スティーブ・ジョブズと軽快なジョークはお好き?
先程から窓の外では静寂を打つように雨の音が響いていて、空を灰色に染めたり街を群青色に染めたりしながら、染み込んでいくように大地を濡らしていた。僕は何とはなしにそんな雨の音を聞きながら、机に向かってぼーっとしていたのだけれど、少し感傷的な気分になってきて、気分転換に本を読もうか、それとも誰かに電話をしようかと考えていたが、結局何もしないまま窓の外の暗い雨を眺めていた。でもやっぱり突然に、こんな寂しい雨の夜に、誰かの声や、僕の心を温めてくれるような、そんな何気ない会話、世間話をしたいなと思って、僕は雨が降りしきる夜中の十二時に、誰かに電話を掛けることを決めた。けれどこんな夜中の十二時過ぎに、いきなり電話をかけて迷惑がられないだろうか、なんて僕はいかにも真面目なことを考えてしまったりする。もちろん今やだれもが携帯電話を持っていて、前時代的に家の電話を鳴らして、もしお母さんが出たりしたらどうしようとか、こんな夜中に迷惑だから電話をかけるのやめようなんて、そんな心配はしなくてもいいんだけれど、僕が電話をしたい相手は、僕が好意を抱いている女の子だったから、なんだか変にいろいろ気を揉んで心配事ばっかりが浮かんでしまうのだ。
それでもまぁ、なんだか、年末に一人で部屋に居るのも寂しかったし、その好意を抱いている相手だって彼氏はいないと聞いていたから(まぁあくまで聞いただけだけれど)、相手にしたって同じ気持ちかも知れないし、用事があったら出ないだろうから、とりあえず電話をかけてみて損はないんじゃないかと言う気持ちになって、僕は早由美さんの携帯に(大学で同じゼミに居るため連絡先は知っていた)電話を掛けることにした。
果たして彼女は電話に出てくれて、私も今暇なんだけれど、良かったら外で会わないかな、なんてとても嬉しいことを言ってくれたんだ。
「私、雨ってとても好きなの。なんか晴れの日も、曇りの日も、私にふさわしくないと言うか、嘘にしか思えないと言うか、雨の日こそが私にふさわしい天気に思えるの。比喩とかじゃなしにね」
そんな何かちょっと痛い発言(と言っては失礼かもしれないが、彼女は時折このような感受性が豊かと言うか結構変わった発言をしたりするのだ)と共に、僕にデートのお誘いをしてくれた。
「いいよ、僕も雨の日は大好きだ。カジキマグロが元気になるし、喉が渇いているリスたちだって喜ぶしね。もちろん僕だって喜ぶさ。なにせ僕は雨の日以外は全部、大嫌いだからね。気が合うね、僕たちは」
「そうなの? 前にゼミで郁紀ちゃんと話している時に、晴れの日は気分が爽やかになって君みたいな美しい子をデートに誘いたくなる、なんて言ってなかった?」
「あんなのはただのジョークだよ。時にはかわいい女の子の前で嘘を吐くことも必要だよ。男にとってはね。もちろん君の前では嘘はつかない。百パーセントが真実だ。タウンページと同じくらいに百パーセントが真実だ。」
「なに? タウンページの何が真実と関係があるの?」
「うーん、タウンページにはさ、起承転結も、主観も客観も無いからさ。読み物としては最高だよ。分厚いし、聖書に匹敵するほどに神聖な読み物だね」
「博文君って相変わらず変わってるね。村上春樹とか読み過ぎなんじゃない?」
「読んでないよ。君だって、結構変わってると思うけれど。僕の電話にこうやってちゃんと出てくれるし」
「誰でもよかったの。雨の日に一緒に出掛けてくれる人なら」
「まぁ! 良かった。僕が選ばれて光栄だね。誰でもよかった大賞にノミネートされたよ! 早くこの気持ちを田舎の死んだ祖母に伝えたいよ。会ったことないけど」
「はいはい、じゃあ大学前のファミレスに居るから声かけて。ハインラインの「夏への扉」を読んでるから」
「素敵な物語だ」
「早く支度してね」
そう言って彼女は電話を切った。僕はもちろんはしゃぎまわりたい気分で、しかし物音を立てないように慎重に(下の階で両親が寝ているため、あまりバタバタすると翌朝に不機嫌になるんだ)、静かに着替えをした。とりあえずタートルネックのシャツに、下は厚めのカーゴパンツ。ユニクロのダウンジャケットを羽織って、僕は雨が降りしきる群青色の町へと出かけた。色とりどりの光が街に宿り、雨に滲んで全てがぼんやりとして僕の目に映った。車で七分ほど走ると大学前のファミレスについたので、僕は店内に入り、夏への扉を呼んでいる物憂げな少女の姿を探すことにした(普通大学生を少女と呼ばないかもしれないけれど、彼女はどう見ても中学生くらいにしか見えないのだ。ちなみに僕はロリコンじゃない)。
「やぁ、気分はどう?」
「別に。煙草が切れてることを除けば、まぁ気分は悪くはないかな」
「僕のセブンスターでよかったら吸う?」
