あえていうならキレイ好き
拙い文章ですが、スナック菓子感覚でつまんで頂ければ幸いです。
目が覚めれば大自然でした。
どこの牧場物語だよ、て感じだが『田舎嫌いで自然コアイ』と堂々宣言している私が朝日を見るのにこれほど不自然な場所はない。
あわてて、飛び起きればそこは開けた平原で、私が寝転んでいた場所は舗装されていないものの道のようで、除草され赤茶の土がむき出しになっている。
反射的に地面につけていた手をかざして見れば、当然のように泥と土埃で汚れている。
「ーーーーーーっっ!!??」
恐ろし過ぎて悲鳴が声にならない。
混乱したところに追い討ちをかけるように、背中にべちゃり、と嫌な音がする。
「っ!?」
こんにゃくを背中に投げつけられたような感触に、おそるおそる手を伸ばすと異臭をはなつレバーの塊のようなものがべったりとついていた。
恐ろしさのあまり、背後を勢いよく振りむくとそこにはハリウッド映画にでてきそうな銀色の甲冑を着用した人々と・・・
おそらく先ほどのレバー(?)の大元と思われる 3mはある巨大な腐ったレバーの塊(百目小僧のように目玉全身にびっしりついている)が大乱闘を繰り広げていた。
巨大レバーの周りには、レバーの欠片が撒き散らされ、甲冑の人々が血を流しながら折り重なるように倒れていた。
そこまで確認した時点で私の精神に限界にきたのだろう、恥も外聞もなく泣き叫んだ。
「いやぁーーーーーっっ!!!きったなーーーいっ!!」
と。
そう、なにを隠そう私は極度の綺麗好きなのだ。
これ以降私の記憶は真っ白で何も覚えていない。
後に生き残り、私を保護してくれた甲冑の人に聞いたところ、私が絶叫した途端に辺りは白い光に包まれ、巨大レバーを飲み込んだという。
ちなみに、パニクった私は保護しようとしてくれた甲冑の人たちにも叫び声をあげ(きっと血と埃にまみれた甲冑の人々は雑菌の宝庫に見えたのだろう)、「除菌、殺菌」と叫びまくり小さな白い光を連発したらしい。
すると不思議なことに、その白い光は毒に侵されていた甲冑の人々を浄化し、汚れた傷も浄化してしまったらしい。
そうして、私は気絶している間に魔を滅する聖なる巫女として甲冑の人たちのお城に迎えられてしまった。
ちなみにここは私がいた日本どころか、世界の次元が違う異世界らしかったが最初の3ヶ月はあまりの衛生環境の悪さに混乱し、殺菌・除菌に奔走し、まったくホームシックにはかからなかった。我ながら病的である。
そうして、クリーンな生活環境を整え精神的に安定したころ、この国のエライ人からお声がかかった。
「魔王を倒して欲しい?」
真剣な面持ちで頷いたのは、あの時の甲冑の人、もといこの国の王子さまだ。
白金の短髪に、鍛えられた褐色の大柄な体躯。存在は迫力満点だが、顔は優しげな雰囲気の青空のような碧眼にたれ目が素敵なイケメンだ。
「この国は病に侵され、魔物にも脅かされている。その諸悪の根源である魔王を倒せるのは浄化の力を持つそなただけなのだ。」
魔王て!と心の中でつっこみつつもそんなバイキンの親玉のところに行くのは死んでも嫌なので、病の原因はこの国の衛生観念の問題ではということをこんこんと説明し、話をそらす。
否定をせずに、柔らかく話をそらす。これが大人の社交術である。
それはともかく、日がくれるまで根気よく説明したところで王子が大きく頷いた。
「よし、わかった。」
「わかっていただけましたか!王子!」
衛生概論改め、私が悪玉菌のところに行きたいたくない心を!
「しかし、それでは病は食い止められても魔物の進行は止められぬ。やはり魔王の元には行っていただきたい。」
おう!さすが一国の王子。乙女の会話術には惑わされてくれないか・・・!
