は二件。


『テスト』と『1』だけ。推測になるが本人が打ち込んだものだろう。


 タグは《ダンジョン動画》がひとつ。


 再生してみると岩壁にある洞穴を淡々と撮影しているだけだった。


 誰かが入ってくる様子もなく、これといった動きもないようだ。


 つまらない。


 からかうネタにもならないし、がっかりするほど面白味がない。


「しょぼっ! なんですかこれ? 動画サイトを舐めてるんですか?」


「う……くっ……見つけたのか……仕方ないだろう。こんな仕事は初めてなのだ」


「ふーん、大変ですね。まあ初心者ならこんなもんでしょ。あんまり気にしない方がいいですよ。やってくうちに上手になってくもんですから、ゆっくりやればいいんです」


「うむ……」


 当たり障りのない慰めだったが、イドルは『初心者』というワードに安らぎを覚え、幾分(いくぶん)か心を落ち着かせることができた。


 テーブルの席を移り、スプーンを手に持ち、イドルは食べ慣れたチーズマカロニをあんむと口にする。

 

 じゅわっと熱いチェンダーチーズが心に沁みた。


 エメリアの優しさが嬉しかった。

 例えそれがスーパーで買ってきた既製品であり、レンジでチンしただけの冷凍食品だったとしても、嬉しい。


「ちなみに動画投稿が仕事ってことは何か決まり事とかあるんですか?」


「ああ、再生数で我々の仕事ぶりが評価される仕組みになっていて、明日までに最低一万回再生させないと軍団ごと減俸(げんぽう)になるな」


「へえ、そうなんですか……は……? はぁーーーあ!? 何言っちゃってるんですか! だったら、ランチなんて食ってる場合じゃないでしょ! F5ボタン連打するんですよ! さっさと働いてください!」


 軽く笑って流そうとしたエメリアは意味を理解すると瞠目(どうもく)し、次に目尻を小刻みに痙攣(けいれん)させ、最後に絶叫(ぜっきょう)した。


 わなわなと肩を震わせ、テーブルに半身を乗り出してイドルに迫る。


 ただごとではない様子にたじたじになり、泡を食ったイドルは上体をのけ反らせ、相手を抑えるように両手の平を突きだしてなだめようと試みた。


「なっ、なっ……ゆっくりやればいいってさっき言ったばかりじゃないか……」


「うるさいですよ! いいですかイドル様! 私は色々と買いたい化粧品とかバッグとか主従関係よりも大切にしなきゃいけないものがあるんですぅ! てゆーか、給料下げられるのが何よりも嫌なんですぅ! とりあえず指がちぎれるまで更新ボタン連打ですよぉ! はい! こんなもん食べてる場合じゃありません!」


 手に持っていた皿が乱暴に奪い取られ、手づかみでマカロニはすくわれた。


 目の前でむしゃむしゃと食われる。


 紙皿はすぐに空になり、八つ当たりでもするかのようにゴミ箱に叩き込まれる。


 あぁ、と情けない声を出したものの、肩を落としたイドルは再びパソコンチェアに戻った。


 自分の失態は部下にも影響する。そうだ。誰にでも生活はある。


 ならば魔王軍の一軍を預かる将として、軍団長として責任を果たさなければ。


 画面をリロードし、動画の再生数を水増しする。


 それは手軽なイカサマだ。やろうと思えば誰でも簡単にできること。


 やっている最中、イドルは無性に情けなさを覚えた。


 何がいけなかったのかわからない。

 そんな気持ちのまま、両手に腰を当てて仁王立ちするエメリアに命じられるままノルマを達成していく。


 ああ――どうしてこんな日々を送ることになってしまったのか。


 そう、始まりは先代魔王が急逝(きゅうせい)し、世代交代が訪れた瞬間からだったか。





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