愛があれば相性なんて関係ないってアインシュタインも言っていたって本当ですか?
「好きだ!俺と付き合ってくれ!!」
2人で出かけた図書館の帰り道、海斗が幼なじみのひなたに告白したのは、
なんのひねりもないストレートなセリフだった。
もちろん。自信はあった。
告白した時に断られるセリフのNo.1は"他に好きな人がいる"だが、
ひなたにはそんな男はいない!と、幼なじみ代表として俺は声高らかに宣言したい。
ひなたとは、幼稚園にあがる前からの付き合いだ。
家が近くて同い年という、一般的な幼なじみの条件に加え、
お互いの両親が同じ筑波の研究施設で働いているという運命的な巡り合わせ。
そんな経緯もあって、彼女は幼稚園の頃から高校に至るまで、俺とひなたはずっと同じ学校。
特に高校2年生になった今年は同じクラスになれたので、クラス内での人間関係はなんとなくわかる。
そのうえ、俺と同じで部活もバイトもしていないため、未だに登下校を一緒にしている。
更に、今日みたく、休みの日に2人で出かけることも多いわけで、
これで「他に好きな人がいる」なんて言われた日には、軽く人間不信に陥ってしまいそうである。
ただ、ひなたは全くモテないというわけではない。
むしろ、逆に、影での密かな人気度は校内一かもしれない(当社比較)。
黒曜石のように黒く、腰まで届く長い髪を持ち、
眼鏡の奥からこちらを見つめる瞳がとても綺麗な女の子。
生息場所は主に図書館という、典型的な文学少女だが、
それでいて薄っすら漂うミステリアスな雰囲気。
その美貌と雰囲気に誘われ、密かに好意を寄せている男どもが多いという噂を聞いたことがある。
だが、ひなたは"文学少女"なんかではない。完全な"理学少女"なのだ。
いつも図書館では、誰も手に取らないような英文雑誌を読み、
新書サイズのブックカバーの中身はもれなくブルーバックス。
ゲーデル・エッシャー・バッハを無理やり鞄に入れようとして、
ファスナーを壊してしまったこともある。
日本の都道府県名を全て覚える前に、周期律表を全て覚えたと自称するひなたは、
4歳の誕生日にハンダゴテをプレゼントされた俺並みに、根っからの理系人間である。
理系の女は理系の男とくっつくのが一番幸せと、俺のおかんも言っていた。
似たもの同士。相性もバッチリ。きっと、この告白は成功する!
ただ1つ。ただ1つだけ心配する要素があるとすれば、
幼なじみ特有の拒絶のセリフ"そういう対象として見れない"が怖い。
このセリフを言われてしまったら、もう生まれ変わるしか他はなくなる。
そう思うと、心臓の鼓動は大きくなっていくばかり。
ひなたから返事を聞くまでの10数秒の時間は何10分にも感じた。
一世紀以上前に先駆者がいなければ、時間が不変でないことは俺が証明できただろう。
そんな妄想の果てに、ひなたの口から出た返事の言葉は「ちょっと考えさせて」という内容だった。
数日後、日が落ちかけた時間に、俺は近所の公園に呼び出された。
大きな青い象の滑り台と木製のボロボロのシーソーが置いてあるだけの公園。
子どもの頃から行きつけの"象さん公園"だ。
ずいぶんと耳の大きな象だけど、前足に蹄は5つある。
そのくせ、牙は長くて背中は丸い。
お前はアフリカゾウなのかアジアゾウなのか?と小一時間問い詰めたくなってくる。
そもそも象って青いか。。。?
意味の分からない思考がどんどん生まれては消えていく。
呼び出された理由は聞いていないけれど、これは告白の返事を聞かされるに違いない。
でも、もう、約束の時間から5分ほど過ぎているのに。。。
繰り返されるメチャクチャな思考実験の果てに象が耳で空を飛び始めた辺りで、
ひなたが公園にやってきた。
「ごめん。ちょっと準備に手間取って。」
準備。。。今までにひなたが、俺と会うためになにかを準備したことがあっただろうか?
いや、ない!これはひょっとして。。。
俺の心は期待にどんどん膨らんでいく。
しかし、次の瞬間、ひなたの口から発せられたセリフに打ち砕かれた。
「この前の話だけど、やっぱり海斗とは結婚できない。
じゃ、わたし用事あるからまた明日。」
・・・いや、待て待て待て!
あまりにも素っ気なさすぎじゃないか!?