ならば次の手段とばかりに瞳と肩を震わせ訴える。
「そんな恐ろしいところにか弱い女の身では行けません・・・!!!」
と涙ながらに訴えてみる。
ちなみに女性の平均身長が170cm、褐色の肌に張りのあるエネルギッシュなナイスバディが普通のこの国で、155cm痩せ型&なで肩のキャシャーンで色白の私はたいそう儚く見えるらしい。
その効果もあってか王子さまは苦しげに眉根をよせる。
よし、行ける!!
と心の中でほくそ笑む。
「私の不甲斐なさ故にそなたに苦痛を強いる事、なんと謝罪すればよいのかわからぬ・・・しかし・・・!私の肩には国民の安寧と平和がかかっているのだ!!私の命にかえてもそなたは守る・・・!!だから、」
魔王を滅してくれ・・・!!
と空気が揺れるほど魂の叫びをされてしまった。
さすが一国の・・・(以下略)
「そんな・・・王子・・・!!頭を上げてください・・・!」
私は王子に駆け寄り・・・
塩を撒いた。
「王子・・・何度言ったら分かっていただけるのですか?その白線よりこちらは除菌済みなので入らないでくださいと申し上げたではないですか。」
悪気0の表情で心の底から、優しく王子に告げる。
私だっていい大人なのだから正直こんな事を社会的地位のある男性に言いたくないのだが、この国の人々はカラッとした気候のせいか1ヶ月に1回しかお風呂に入らない。綺麗好きにとってそんな人間が同じ空間にいることがどれほど苦痛かを推し量ってほしい。
ちなみに投げつけた塩は『メイドイン私』の祝福の塩で除菌・殺菌・悪霊退散の効果がある。世俗にまみれた神殿経由で7:3の取り分で一般にも販売している霊験あらたかなありがたい塩である。
「すまぬ・・・しかしそなたがなんと言おうとこれだけは譲れぬ・・・!
出会え皆の者!!」
頭に塩を盛ってもイケメンの王子はドアに向かって号令をかけた。
途端、私の部屋を囲む3つの扉のうち2つの扉から甲冑を着た兵士がなだれ込んでくる。
「・・・っ!!!」
周囲をいかめしい甲冑の兵士に囲まれ私は体を硬直させる。
「王子・・・あなたという人は・・・!!」
「すまない巫女。私は一人の男である前にこの国の王子なのだ・・・!!」
さすが一国の・・・(以下略)
無駄に立派だよ!と思いながらも、王子の真意に気付き冷汗が滝のように流れる。
「皆の者!行け!!!」
号令と同時に甲冑達が私に向かって押し寄せてくる。
「!?きゃーー!!いやーー!!寄らないでーーー!!!!」
だってあんた達その鎧洗ったことないって言ってたわよねーーーー!?
剣道の道着並みの悪臭を放つ集団に迫られ、私はとっさに空いていた唯一のドアに・・・外へと向かう廊下に飛び出した。
しかし、もちろん逃げ出した廊下に安住の地はあるわけもなく、あっちからわらわら、こっちからわらわらと雑菌騎士団が現れ私を追い詰めていった。
もちろんこれはただの王子のお茶目なイタズラな訳もなく戦略で、私は追い込み漁業方式で魔王の城まで追い込まれて行った。
そんな訳で魔王の城に着いた頃には、叫び過ぎてボロボロの最悪のコンディションであった。もちろん魔王の城を守っていたと思われる魔物にも遭遇し魔法を連発(もちろん呪文は『除菌』『滅菌』である。初期の魔女っ子アニメ世代としては即物的過ぎて不甲斐ないとは思う)していたため体力的にもボロボロだ。
しかし王子率いる甲冑の騎士団は、生まれた時代か世界の違いが悪かったのかは不明だが、決定的なテンションの違いを見せつけ、ますます体育会系的に、ヒートアップしていく。
そんな時間の経過とともにますます発酵した悪臭を放つ集団に追い込まれ、私はとうとう悪玉菌の城の頂上へと追い詰められてしまった。
薄紫色に照らし出される湿った壁。
1歩足を踏み出す度にくちゃりくちゃりと生肉を踏みしめるような湿った感触の床。
生ぬるい風にのって血と・・・なにかが腐った臭いが運ばれてくる。
