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短編集

andante

作者: 建野海

 秋が過ぎ、冬が近づいたある日。誰もいない教室を僕は一人で掃除していた。


 授業はもう全て終わっており、そのまま帰宅する生徒もいれば、部活動に向かった生徒もいる。僕は本来前者側で、いつもならこの時間帯には友達と家に帰っている途中だ。


 だけど、今日はちょっと失敗した。授業中に友達と携帯を使ってオンラインゲームを一緒にしていたところを先生に見つかったのだ。案の定僕の携帯は先生に取り上げられ、携帯を返す条件として教室の掃除を一人でする事になった。ちなみに、友達は見つからなかったので何もなかったのは言うまでもない。


 本来みんなでやるはずのことだったのを僕が一人でやる事になったと先生は帰りのSTでみんなに伝えた。それを聞くと、みんなはお礼の言葉や、馬鹿だな~とからかいの言葉を僕に投げかけた。しかし、誰も手伝うよとは言ってくれなかった。――みんな薄情だ。


 そんなわけで、みんなが教室から居なくなってからもうすぐ一時間ほど経つ。黙々と掃除をした結果、あと少しで掃除が終わる。


 それまで動かしていた手を一旦止め、教室の窓際に腰掛ける。窓越しに見えるグラウンドでは陸上部がトラックの周りを規則正しく並んで走り、野球部が声を張り上げて飛んで来る弾を受け止めている。隅の方ではテニス部が素振りの指導をし、サッカー部は一対一で一つのボールを取りあっていた。


 みんながんばっているな~と、どこか冷めた目で見ながらも僕はその光景から目が離せないでいた。


 あまりにもそちらに意識がいっていたせいだろうか、僕は教室の扉を開けて中に人が入って来ていた事に気がつかなかった。


 ガタッ! と机と机がぶつかる音がしてようやく僕は教室に他に人が入っている事に気がついた。


 先生が掃除の確認に来たのだろうと思った僕は慌てて視線を外から中へと戻す。しかし、そこにいたのは先生よりも会いたくない人物だった。


「あ・・・」


 予想外の人物の登場に思わず声が零れ出る。僕から十メートルほど離れた位置に彼女はいた。


「荷物・・・取りに来ただけだから」


「そう・・・」


 そう言われて僕はホッとすると同時に落胆した。なにか話しかけてくれると期待していたのだ。話したくないと思っているはずなのに。


 自分の席に着いて、置いてあるカバンから荷物を黙々と取り出す彼女。夏が過ぎるまでは毎日お互いの毎日を話し合い、くだらない事で笑っていた彼女との距離は今ではこれほど離れてしまった。


 あんなくだらない罰ゲームをしなければ、今でも僕と彼女は笑っていられたのだろうか?


 ――あれは、夏休みが終わって一週間ほど前の事だった。友達数人と遊んでいた僕は王様ゲームの罰ゲームとして誰か一人女の子に告白しなくてはならなくなった。


 この罰ゲームは王様ゲームを始めてから三回目で、僕の前に罰ゲームをやらされた二人はそれなりに仲が良くて、冗談の通じる相手に電話で告白をして「馬鹿じゃないの」と笑って振られていた。それを聞いていた僕たちは、その結果を聞いて割とショックを受けている当人を見て爆笑していた。今思えばなんて趣味の悪い事だろう。


 そして、ついに僕の番が回って来た。僕が電話をする相手は決まっていた。そう、彼女だ。


 春に同じクラスになった彼女は、容姿がよく、明るい性格をしていて男女を問わず人気だった。同性は友達として、異性は恋愛対象として。


 しかし、僕は珍しい事に友達としての彼女を求めたのだった。彼女もそれが気に入ったのか、それともただの気まぐれか、ふとしたきっかけを経て僕と話すようになった。


 最初は少ししかなかった会話も、時間が経って毎日話すようになるうちにその頻度も多く、時間も長くなって行った。


 くだらない冗談もお互いに言い合った。将来どうするかなんていう真剣な話だってした。彼女なら今から行う事も馬鹿な事だって笑って切り捨ててくれるだろう。そう思っていた。


 だからこそ、電話に出た彼女に告白したときに


「え・・・うん。あんたなら・・・べつにいいよ」


 と答えられて僕はうろたえた。


 予想外もいいところだった。本来ならここで振られたよなんて言ってみんなと一緒に笑って終わりのはずだったのに、計画が根底から崩されてしまった。


 黙っている僕を不審に思ったのか、周りにいる友達は「どうなんだよ」と答えを急かした。


 焦っていた僕は電話越しに答えを待つ彼女に、


「ごめん! 今の友達からの罰ゲームなんだ。冗談だから気にしないで!」


 と小さな声で言って通話を切った。


 そして、友達に向かって「うわ~駄目だった!」と言って同情されながらも笑われた。みんなに合わせて僕も笑った。だけど、胸の奥がズキっと痛んだ。


 次の日、学校に向かい、彼女に昨日のことを謝ろうとして話しかけた。彼女はそれに何でもなさそうにして「大丈夫だから、もういいよ」とだけ言った。


 それから、僕たちは徐々に話さなくなっていった。今では用事があるとき以外は話す事はない。


 原因が僕にあることも、そのせいで彼女との距離が離れてしまったとわかってしまっても、僕はどうすることもできなかった。勇気がなかった? その通りだと思う。


 そんなこんなで秋が過ぎて、もう冬が訪れようとしていた。時折帰り道で見る彼女は一人だ。そして、その姿をみて僕の心を痛ませるのは、彼女が以前と同じように、帰り道で自分の隣に一人分のスペースを空けて歩いているのがわかるからだ。