ってか、俺はプロポーズしたのか!!!!?
急いで帰ろうとするひなたを捕まえ、俺は問いただした。
「色々言いたいことはあるけど、とりあえず理由を聞かせてくれ。
ってか、結婚ってなんの話だ!?」
「だって、海斗と付き合うとしたら、別れることなんて想像できないから、
結婚を前提に考えるのは当然の話じゃない。
それとも、海斗は別れる前提でわたしと付き合う気なの?」
なんとも、嬉しいような切ないようなセリフが出てきたもんだから、
ちょっと動揺してしまう。
「いやいやいや。もちろん別れる前提なわけなんかないよ。
そこまで考えてくれているのに、俺じゃダメな理由ってなんなんだ!?」
「この前、海斗と図書館に行った時ね、Natureでロイヤル島の話を読んだの。」
「。。。うん?」
「今から60年くらい前に島に渡ったオオカミ達が、絶滅の危機に瀕しているらしいの。」
「ほう。それは大変だ。」
「だからね、わたし、海斗と結婚はしない方がいいと思うの。
。。。じゃ、これで。」
・・・いや、待て待て待て待て待て待て待て!
説明されたら更にわからなくなったぞ!?
ロイヤル島ってどこだ!?なぜ、そこのオオカミ達と俺の恋路が関係するんだ!!?
ってか、さっきから結婚結婚ってちょっと恥ずかしくなってくるんで、やめてくれない!?
混乱する頭を振り絞って、俺はより詳しい説明を求めた。
「全く。。。じゃあわかりやすく説明するわね。」
「よろしくお願いします。」
「まず、ロイヤル島ってのは、
アメリカとカナダの国境にある5大湖の1つ"スペリオル湖"に浮かぶ島の名前よ。」
「結構北の方にある島なんだな。」
「そうよ。だから、冬になると湖面が凍って、湖岸と島とを結ぶ氷の橋ができる年があるの。
今から100年位前に、この氷の橋を渡って、10数頭のヘラジカが島へ渡ったの。」
「氷の橋って言っても、そう安全なもんじゃないだろ?どうしてわざわざ・・・」
「そんなのシカに聞かないとわからないわよ。奈良にでも行って聞いてくればいいんじゃないの?」
「いや、奈良には湖ないだろ。それだったら滋賀のほうが。。。」
「滋賀にはシカもいなければ、湖も凍らないわけだけど、なにしに行くのかしら?
ま。それはそれとして、スペリオル湖の周りの森にはオオカミが沢山いたみたいだし、
オオカミから逃れてって説が有名ね。実際、島に渡ったヘラジカはあっという間に増えて、
10年ちょっとで3000頭以上にまで増えたらしいの。」
「まさにシカの王国だな。あれ?オオカミの話じゃなかったか?」
「海斗のために、順を追って説明しているんだから、慌てないの。
そのうちオオカミも氷の橋を渡って、島へやってくるのよ。
でも、その前に、ヘラジカの話をもう少し掘り下げましょ。」
「まだ続きがあるのか?」
「そう。彼らに、オオカミの襲来よりも恐ろしい出来事が訪れるの。
さっきも言った通り、ヘラジカは一時期は3000頭にも増えたわ。
じゃあ、ヘラジカはその後どうなったでしょう?」
「そのままオオカミがやってくるまで、シカの王国を維持し続けたんじゃないのか?」
「いいえ。残念だけど、その後ヘラジカの数は急激に減ってしまったの。」
「え?なんで?」
「簡単な話。餌不足よ。ロイヤル島は何年かに一度しか外界と繋がらない島。
限られた土地に生えている植物には限りがある。
生息しているヘラジカ達は餌を求めて互いに争い、瞬く間に数を減らしていった。
その結果、一時期3000頭もいたヘラジカは1/4程度まで数を減らしてしまったそうよ。」
「1/4・・・800頭くらいか。そんなにも減ってしまうもんなんだな。」
「そうね。一度植物を食べつくしてしまうと、次の年からの食料の確保も難しくなるから。
ところで、この話って、なんか人間社会にも通じる物があると思わない?