背後からは獣のような息遣い。
(これは王子と甲冑の騎士団。クソ重たいもの着て走り回っていたらそうもなる)
薄暗さも合間って、一生終わることのないように感じていた回廊がとうとう終わりを告げる。
開けた広間の一段と高いところに設けられた玉座。そこにふんぞりかえるように座っている巨大な人影。おそらくこれが目的の魔王で間違いないだろう。
そう・・・これまで遭遇してきた魔物とは違い魔王のはなんと人型だった。
見た目的には30代後半から40代。見下すように細められた瞳は蠱惑的な紫。目元によったシワがなんとも言えない色気を醸し出している。肉感的な唇の周りには無精髭。にごった光沢のある髪は適当になでつけられながらもワイルドさを演出している。
いわゆる背徳感の漂う男臭いいい男というヤツだ。
おまけに魔物の象徴とばかりに耳がある辺りから鹿のようなツノとエリマキトカゲのエリのような耳もどきが生えており、かっこ良く振り上げた袖からはトカゲのようなウロコがビッシリと生えた腕が誇らしげに掲げられている。
「ふっ・・・!よく来たな聖なる巫女よ・・・。我が城まで辿り着いたこと・・・褒めてやろう。しかしその程度の神聖魔力で我に挑もうとは片腹痛い・・・。」
背筋を這うような重低音。
「人と魔の違い・・・思い知らせてやろう・・・!」
告げると同時に魔王は壮絶に妖艶な笑みを浮かべる。
その笑みに、いろいろギリギリだった私の心はとうとう限界を告げる。
「うーーわっ・・・!」
今までとは違う、明らかにテンションの低い、しかし紛れもない嫌悪のため息。先ほどまでギャーギャー騒いでいた私との違いにギョッとする甲冑一団。
「うわうわうわうわうわうわ・・・うーわー・・・」
「なんだ・・・貴様・・・?」
私の不思議な様子に気づいたのだろう。魔王が訝しげに一歩踏み出す。
「いっやーーーー!!!!!!!!!!」
つんざく悲鳴。今までとは比較にならない叫び声に甲冑達も腰を抜かす。しかし、私はそれどころではない。
「やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだっ!!こっちよんないでーーーー!!生臭いし酒くさいしタバコくさいし!!なに!?その無精髭!??カビなの!?食べカスなの!?なんでそのシャツそんなクシャクシャなうえに汚れてるの!?血なの!?汗なの!!?とにかく洗ってないの!!?ボタンもなんで留まってないの!?とれてるの!?とめなよ!!胸毛見えてるじゃん!!あなたの胸の谷間なんてみたくないよ!!!髪の毛もなに!?なんでそんなに鈍い色なのにオイリーな上に束になってるの!?洗ってないの!?むしろお風呂に入ってないの!?腕のウロコについているその緑と黄色のフワフワもなんなの?!!カビなの!?コケなの!!?どうやったらそんなの皮膚に生えるのよーーー!!!!きーたーなーいーーー!!!!!!」
魔王、完全に汚物扱い。
ちなみに私が叫ぶ度に例の浄化魔法はカメラのフラッシュのように魔王に炸裂している。
「な、なんだと貴様・・・」
私の魔法というより、暴言に傷ついた、という声音で魔王が私に歩み寄る。
「やだやだやだやだ!!変態!よんないで!!!」
因みにこの変態という意味は不潔なくせに無駄にセックスアピールが強くて気持ち悪かったためである。私にとっては露出狂と変わらない。
「変態だと・・・!?この私が・・・!!?貴様・・・!!!」
外道やら極悪とは言われていても変態とは言われ慣れていなかったらしい。
魔王は私との距離を一気に詰め、例のアレ的な腕を振り上げる。
あ、やばいな。と心のどこかで思ったものの一度火がついた嫌悪感は止められない。
「やだーーー!!加齢臭までする!!ほんっとうに寄らないで!!!」
魂の叫び。同時に今までとは比較にならないほどの巨大な白い光が辺りを包む。
