証言。
「あんまり近づかない方がいいよ…」
男性は言いました。え、と彩菜は聞き返します。
「そのおじさんはね、スリなんだよ」
男性、早川は言いました。
「すり?」
「そう」
頷くと早川は後ろのもう一人の片割れを振り返ります。
「ね、そうなんだろ?樋山」
樋山、そう言われたもう一人の男性は眠たげに顔を上げます。
「あぁ、うん、そうだねそうだと思うよ、僕も見てたし、偶然ですけど…」
樋山はそう答えます。
「そらみろ、俺の勘違いじゃねぇ」
中年男性はそう言って更に男性を締め上げます。男性は憤慨した様子で、顔をしかめているようでした。
「そちらの女性、そのお嬢さん、財布盗られてないか確かめた方がいいですよ」
中年男性はとある女性に向かって言いました。当の女性は、自分だとは思っていなかったのか、ビックリして持っていたバッグの中を探し始めました。
ガサゴソ…ガサゴソ…ガサゴソ…ガサゴソ…
そうして少しすると、女性はホッとしたようにして顔を上げました。
「大丈夫です、何も盗られていません」
同じように、中年男性、早川はほっとした表情を見せました。
「よかったですね」
言った早川の近くで、中年男性は男性を締め上げます。
「警察につれてってやる」
男性は歯を食いしばったように不快そうな顔をしていました。
けれど、その時。
「その人…」
手をきゅっと握って、彩菜が言ったのです。
「その人、スリじゃないと思う…います」
早川が一人気づいて、彩菜の目線にしゃがみ込みます。
「…え?」
早川と、ようやく気づいた中年男性が何だ、と言いました。
「その人、違うと思います、スリとかしないと思います」
今度ははっきりと聞こえる声で、彩菜は大衆に言いました。驚く一同。その中で、中年男性が一人尋ねます。
「何言ってんだ、お嬢ちゃん?俺もそこの兄ちゃんもちゃんと見てるんだぜ?」
でも、と彩菜は呟きます。
「多分人違いです。その人、そんなことしない…」
「どうしてそう思うの?ひょっとして何か見たの?」
早川の問いに、彩菜はコクリと頷きました。彩菜の頭には、ホームで笑いかけてきた気さくな男性の顔が浮かんでいました。