日本という狭い範囲で考えれば年金の問題。世界という広い範囲で考えれば食料の問題。
まるで人類のライフゲームの縮図のようでしょ?だから、ロイヤル島は注目されているのよ。」
「なるほど。そして、その後、荒廃しきったロイヤル島にオオカミがやってきて、
ヘラジカが絶滅しちゃうんだね。」
「いいえ。そうはならないの。確かにその後、氷の橋を渡ってオオカミ達がやってくるんだけど、
彼らはヘラジカにとって、死神ではなく、救世主となるの。」
「どうして?オオカミがやってきたら、ヘラジカは益々数を減らしちゃうじゃないか。」
「そう思うでしょ?でもね、オオカミによって数を減らしたヘラジカは、
そのお陰で餌不足が解消されて、結果、数は1000頭くらいまで戻るの。
種族にとっての天敵が現れることで、天敵が現れない頃よりも栄える。
皮肉な話だと思わない?人類が抱えている種々の問題に対して必要なのは、
革命的な解決案なんかじゃなくて、純粋な天敵なのかもしれないわね。」
「なるほど。面白い話だな。ありがとう。。。。。
って、それと俺の告白になんの関係が!!?」
「落ち着いて。まだ本題じゃないのよ。
ここまでは、誰もが知っているイントロダクション。これからが本題なの。」
いや、その"誰も"に一体どれくらいの人が含まれるんだ?
ま。話の腰を折るのも忍びないので、ここはスルーだ。
「さて。本題なんだけど、今問題になっているのはその救世主となったオオカミ達のことなの。
最初に言ったけど、彼らは今、絶滅の危機に瀕しているの。」
「まさか。。。今度はオオカミが増えすぎて、餌不足に?」
「何言ってるの。ヘラジカは1000頭いるって言ったじゃない。
ヘラジカの数は減っていないのよ。オオカミの数は30匹くらいに落ち着いていて、
食物連鎖としては適切なバランスになっているの。」
「じゃあ、なんで?」
「それがね、同系交配のせいらしいの。」
「同系交配?」
「簡単に言うと、近親者同士で繁殖を行うことよ。
それを重ねた結果、 血が濃くなって、遺伝子が弱体化してしまったというわけ。
30匹程度に保たれたコミュニティで繁殖を続けていればそうなるのは当然ね。」
「。。。なんか、だんだんわかってきたぞ。
つまり、同系交配になってしまうから、俺とは結婚できないと?」
「そういうことよ。ようやくわかってくれたのね。
。。。じゃ、そういうことで。」
「いや、だから帰ろうとするなって!
ってか、、、1つ大きな疑問が浮かんでいるんだけど、、、
一応、確認しておくけど、俺とひなたは血が繋がっているわけじゃないよな?」
「もちろん。うちの両親と海斗の両親が爛れた関係になっていない限り、それはないわね。
。。。職場が同じわけだし、完全にないとは言えないけどね。」
なに平然ととんでもない発言をする。。。
まぁ。ここにツッコムと、知りたくない事実が発掘されそうなので、ここもスルーだ。
「じゃあ、別に、結婚することに問題はないんじゃないか?」
「わたしも最初はそう思ったわ。
でもね、人間を含めた哺乳類がなぜ有性生殖かということを考えると、
自分と似ている人の遺伝子では、
より過酷な環境にも対応できるようにならないんじゃないかと思うの。
だって、異なる遺伝子同士の交配によって、遺伝子情報は強くなるわけじゃない?」
「なんか、こう、壮大な話だな。」
「全然。単純な話よ。
自分よりも劣っている遺伝子を持つ個体はNG、
自分と同じ遺伝子を持つ個体もNG。ただそれだけ。
もちろん海斗が劣っているなんて思わないから、ここでの理由は後者の理由ね。
兄弟姉妹間での恋愛感情が発生しないのと同じ話よ。」
ん。。。まて、なんか周りくどいこと言われたから気づかなかったけれど、
それって、"そういう対象として見れない"ってことなのか!?
「つまり、、、俺は恋愛対象外ということなのか。。。」
「そういうわけじゃないんだけど、合理的に考えると、これが正解かなって。」
違った。
違ったけど、なんか余計面倒くさいことになっている気もする。。。
面倒くさいことになっているけど、まだ希望はあるってことか!?
「つまり、ひなたは俺を恋愛対象として見れないからというわけではなくて、
ただ、自分と似ているという理由から、遺伝子的な相性が悪いと判断しているわけだな。」
「そうね。そういうことよ。
わたしと話があうのって海斗くらいだし、、
ある意味兄弟姉妹の関係よりも関係は濃いって言えるかもしれないわ。」
話があうのはただ単に、ひなたの話についていける人がほとんどいないってだけじゃないのか?
