関係者2
揺られながら、女性は中身を座席の上に出していきます。
ハンカチ、手帖、封筒、チョコレート、水筒、財布、MDプレイヤー。
「これが何だってんだよ?」
若い男性は食いつきました。しかし樋山は冷静に少し含みを持って言います。
「心当たりないですか?」
「あるわけないだろ!」
「そうですか…」
そこで黙って見ていた彩菜が尋ねます。
「お兄さん、何が言いたいの?」
不思議そうな顔をしている彩菜に、樋山はしゃがんで言いました。
「この中で一番 ― 」
その時、声を遮って若い男性は言いました。
「待てよな、だったらこの女はどうなんだよ、バッグ見てにやにやしてたんだぞ?」
30代の女性は困ったような、泣きそうな顔をしました。
「あの…」
女性が言いにくそうにしたので、樋山は代弁するように言いました。
「大丈夫ですよ、彼もいないし、我々も怒りませんから」
「彼?」
早川は尋ねます。
「彼女がその女性のバッグをにやにやしながら見てたのは僕も見てた。でもその随分前から彼女は他のある男性のこともちらちら見てたんだ」
「男性?」
「多分…」
樋山が呟くと、女性は少し顔を赤くして頷きました。
「好きな人です」
樋山はにこりと笑いました。
「好きな人を眺めていた、しばらくね。それからにやにや…していた何故か。それは恐らく…」
樋山は女性を見つめました。女性はそれを受けて、言いにくそうにMDプレイヤーを掴みました。髪の綺麗なカールがゆらりと揺れます。
「これ…中身が落語なんです」
「落語?」
早川は聞き返します。女性は顔を赤くしました。
「はい。前からハマってて。電車で聞くようにしてたら癖になってしまって…。でも周りの人に見られてるとは思いませんでした。両耳で聞いてたらアナウンスが分からなくなるんで片方で聞いてたんです」
樋山は微笑みました。
「そう。あなたは椅子に向かって横向きに立っていたようだから、僕らの方にはその片方のイヤホンをしていたんでしょう、耳を押さえている片手が見えましたから。このことを言わなかったのは、言いづらくなってんですよね?落語なんて、若い女性はあまり聞かない。特に、さっきまで好きな人も近くにいた…」
女性は顔を赤くします。
「大丈夫ですよ、誰も落語であなたの価値を判断したりしないです」
樋山は一度微笑むと、今度は笑みを消しました。
「それより問題は…」
そうしてまた、若い男性を見ました。
「何だよ」
「あなたの方です。私がスリをしたとされる彼より、あなたにこだわる理由、どうしてだか分かりますか?」
男性は睨みます。
「は?知るか」
樋山は少しずつ話し始めます。