初戦闘
正樹は教えてもらった通りに歩を進め、街の外に来ていた。左頬には真っ赤な紅葉が刻まれている。それは、反応をみる為に失礼な事を聞いた代償である。
広場から南に進んだところに大きな門が聳えており、そこから外に出ることができたのだった。
街の外にも道は続いていたが、舗装はされておらず、長年同じ場所を踏みしめ地肌が露わになっただけのものだ。農家風の男性が突き出した岩に腰掛け、道から逸れた場所の草を家畜に食べさせていた。
まさに穏やかな田舎の風景。だが、明らかに現実にはいないであろう物体も飛んでいた。
風船のような身体から蝶に似た羽と尻尾を生やした生き物。大人の顔くらいもあるそれが、何匹か漂うように飛んでいる。身体の大きさに見合わない細い管を伸ばし、花の蜜を吸っている個体もある。
危険がない生物なのか、農家風男性も家畜も気にしている様子はない。
「気を取り直して、お試し戦闘と行こうかね」
正樹は街中での出来事を拭うように、無警戒に近くを飛んでいる風船虫の一匹に狙いをつけた。
(不意を打った方が威力出るしな、経験上)
警戒されないようにさりげなく後ろに回り込み、拳を握りしめぶっ叩く。
むにっ!
思った以上に柔らかかった羽虫の身体は打撃でたわみ、振るった拳打の衝撃そのままに飛ばされていく。
「見た目通りなんだな」
手応えのなさはまさに風船そのもの。もしかしたら尖った武器で突いたのなら割れるとか、ゲーム的なギミックがあるのかもしれない。中身に入っているのが昆虫のそれならば遠慮願いたいが。
羽虫はようやく体勢を立て直すと、こちらを危険と認識し、敵意をむき出しにしてふわふわと飛んできた。
(おそいな)
こちらまで合わせてスローになってしまう、本当に風船が風に流されてきたような速度の突撃。当然当たることなく楽々とそれをやり過ごし、向き直る前の背後に打撃を叩きこむ。反撃を気にせず叩き続けても良かったのかもしれないが、これからのことを考え、ゲームの動きを確かめていく。
避けては叩きを何度も繰り返し、巨大羽虫は飛ぶ力を失って地面に落ちた。風船から空気が抜けるような音を発しながら動かなくなった。
「ようやくか」
ミスを犯すことなく最初の勝負を制する。正樹が思っていた以上に敵の耐久値が高く、時間がかかってしまった。
「戦利品あるかな?」
たおした風船虫に近づきその周りを調べる。何かあるとしたら、倒した近辺だろう。
「バーチャルはこの手間のかかる感じが良いよな」
人によっては面倒なだけだし、敵があまりにグロテスクだと近づきがたい。
その点、正樹はゲーム経験が長い事もあって平気である。
「ま、最初期に手に入るものなんて重要なわけないんだが」
一戦終えた直後、突然ピコーンと音が鳴り、どこからともなく声が聞こえてくる。
『あー、テステス。こちら陽介、正樹聞こえてるかー?』
陽介の声、キャラ名ダイダロスからのメッセージ。ゲームの有効な連絡手段である一対一チャットである。
目前にウィンドウを開き、返信する。
『聞こえてるぞー、やっと入ってきたか』
『生存確認。やっぱライブラなんだな』
ライブラ、ゲーム内での正樹の名前だ。この名前はやってきたゲームを通してずっと使っているもので、天秤座から取っている。といってもこのゲームは、国民に割り振られた個人番号で認識されているので、名前は被っても使えるのだ。現実世界にだって同姓同名はいるので問題はない。
『お前も変わらずダイダロスじゃないか』
『まーな。で、正樹は今どこよ?』
『初めのセンヨウの街を南側に出たすぐの所にいるぞ』
先程教えられた通り、広場から真っ直ぐ南だ、と付け加える。
『オッケー、向かうぜ。プツッ』
二人になればもう少し効率よく戦闘できるだろう。しかも陽介はスポーツマン、火力特化の脳筋マンだ。
「陽介が来る前にもう少し試すか」
素手ではなく、今度はものを使ってみよう。
正樹はその辺に転がっていた手頃な石を握りしめた。