ってか、そこまで言ってくれるなら、似ていることよりも相性がいいことが勝ってくれればいいのに。
そもそも、似ている件についても疑問を感じずにはいられない。
ひなたは理学系だけど、俺は工学系だ。
「わかった。つまりあれだな。
ひなたは、"2人の性質に差があればあるほど相性はいい"って考えているんだな。」
「そうね。その通りよ。わかってもらえた?
。。。じゃ、そういうことで。」
「だから、帰るなって!ちょっと待てって!
確かに遺伝学的にはそうかもしれない。
しかし、その一方で、世の中の全ての事象は物理法則に則って動いているというのも事実だ。
そこで、俺がこれから電子工学の観点から、その主張を覆してみようと思う。
だからもし、ひなたがそれに納得できたら、俺の告白について、もう一度考えてみてくれないか?」
「。。。面白そうね。わかったわ。」
おし。のってきた!
こういう話にすぐのってきてくれるのも、
俺にとってはひなたの魅力の1つだ。
「オーケーじゃあ、始めるな。
ひなたはオペアンプを知っているか?」
「名前だけは知っているわ。でも、あんまりわからないかも。」
「じゃあそこから説明するから聞いてくれ。
オペアンプは、日本語では演算増幅器と言って、古くはアナログ計算機に使われていた電子回路だ。
現在では、ディジタル回路の発達のせいで、アナログ計算機自体がなくなっているけど、
単純に、信号を増幅させるアンプとしてメチャクチャ使われている。」
「まずは歴史の説明というわけね。
演算増幅器って日本語で言われると意味がわかりやすいわね。わかったわ。」
「さすが理解が早いな。じゃあ、ちょっと詳しい内容に入っていくな。
オペアンプは、入力端子が2つ。出力端子が1つという大きな特徴を持っている。
ほら、2人が1つのゴールに進んでいく様で、なんか素敵だろ?」
「確かに素敵ね。
でも、それだけじゃ、私の考えは覆らないわよ。」
「まぁ、落ち着け。それはただのさわりだ。
さらに詳しく回路の中を見ていこう。
オペアンプは大きく分けて、入力段と出力段、
それからそれらの動作の根本を支えるバイアス部から構成されている。
そして、それぞれの回路はほとんどがトランジスタによって構成されているんだ。」
「待って。バイアス部ってなに?
バイアスって言葉はよく聞くけど、どうして電子工学でも出てくるの?」
「ツッコミが鋭いな。
じゃあ、逆に質問するけど、バイアスってどういう意味だかはわかるか?」
「偏りとか偏見とかそんな感じかしら?」
「その通り。電子工学的には電圧や電流で持たせた定常的な偏りって意味になるな。」
「言葉の意味はほとんど同じなのね。
でも、どうしてわざわざ偏りなんて持たせないといけないの?
あんまりいい意味では使われないわよね。"偏"って。」
「そうだね。でも、電子工学において、"偏"バイアスって考えはすごく重要なんだ。
さっき、トランジスタって言ったけど、トランジスタはわかる?」
「馬鹿にしないでよ。半導体でしょ。小学生でもわかるわよ。」
「じゃあ、半導体ってどういうものかわかる?」
「電気を通す導体と、電気を通さない絶縁体の間の物質でしょ?」
「そう。半導体は、電気の通しやすさ"導電率"が中途半端な位置にいる物質なんだ。
でも、じゃあなんで、そんな中途半端な物質が重宝されているんだろ?
鉄とかゴムのほうがわかりやすくていいと思わないか?」
「そう言われれば。。。それもそうね。
なんで、半導体が重宝されているの?」
「それは、半導体がバイアスのかけかたによって、様々な動作をしてくれるからなんだ。
トランジスタを動きやすい状態にしておいたり、逆に動きにくい状態にしておいたり。
例えばトランジスタは、入力された電気信号の振幅情報を大きく増幅させることができるけど、
動きにくい状態になっていたら、増幅はしない。
つまり、与えられた信号に対して適切な処理をするためには、
適切なバイアスをかけておく必要があるんだ。」
「つまり、半導体はバイアスのかけ方次第で、導体にも絶縁体にもなるってこと?」
「そうそう。そんな感じ。
そこらへんが半導体って言葉が使われる本当の理由だな。」
「なんで、電子工学でバイアスがでてくるのかはわかったわ。ありがと。」
「いえいえ。で、どこまで話したっけ?