しかし、魔王は私の渾身の嫌悪感からなる浄化の魔法にあっても、泰然とその場に存在していた。しかし泰然としていたのはその巨大な体躯だけであり、その表情は愕然とし憔悴していた。
「わたしが・・・加齢臭だと・・・」
どうやらナイーブな中年の心を抉ったらしい。おそらく年頃の娘に、「お父さん!臭い!!」と言われる的なダメージがあったのだろう。ちなみに私は『年頃』というよりそろそろ結婚・出産が気になる『妙齢』なお年頃である。どうやら若く見えているらしいが、とても良いことなので訂正しない。
それはともかく、当の暴言を吐いた私はナイーブな中年の心どころではなかった。
なんせ、渾身の浄化魔法が効かなかったのだ。どんな頑固な汚れ・・・否、ばい菌だ。こんなのに触られたら最後、汚いどころか謎の病原菌にかかって即、お陀仏だ。
そう思った途端、私の中の最後の砦的ななにかが壊れた。
ポロ、ポロポロ・・・
この異世界に来てから、どんな(衛生的)逆境にも負けずたくましく生きてきた私の瞳から涙が零れる。
零れる落ちた涙はキラキラと光りながら地に落ち、波紋を描く。そして輝く涙は汚れた大地を浄化してゆくーーー。
恐らく、はたから見たら、神秘的な光景だろう。なぜなら私の見た目は恐ろしく(妙齢だが)美少女だったからだ。詳しく述べるなら、国民的森ガール女優と一世を風靡したドール顔で有名なスーパーモデルを足して割った感じだ。分かりにくい足し算だが、少女のようなイノセントさと人形のような美しさといった、浮世離れした可愛いさと思ってくれたら間違いない。
ほろほろと儚い涙を流しながら私は魔王に向かってこうつぶやいた。
「・・・不潔!」
そう、なんだかたくさん暴言を吐いてしまったが、結局この一言に尽きる。
言うだけ言って、目線も合わせずに体を反転し騎士集団の中にいる王子に小走りに駆け寄り(ここ大事)そっとその後ろに隠れる。もちろん『守って☆王子さま』的な意味ではなく、盾にするためだ。ちなみに騎士団は先ほどの大規模な浄化魔法で殺菌済みだ(最初からそうすれば良かった)。
そうしてそっと上目遣い、という名の汚い物を見るような目でそっと魔王を見上げる。
すると何故か魔王は魂が抜けたように憔悴し、哀愁まで漂っていた。
何故かその様は『離婚した奥さんに愛娘の親権をとられ、影ながら成長を見守ろうと思い、元妻の再婚先の家の庭を覗いたところ、愛娘が満面の笑顔で知らない男を「パパ!」と呼んでいた』を彷彿させる。
うん、さすが魔王、イメージさせる背景も濃い!
そんな中年を見る視線に気づいたのか、魔王は己を鼓舞するように声を張り上げた。
「・・・覚えていろよ!!!」
と吐き捨て、私の浄化が及ばなかった汚い闇に消えて行った・・・。
不潔な上に、ボキャブラリーも貧困・・・本当に残念な中年だな。
そんな思いを、私の胸に刻んで・・・。
そうしてなんだかんだでこの国に平和が訪れ、私は『魔王を退け、闇を払った聖なる巫女』として以前よりいっそう手厚く迎えられた。
そんな中、以前と大きく変わったことが3つある。
1つ目は、王子さまだ。
「巫女よ・・・!あなたがおっしゃる通り、水路を整え、国民の生活習慣を改める『健康習慣衛生概論』も編成致しました!特に入浴に関しては毎日行うよう法令を敷き衛生的に務めるよう指導しております。あなたが描いた美しく健やかな国に1歩ずつですが近づいております。
ですから・・・どうか私と結ばれ、共に歩んでください!」
何故か、魔王城から帰ってからというもの、王子に熱烈に求愛されている。
聞けば、華奢な女の身で単身魔王に挑む勇敢な姿に惚れた、とのことだった。
アレを自発的な行動と呼ぶなら、この件に関して私がコイツに言えることは何もない、と思いこの国の衛生面が合わないという事を理由にのろりくらりと躱している。
「まぁ、王子・・・!それは素晴らしい!!ですが下水施設というのをご存知でしょうか?」