「ごめん。私ハイライトメンソールしか吸わないの。自販機でも売り切れてるし、まぁそこまで無理して吸うほどに、魅力のあるものでもないしね、煙草は。もちろん中毒性があるのは認めるけれど」
「まるで君のようにね」
「え、ごめん。今なんて言ったの?」
彼女は心底鬱陶しそうな目で僕を見つめて、中身が半分ほど残っているコーヒーカップを口元に近づけた。僕は彼女のその柔らかそうな薄い唇を眺めながら、彼女の向かい側に腰を下ろして、メニューを眺めることにした。
「デニーズは相変わらず値段が高いね。僕らの足元を見てばっかりだよ。ほーら、足元を見てごらん、みたいな曲なかったっけ? 女性が歌ってるやつ。あれって、デニーズの事を歌ってるのかな」
「なんか注文したら?」
僕の発言をまるっきり無視するように、彼女は僕を見ないまま本に目を落としていた。だから僕は思いっきり露骨に、彼女の胸を見ていた。体のラインを表すニットが体に張り付いて、彼女の慎ましやかな胸を強調している。僕は素直にそれを揉みたいと思ったけれど、彼女をホテルへと誘うことは、アメリカに核を捨てさせるぐらいに難しいことだった。
「あとちょっとで読み終わるからさ、なんか適当に話しててもいいよ。興味があったら耳を傾けるから」
彼女はそう言って、相変わらずに僕を見ないままコーヒーを啜った。
出たよ。彼女特有のこの傲慢な態度。僕をAMラジオか何かと勘違いしているのだろうか。僕はオールナイトニッポンじゃないんだぞ、と言ってもよかったけれど、もちろん僕は彼女の前で一人話をすることに決めた。ここで彼女の耳を傾けさせられなかったら、僕の名が廃る。お喋りナンパ野郎と呼ばれる僕にとって、喋りとは、唯一にして最強の武器なのだ。
いいさ、今日は彼女のためのオールナイトニッポンになってやる。一人漫談を続けて、無理やりにでも彼女の意識をこちらに向かせてやるさ。
僕はそう思って、先程部屋でぼんやりと考えていたことを、彼女の前で話すことにした。
「かつてニホンオオカミは圧倒的な捕食者だった」
彼女は視線を上げずに文章を目で追っている。僕は構わずに話を進めることにした。
「そんなニホンオオカミはなぜ絶滅するに至ったか。それは彼らがあまりにも有能過ぎて、たくさんの生物を食い殺したからさ。だから人間に目を付けられる羽目になった。つまりは、そう、人間にとってたくさんの被害を出した狼は、人間にとって邪魔だと言う理由で、乱獲されたんだ。人間は乱獲をするのが好きだよね。邪魔なものを徹底的に排除し、欲しい物は何でも強欲に手に入れる。後の事なんてあまり考えないんだ。で、取り返しがつかなくなりそうだと、みんな急に真面目な顔になって、私らはなんてバカなことをしたんだろう、なんて言って。乱獲している人たちを、徹底的に叩き出す。なんかそう言うのを見てると面白いけどさ、つまり僕が何を言いたいかっていうと、人間はウイルスにとても似ているってことなんだ。人間は急速に文明を発達させ、便利な暮らしを得、その結果として、より多くの資源を必要とするに至った。そのために、さまざまな植物、鉱物、動物などの資源を、乱獲しなければいけなくなった。一度便利な暮らしを覚えてしまうと、元の不便な生活に戻るのなんて嫌だからね。けれどその便利な暮らしをするために、地球にある様々な資源を、僕らはたくさん消費していかなければならないんだ。そしてそれは、もちろんいつかは枯れてしまう。人間は、この地球の資源をどんどん食い尽くしている。それで、話は戻るけれど、先程例えに出したウイルスと言うのは、あまり増えすぎなければ、むしろ機能をはたして、宿主に良い効果を与えてくれることもあるんだ。けれど、あまりに増えすぎると宿主にダメージを与え、宿主の体を壊してしまう。彼らは生きるためにエネルギーや栄養素を乱獲するんだね。こうして見てみると、地球から見た人間て言うのは、ウイルスみたいなものなんだよ。増えすぎて、文明を築きすぎたが故に、宿主を壊す。
なんて、こんなものはある一面を見ただけの意見だ。つまらない例えだ。まぁ、ここまでの話は忘れてもらって構わない。僕が話したいのは、乱獲についてなんだ。今までの話は、くだらないお遊びだと思ってくれればいい。
さて、いいかい? ここからが重要な話だ。心して聞いてくれ。
僕たちは今、アイポッドを乱獲しすぎている。
……これを聞いた今、君は呆れかえるか、僕の事を頭のおかしい噺家か何かだと思った事だろう。まぁ、その見解で間違いはないけれど、もう少しだけ我慢して話を聞いてほしい。