そうだ。各部の説明からだったな。入力段、出力段、バイアス部があると。
その中でも、今回は出力段に注目して話したいと思う。
ところで、さっきもちょっと出たけど、トランジスタで信号を増幅するってどういうことかわかる?」
「んー。ちょっと条件が不明確ね。入力される信号って電圧でいいの?」
「うん。入力される信号は電圧だと考えてみよう。」
「それなら簡単よ。
入力された電圧よりも出力される電圧が大きくなれば、信号が増幅したってことになるわ。」
「正解!といいたいところだけど、正確にはちょっと違うんだ。
トランジスタにおける増幅って言葉は、
入力される電圧に対して、出力される電流の量を制御するってことを意味するんだ。」
「ちょっと待ってよ。なんで、電圧を入力したのに出力は電流になるの?」
「それはね、トランジスタでは、入力された信号そのものが大きくなるわけじゃないからなんだ。
ほら、電気って電子の流れだけど、電子の大きさって不変だし、分裂したりもしないだろ?」
「確かにそうね。でも、入力と出力が違うものになるって、実感がつかめないわ。」
「うーん。そうだな。水道の動きで考えるとわかりやすいと思う。」
そういって、俺は公園の水道のところにひなたを連れて行った。
「ちょっと見ていて。」
キュッキュッキュ
俺は、リズミカルに水道の蛇口をひねってみせた。
水道の蛇口をひねるのにあわせて、水が出てくる。
更に蛇口をひねる量と流れる水の量が比例する。
「ちょっと水の無駄じゃない。」
「ごめんごめん。でも、今のでわかっただろ?」
「え?」
「俺がした入力は"蛇口をひねること"つまりは"力"だね。でも出力は"水の流れ"。」
「あ。そうね。増幅って言葉の印象が強すぎて、先入観を持ってしまっていたけど、
本質は制御するってことだもんね。わかったわ。
あれ?でも、このことって重要なの?」
「それが重要なんだよ。
出力が電流だってことをわかってもらうかどうかで、ロマンチック度が変わってくる。」
「まって。全く意味がわからないんだけど。」
「学校で習ったオームの法則を思い出してみなよ。
電流ってどう書いた?」
「オームの法則は。。。電圧=電流×抵抗。
確か、V=I×Rって書いたわね。」
「そう。電流は"I"。アイ。つまり、愛だね。
まとめるとだ。トランジスタは入力に対して愛を出す事ができるんだ。」
「・・・わたしも人のこと言えないけど、海斗も変態よね。」
「いやいや、そんなことないだろ。
クラスでも、数学で虚数iが出てきた時、"愛は偽り"とか言って騒いでただろ?
それと同じ話さ。
ちなみに余談だけど、電子工学の分野では電流がIだから、虚数にはjを使う。
つまり、電子工学の専門家の愛は偽りではないんだ。カッコイイだろ?」
「そういうことにしといてあげるわ。」
「なんか引っかかる言い方だな。
まぁ、いいや。
で、話をオペアンプに戻すんだけど、
もちろんオペアンプの出力段もトランジスタで構成されている。
つまり、オペアンプは2つの入力に対して電流=愛を出力するんだ。」
「さっき言ってたこととあんまり変わらないけど、ちょっと説得力が増したわね。」
「だろ?さて、ここからが本題だ。
じゃあオペアンプはただ単に電流を出力するだけでいいのか?
