ゲーム準備
ピンポーン
来訪者の存在を知らせる玄関のベルが鳴る。正樹は一人暮らしのため、面倒臭いが自分で確認するしかない。
部屋の機材から玄関の映像を確認すると、そこには郵便局の配達員の姿が見て取れた。マイクのスイッチを入れ、音声通話を開始する。
「はい」
正樹は初対面の人物と話すのは得意ではなかった。どうしても端的に、無感情に言ってしまう。
「高沢正樹さんのお宅でしょうか?」
「はい」
「お届け物です」
「はい、今向かいます」
手短に用件を聞き入れ通話を切る。玄関に向かいドアを開けた。当然そこにいたのはカメラに映っていた配達員だ。
「高沢正樹さんでしょうか?」
「はい」
「こちらにサインお願いします」
渡された薄い紙の宛先は文部科学省、内容物がゲームソフトと書かれている。先日の事前説明がなければ、今日巷を賑わせている詐欺と勘違いするかもしれない。
(まさかお国がゲームを送ってくる時代になるとはな)
真面目に勉強をし働いてきた人間ならば、さぞ困惑することだろう。勉強しなさいと怒鳴られていた時代が、今やゲームしなさいなのだから。
世も末と嘆くのか、新たな時代が来たと歓迎するのか。
受け取りのサインをして紙を返す。配達員は紙と引き換えに茶色の小包を渡して一礼すると、まだ向かうところが残っているのか、すぐに去っていく。
正樹は廊下を歩きながら包装を破り、中のプラスチックケースから円盤状記憶媒体を取り出す。
(インストールを急ぐ必要はないが、やる事ないしな)
一人用ゲームでコンピューターを相手にゲームするのはとうの昔に飽きている。
正樹は部屋に入ると、電源が付けっぱなしのゲーム機材に円盤状記憶媒体を挿入した。微小な読み取りの音を発し、続いてモニターがメッセージを表示する。
『VRMMO「STORY」の世界へようこそ!』
そこにはシンプルな歓迎のメッセージと、ゲームに登場すると思われる数人の人物が描かれていた。
煌びやかに装飾された武具に身を包む者、暗色のとんがり帽子と布質のローブに身を包む者、ハープを携え傍に魔物を従える者、風になびくように自由自在に糸を紡ぐ者、手に持つレンズで拡大された目でこちら側を覗く者、眼鏡に手をかけ分厚い本を脇に挟む者。
どうやら剣と魔法が存在するファンタジー作品のようで、現代の機械技術は登場しないようだ。
(戦闘系から生産系まで幅広いってことだろうな)
何せ学生全員がやるゲームである、多彩な個性を表現できなければ満足させられないだろう。
ちなみにVRMMOとはVirtual Reality Massively Multiplayer Onlineの略称で、日本語にすると仮想現実大規模多人数参加型のネットゲームである。
その後には誰もが読み飛ばすであろう、細かい文字でびっしり書かれた同意文。これら全てを理解して同意している人間がいるのか怪しいところだ。
正樹は全く読まずに最後までスクロールし、同意ボタンを押して次に進んだ。
『インストールを開始します』
確認、後は終わるまで待つだけだ。