 僕は彼女を裏切った。うぬぼれだと言われようと、あの時の彼女は真剣だったんだろう。なのに、僕は彼女の奥に触れるのが怖くて、冗談にして逃げた。


 わかっていた。わかっていたさ、あの時彼女の声がかすかに震えていたのも、電話越しにでも伝わる想いも、答えを待つ間の張りつめていた空気も、すべて本気だった証拠だ。


 僕は、どうするべきだったか。・・・決まっている。仮に答えがNoだったとしても真剣に彼女と向き合うべきだった。それが、僕の後悔・・・。


 荷物を出し終え、彼女は席を立った。僕はそれを見送るしかなかった。


 彼女は教室の扉に手をかけ、そのまま出て行く・・・と思っていた。しかし、その前。本当に一瞬だけ彼女は僕の方を振り向いた。


 何かを期待するような眼差し。それを見て、僕は彼女がもう一度だけチャンスをくれているのだとわかった。


 サッと駆け出すように彼女は教室を出た。僕は持っていた掃除道具を床に放り投げ、急いで教室を出て彼女の後を追った。


 走る、走る、走る。彼女との距離はまだ縮まらない。帰宅部の運動不足がここにきて負担になっていた。


 廊下を駆け抜け、階段を下り、下駄箱でようやくその手を捕まえた。


「ま、まっ・・・て・・・」


 情けない事にちょっとの距離を走っただけで息が切れた。頭の中はぐちゃぐちゃ。何を言いたいのかもはっきりしない。


「・・・なによ」


 そんな僕を突き放すような冷たい一言。だけど、繋いだその手を振りほどかないでくれている彼女の優しさ。その優しさを裏切らないように、僕は答える。


「今日、一緒に帰らない?」


「・・・」


 悩んでいるのか、彼女は黙った。


 下駄箱を抜けた先から聞こえて来る声は、ものすごく近くにあるはずなのに、やけに遠くから聞こえてきた。その代わり、普段は意識しないと聞こえてこない心臓の音がやたら激しく耳に響いた。


 まだか・・・やっぱり駄目か? あの時彼女はこんな風に緊張して答えを待っていたんだろうか?


 今すぐにでもこの場を離れたくなる気持ちをどうにか抑えて、その場に留まる。今逃げ出したら、きっともう二度と彼女と話すことはできないだろう。


 本当に気の遠くなるような時間を経て、彼女の口が開いた。


「うん・・・。じゃあ、部活が終わったら正門で待ってて」


 そう言うと僕の手をそっとほどいて、彼女はその場を去った。


 僕は胸の奥から溢れ出る言葉にしがたい温かい何かに全身を満たされながら、下駄箱を後にした。浮かれた気分で教室に戻り、扉を開けたところでようやく自分が掃除をさぼってしまっていたことに気がついた。


 教室の中で待っていた先生に怒られて、携帯は没収されたままになった。


 待ち時間になるまで、少し前と同じように窓際からグラウンドを見る。前と違い、今は温かい目で頑張っているみんなを見る事ができた。頑張るみんなの中には彼女の姿もあった。


 時間になり、正門に僕は立つ。時間から三十分ほど過ぎているが、彼女の姿はまだない。


 もしかして騙されたのだろうか? あの時の僕への仕返しとしてこうして待たせて帰ってしまったのだろうか? そんな考えが一瞬頭をよぎるが、すぐさま否定する。きっと、少し遅れているだけだ。


 更に三十分が経った。まだ彼女の姿はない。


 さすがに少し寒くなってきた。それまで立っていて疲れた足を休めようと腰を下ろす。両手を擦り合わせて生じる摩擦で温まる。


 ふと、自分の目の前に影ができた。


 ああ、やっぱり彼女は来た。


「・・・おまたせ」


 待っているとは思わなかったのか、それとも知っていたからなのか、彼女はほんの少し気まずそうな顔をしていた。だから、僕はそんな彼女に気を使わせないように笑って答える。


「うん。じゃあ、帰ろうか」


 久しぶりに一緒に歩く帰り道。互いに何を話せばいいかわからず、その足取りは遅く、重ねる言葉はぎこちない。最初に話をして帰ったときよりもひどいものだ。


 だけど、一度崩れたものをまた積み上げようとしているのだ。最初はこのぐらいでいいのかもしれない。


 ゆるやかに、歩くような早さで、僕たちはまた関係を積み上げて行こう。


 今度はもう崩す事のないように。


 そう決めて、僕は片手をこっそり彼女の手に近づけた・・・

 ブログのほうでバトンをできなかった罰ゲームということで書くことになりましたこの作品。

 罰ゲームから連想した話です。

 いつものように苦くてほんのり温かな物語になっております。

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