スティーブジョブズがアフリカの砂漠で発掘したアイポッドは、いまや世界中の人が手にする有名な音楽再生機器だ。そうだろ? かつてスティーブジョブズが南アフリカに、ミュージックプレイヤーを発掘しに行くと言って少人数の探検隊を組んだ時、世界中の同業者は彼を、馬鹿呼ばわりして大笑いした。それは発掘する物じゃなく、作る物だ、君はとうとう頭がいかれてしまったのかい? なんて、皆が彼の事を馬鹿にしたんだ。けれど彼は南アフリカの砂漠に、素敵なミュージックプレーヤーが埋まってることを信じて止まなかった。
だから彼は、信頼する有能な探検家たちを数人だけ呼び寄せて、南アフリカへと向かった。そこではたくさんの物が発掘された。マカロンだとか、プレイステーションだとか、ポンデリングだとか、午後の紅茶だとか、けれどジョブズはそう言ったものに目もくれなかった。ジョブズは只々、携帯型ミュージックプレイヤーの発掘だけに、神経を注いでいた。そうしてアフリカにわたって発掘を続ける日々が三か月ほどたった頃、遂にジョブズは、アイポッドを発掘することに成功した。それは七メートル級のアイポッドで、天然の物でそれくらいの大きさのアイポッドは、今の時代じゃどこの国でも採れやしない。養殖のアイポッドだって、そんな大きくは育たない。彼はその発掘したアイポッドを、早速国に持ち帰って、発表することにした。これが、僕の発掘した、次世代型携帯ミュージックプレイヤー、アイポッドだ、と。
彼らを馬鹿にしていたものは皆黙り込み、ひどく驚いた、まさかそんなものがほんとに発掘されるとは思ってもみなかったからだ。そこで柳の下のドジョウを狙う者たちは次々に南アフリカに向かい、携帯型ミュージックプレイヤーを発掘しようとした。それはもちろん、最初にジョブズの事を馬鹿にしていたもの達さ。けれどジョブズはそんな者たちには目もくれずに、新たなアイポッドを次々と発掘していった。古代マヤ文明で使われていたアイポッドを発掘した時なんかは、世界中が注目した、なにせ指で操作できる優れものだったからさ。もちろんそれもいろんな奴らが乱獲しようとして、今では市場に溢れているわけだけれど。でもそんなものは僕に言わせれば、養殖物で、小さいウナギのようなもので、天然の七メートル級のアイポッドの足元に及ばないよ。今ジョブズは、もうあの世へと旅立ってしまったけれど、この業界で彼だけが世界の行く末をちゃんと見つめ、クリエイティブなものを生み出した。後の物はみんな乱獲する立場の者たちで、ニホンオオカミを殺した奴らと同じレベルの下らない奴らって事さ。もちろん僕と、それから君もね。」
僕はそれだけ話し終えると、店員さんを呼んでパンケーキを注文することにした、ホットレモンティーを付けて。
彼女は相変わらず本に目を落としていたけれど、僕の話を聞いている間ページが一切手繰られていないことに、僕は気づいていた。彼女は恐らく、僕の話を聞いていてくれたのだろう。それだけで僕は満足だった。
「さて、これからどうしようか。もし君の希望があれば聞くけれど。」
彼女はそう言った僕の目をちらりと見て、それからため息を吐いて本を閉じた。
「博文君が下らない話を延々とするから疲れちゃった。ホテルにでも行って休みたいわ」
やったね! これから僕は彼女と、セックスしちゃうんだ。
誰もが無理だと思った、無理難題が僕の話術であっさりと解決しちゃう!
僕の下らない外交話が功を奏して、見事にアメリカが核兵器を捨てたってわけだ!
さぁ、皆も噺家になって話術を磨こう!
憧れのあの子だって、簡単に落とせちゃうぜ!
日本芸術専門学校、噺家コース。受験生募集中。
――そんなちょっとおかしなメールが僕のパソコンに届いていたのが、昨日の夜九時過ぎの事で、それから一夜明けた今日の朝になって、僕は朝食を食べながら暇つぶしにそのくそ長ったらしい全文を読むことにしたのだった。そうして、このくだらないメールの全文を読んでみて、こんなにもはっきり時間の無駄と感じたのは、僕にとって生まれて初めての事だった。何なんだこの長ったらしい気障ったらしい頭のおかしい文章は。
そもそも僕は噺家なんて目指してないから何故こんなメールが届いたかもわからないし、何で専門学校の生徒勧誘のメールが小説風になっているのかも、よく分からなかった。
まぁ、でも各学校はこうやってあの手この手で、いろんな奇抜な工夫を凝らして、生徒たちを乱獲しようと頑張っているのだろうなっていう気持ちだけは、なんとなく伝わってきたのだけれど。
僕はそんな感想を抱きながら、今日のラジオでこんなくだらないメールが届いたんだってことを皆に伝えようと思った。芸人である僕としては、こんなくだらないメールでも面白いネタとしてリスナーに伝えらるわけだから、ある意味でありがたいというものだ。
ちょっとだけ、僕はこのメールが送られてきたことに感謝をしたのだった。
タイトルの時点で取っ付きにくすぎだろ。
読んでくれた人はありがとう。
ノリで書きました。