否。オペアンプはどんな負荷に対しても常に電流を流し続ける必要があるんだ。」
「また新しい単語が出てきたわ。負荷ってなに?」
「出力につなげる対象のことだよ。
簡単にいうと抵抗のことだね。
オーディオ関係で例をあげると、、、
ヘッドフォンだと32Ωとか。スピーカだと4Ωとか。
さっきひなたが言ったオームの法則を思い出してみて。
V=I×R
同じ電圧をかけようとした時、抵抗が小さいと電流がたくさん必要になるだろ?」
「確かにそうね。
でも、それって難しいことなの?」
「すごく難しいんだ。
トランジスタも万能ではないから、流すことができる電流は決まっている。
如何にして電流を流すか。それが回路設計者の腕の見せどころになるわけだ。
一般的な回路構成では、A級、B級、AB級とかが有名かな。」
「A、B、AB、、、なんだか、血液型みたいね。」
「そうなんだよね。実は血液型占いで言われている特徴とも似ているから面白いんだ。
A級はストレートだけど、エネルギーを余計に使う。
B級はエネルギーを節約できるけど、気をつけないと歪を出してしまう。
AB級はA・Bのいいとこ取りの万能型。でも、周りのサポートが不可欠。
なんとなく似ているだろ?」
「じゃあ、O級なんてのもあるの?」
「残念だけど、O級はないんだ。
でも、D級ってのはある。
これはAB級を更に万能にした形。でも、よくよく見てみるとすごく面倒くさい。
気をつけないと歪がでまくるし、周りに迷惑もかける。」
「へぇ。それもなんとなく近い気がするわね。
意外と血液型占いを考えた人って電子工学の専門家だったりして。」
「案外そうかもね。
いくらでもコメントを量産できそうだ。
とまぁ、色んな種類の回路構成があるんだけど、全てに共通しているのは、
電源側とグランド側に2つのトランジスタが必要ってことなんだ。
そして、その2つのトランジスタは特性が同じじゃないと、出力に歪を生んでしまう。」
「あ。それはなんとなくわかるわ。
トランジスタの流すことができる電流が決まっているってことなら自明の理ね。」
「その通り。でも、これって意外と難しいんだよ。
どっちか一方だけ良くしても、どっちかがダメならそのダメの方であたってしまう。
均等に力がかかるように、お互いが同じ電流を出せるようにするのは大変なんだ。
特性の全く違うトランジスタを使用するなんてもってのほかさ。」
「つまり、2つのトランジスタの相性が重要ってことね。」
「そうそう。
このことを踏まえて、"どんな負荷に対しても常に電流を流し続ける必要がある"
ことについて考えてみよう。
負荷を抵抗。電流を愛に置き換えて、ちょっと文脈を変えると、
"どんな抵抗があっても、常に愛する必要がある"こうなるね。」
「なんか、結婚式でよく聞くようなフレーズね。」
「さらに、これを実現するためには、"2人が同じ力で頑張らないとダメ"
愛はどちらか一方が頑張るのではなく、2人で協力して育てるもの。
そう考えると、"2人の性質には差がないほど相性はいい"って思えてこないか?」
「確かにそうね。ロマンチックな話をありがとう。
わたしも本格的に回路を勉強してみたくなったわ。
それに、わたしの考えも覆してもいいかもしれない。
でも、その前に、1つ質問いいかしら?」
「な。。。なんだ?」
思わず動揺してしまった。
そう。綺麗に決まったこの話には、1つ大きな穴があるからだ。
しかし、上手くそこは触れずに話し終えている。
きっと気づかない。。。あれ?これは死亡フラグか!?
「さっき、オペアンプは演算増幅器ということを言っていたわね。
ということは、四則が演算可能。。。
つまり、足し算だけでなく引き算もできるということよね?」
「。。。うん。そうだ。」
「加えて、入力は2つということだけど、それだけ普及している回路なら、
システムとしての安定性を高めるために、
負帰還を容易にかけることができる構成になっているはずよね?
そうなると、2つある入力端子の極性は逆になっていると思うんだけどどうかしら?」
舐めていたわけではなかった。
しかし、まさかここまで的確に穴をついてくるとは。。。
「どうなの?」
「。。。その通り。
オペアンプの入力は、片方が反転入力端子。もう片方が非反転入力端子といって、
極性は逆になっている。
あ。でも、入力段に使うトランジスタもサイズが全く同じじゃないといけないわけだから、、、」
「でも、それは元々2つの入力に差があること前提の話でしょ?
それだとやっぱり、"2人の性質に差があればあるほど相性はいい"ってことにならない?」
完敗だ。
どこで間違えてしまったのだろうか。
オペアンプの説明なぞせず、出力段の話だけしておけば良かった。。。
「反論がないみたいね。残念だわ。じゃあわたしは帰るわね。
いい加減、流してきたライフゲームのシミュレーションももう終わっているだろうし。」
「ちょっ、、まっ、、、」
しかし、今度は引き止める具体的なネタもなかった。
ひなたはそそくさと帰っていった。
ってか、来た時に話していた"準備"。それはシミュレーションの準備だったんだね。。。
すごく残念だ。
空を見上げると大きな月が俺を照らしていた。
古の物語では、多くの人を魅了した美しい女性は、最後月へ帰ってしまった。
しかし、ひなたにはまた明日になれば会える。
こちらを振り向かせるチャンスはまだまだあるはずだ。
そう。俺の挑戦は始まったばかりだ!
*世の中の理系人間だれもがこんな恋愛をしているわけではありません。
愛しの彼や彼女を落とす際に、
これらのテクニックを応用した場合、逆効果となる場合がございますので、
ご注意ください。
作者は一切の責任を取りかねます。