「げすい・・・?なんだそれは?」
王子に下水とはなんぞということから始まり、その重要性を説いてみる。話終わる頃には目を輝かせ
「待っておれ!すぐに下水施設を完成させ、そなたを妃にしてみせる!」
とカッコいい捨てゼリフと共に颯爽と走り去って行った。
あしらいやすい。全て国の為になることなので全く心は痛まない。それにしても有言実行、即実行とはいい王子もったなこの国と思う。
変わったことその2は魔王だ。
闇に消えたかと思われた魔王だが、実際はちょこちょこ私の前に姿を現している。
初めて現れたのは魔王戦から1週間後のことである。なんと魔王は清潔感溢れるロマンスグレーとして私の前に姿を現したのだ。
薄汚れ、変な色だった髪は見事な銀髪になり、スッキリとしたオールバックでまとめられている。カビのようだった無精髭はさっぱりとなくなり、品の良い口元となった。フェロモン系を気取っていたかのようなご開帳されたシャツはきちんと第二ボタンまで閉めらている。もちろんシャツ自体も清潔なものである。得体の知れないコケの温床だった腕のウロコは見事に磨かれ美しい黒曜石のような輝きを放っている。
総合して、
シンプルで清潔な美しさの中にほんのりと色気が漂う・・これぞ大人の男の魅力!
というカンジに仕上がっていた。
「ふ・・・!驚いて声も出ぬか。
我が本気をだせばこんなものだ。さあ、我の花嫁になるのだ!!」
いつどこでそんな話になったのかは心の底から謎だったが、俺様な態度にいらっとしたので、魔王が最も気にしているところを攻めてみることにした。
「まぁ!本当に清潔になりましたね。でも・・・
爪が伸びすぎていています。短すぎてもダメですがその長さでは雑菌の温床です。
髪もせっかく美しくなったのに整髪料のつけすぎで清潔感が損なわれています。
ヒゲも顎の下と右耳の下に剃り残しがありまよ。
なによりも気になるのは香水のつけすぎですね。体臭が気になるのも分かりますが、これではすでに悪臭です。香水はほんのり香る程度・・・体臭は生活習慣を改めるなど根本から改善した方がいいですよ?」
長年、不潔生活をしていたためか、やはりツメが甘い。
「くそ・・・!これで勝ったと思うなよ・・・!?」
そんなベターなセリフ共に魔王はまた闇の中に去って行った。それからというもの数週間おきに現れては、私の衛生チェックを受けて行く。最近ではめっきり清潔になり欠点がないため、ファッションチェックにすり替え適当にいなしている。
3つ目の変化が、私自身だ。
なんと、潔癖性が治ったのだ。
雑菌騎士団に追い回され、悪玉菌の巣窟に行き、その親玉と対面するという地獄のフルコースを受け、恐怖の極地に達し、針が振り切れたせいだろうか。
ともかく魔王戦後の翌日、目覚めればいつも心を支配していた清潔への強迫観念が消えていた。
もちろん、今でも綺麗好きではある。が、出会い頭に塩(祝福済)を撒く、神酒(高濃度アルコール除菌。祝福済)をかける、聖火を浴びせる(松明。祝福済)などの行動をしなくなったのだ。
そうして頭のモヤが晴れてみて気づいたことがある。
ー自分の世界への帰り方が分からない、とー
そう、まっさきに気にすべき所はそこであったはずなのだが、衛生観念に縛られ、環境の悪さに半狂乱になっていた私はまったくその事を失念していた。
衣食住の確保。間違ってはいないのだが行きすぎだと今では反省している。
そんな訳で、根本に立ち戻り帰る方法を探してみようと思う。
さらっと聞いた感じではなかなか異世界を渡る、という方法はこの世界では知られていないらしい。
が、現に私が世界を渡ってこうして存在する。
私ですら変な魔法が使えたのだから、気長に探せば1人くらいそんな魔法を使える人も見つかるだろう。
それまでは、あの愉快な王子と魔王をからかって過ごすのも悪くないだろう。
そうして私は1人、そっと微笑んだ。