出発
国とゲーム会社が協力して制作したVRMMO『STORY』のサービス開始まであと一分、正樹は意識をバーチャル空間に飛ばすためのヘルメット型装具を着用してその時を待っていた。
そしていよいよ、その時は来た。
「……5.4.3.2.1.フルダイヴ」
直後、ベッドで横になっていた身体の感覚が消え、ゲームの世界に意識が飛んでいく。
鮮明になった視界に映ったのは、宇宙のような空間だった。遠くで星が煌々と輝き、時折激しく発光するそれは、今までのバーチャルゲームのものとは一線を画す、まるで本物の星空と見間違う出来だった。
自身の身体はというと、四肢の感覚はあるのに実体がない透明人間のような状態。目には見えないのに触ることのできる謎の物質、もしかしたら幽体離脱とはこんな感覚なのかもしれない。
ゲームのリアリティに感動するのもわずかな時間、正樹はここで自分が何をするのかに考えを巡らせる。
「ま、初めは当然キャラメイクだよな」
キャラメイク。自分の手で自分の分身を作り出す作業。この段階を抜きにMMOは出来ないと言っていい。情景は違えど、ほとんどのMMOにある始まりの場所だ。
透明な身体はゆっくりと、なぜか存在する重力に引かれて、ガラス板のように何も見えない足場に着地する。何もかもが不確かな空間だが、正樹は臆する事なく確かな足取りで真っ直ぐに歩み始めた。
この場所にいるはずの存在に向かって。そしてそれは少し離れたところに見つけることができた。
このゲーム世界に自分達プレイヤーを招いた、または創り出す存在。
流れるような銀の髪を腰まで伸ばした、美しい女性だった。背に純白の翼を何対も広げ、纏う白衣は細やかな金の刺繍が各所に施され神々しさを演出する。創造神か、はたまたその神に遣わされた者か。
「ようこそいらっしゃいました」
容姿に違わない、聴くものを落ち着かせる旋律のような声で語る。
「その身体では何かと不都合、貴方が物語を紡ぐ為の身体を授けましょう、まずは貴方のこの世界での名前を教えてください」
言葉が終わると同時に目前にウィンドウが開かれる。
ゲームキャラの名前を、正樹は前々から決めていた。それは数々のMMOを通して使ってきた、馴染みの名前。その後はボディメイクが続く。髪一つとっても髪型、髪色、髪質、ボリューム、オプションと事細かく設定できる。過去に類を見ないほど細部まで弄れるキャラメイクだった。
こだわるならだいぶ時間を取られそうだ。しかし。
(それならそうと言葉にしてくれ、天使さん)
端に小さめに、ゲーム内でも変更可能です、とあった。
注意書きしてくれる時点で親切なのかもしれないが、それは最重要と言っても過言ではない一文である。
後々変更可能と分かれば、今膨大な時間をかける必要はない。大体決めていたキャライメージで、ぱっぱと決めていく。細部パーツも、一目見てピンときたものがあればそれに決める。そうして出来上がったキャラクターの主な特徴は、緑のウルフカット、日本人の標準的な褐色肌、細身。
決定すると、透明だった身体とついさっき創り出した肉体がぼんやりと光に包まれ、吸い込まれるように一体となる。
「今の貴方はまだ生まれて間もない幼子、全てを任せることはできません。まずは地上に降り、この世界の事を知ってください」
初期レベルでは役に立たないから強くなってね、ということだろう。ゲーム的に解釈するとそうなる。
「りょーかい」
「それでは、貴方の物語が幸多きものになるよう、祈っています」
天使に見送られ、視界は真っ白に染まっていった。