002
僕が魔女と出会ったのは、まだ、僕が進路も決まらず、怠慢な日々を過ごしていた高校三年生の時だった。
落ちこぼれとまではいかなかったものの、中途半端な位置に立っていた僕は、将来の夢は勿論、進学先すら決める事も出来ず、何もかも決めれない、落ちこぼれよりもある意味たちの悪い中途半端な人間だった。
冷静に客観的に思い返してみると、みっともないと言うか、自分でもどうしようもない奴だと思ってしまう。
一昔前の自分の事だと言うのに。
そんな目標の無い、無味乾燥な日々を送っていたそんなある日、彼女は僕の前に現れた。
儚くて、今にも消えてしまいそうな存在の彼女に。
僕がもしあの時、漫画や小説の主人公であるならば、超人的パワーを発揮して彼女を救えていたのかもしれないが、そんな力、当然僕には無かった訳であり、結果的に僕は、彼女を救う事が出来なかった。
彼女の存在は消滅し、今は僕の中に納まっている。割合としては、七分の一程度。
結果としては、彼女は今も僕の中で生き続けているのだが、それでもやっぱり、僕は彼女を救う事が出来なかった。
この世にはもう、一人の魔女の存在は消え去ってしまっているのだから。
「依頼費用の半分を負担するかぁ……茅乃木君って大分無茶な事してみせるよねぇ」
伊達さんはそう言って、僕に笑いかけてくる。
後先考えずに行動してしまう。それが僕の悪い癖。
後悔する事も、無きにしも非ず。
「はあ……僕やっぱり悪い事しましたかねえ……」
「?、どうして茅乃木君はそう思うのかな?」
「いや……僕が依頼する事を強引に押し付けたような、そんな感じがどうも否めなくて」
「はあ、なるほどねえ」
うんうんと首を頷かせた後、伊達さんは僕の座っている席にまで歩み寄り、僕の肩に手を置いた。
「少年よ、按ずるなら産むが安し」
「……いろいろ混じってる感があるんですけど」
「ようは自分の言葉を信じて、考えてる暇があったら行動しなさいって事よ」
「意味が深いですね、それ」
「そうかな?言葉の意味なんて、ようは人の感じ方によって変わるものなのよ。そうだと思わない?」
「は、はあ……」
さすがは小倉大学文学部主席。僕なんかでは敵いっこない。
元々の、人間の性質が異なっている。僕が布で作られた人形であるならば、伊達さんはおそらく、最新の先端技術のありとあらゆる物が凝縮されたスーパーロボットだろう。
それくらいの差はゆうにある。
「まだ経験のあまり無い内は頭で覚えるより体で覚える事が重要なんだよ?だからわたしとしては、茅乃木君がした事は正解だと思うな」
「そうですかねえ……」
「まったく、もっと自信出しなさいって!」
僕の肩に置いていた手を、伊達さんはその手でそのまま僕の肩を連打してくる。
それでもかと言うか、完膚なきまでに連打してくる。
正直、痛い。
「ストップ!伊達さんストップ!!」
「あっごめんなさい。ついうっかり」
「わざとですよね!」
叩いてる途中、笑っていた事を僕は忘れない。
絶対にだ!
「叩いてたら『へえ』なんて言ってくれるかと思ったんだけどなあ……」
「僕は某番組のボタンじゃないんですから!」
「それってトリ……」
「言っちゃ駄目です!」
なんだか言わせてしまったらいろいろなところから怒られるような気がする。
そんな空気を、瞬時に読み取った。
「とにかく茅乃木君、悩む暇があったら調査してきなさい。依頼人を引き止めたからにはしっかり仕事をしないと!」
「なんか綺麗にまとめられたような……」
「気のせいだよ!」
「絶対に違う!」
でも、伊達さんが言ってる事に間違いは無い。
有言実行。
態度ではなく、行動で表してみろといったところか。
「……じゃあ僕、ちょっと調査に行ってきますね」
「あっ茅乃木君、お土産はコンビニでアイス買ってきてね。バニラ味でよろしく!」
「僕は使いっ走りですか!?」
「ついでよついで。じゃあいってらっしゃい」
「はあ……いってきますね」
天然なのか、それともウケを狙っているのか分からない人だ。
メモ帳や携帯電話や財布など、最低限の荷物を持って僕は事務所の扉を開く。
「あっ茅乃木君、それともう一つ」
「まだ何か買ってこないといけないんですか?」
「そうじゃないわ。君に先輩からのアドバイスを一つ」
伊達さんは眼鏡を光らせ、満面の笑みで一言。
「自分に自信を持ちなさい。以上!」
「……分かりました。じゃあ、いってきますね」
事務所の扉を、僕はそっと閉じる。
他にもいろいろ、突っ込む点はあったかもしれないけれど、それでも僕は伊達さんを尊敬している。
やはりあの人は、本当にすごい人だ。