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気弱な最強氷魔法剣士は、私を守る時だけ騎士になる

作者: 月神世一
掲載日:2026/09/03

気弱な最強氷魔法剣士は、私を守る時だけ騎士になる


 ポポロ村に来て三日目。


 私は、人生で初めて「この人、大丈夫なのかしら」と本気で心配になる男性に出会った。


「す、すみません……!」


「え?」


「今日のスープ、少し塩を入れすぎたかもしれなくて……。もしお口に合わなかったら、別のものを作りますから……!」


 食堂の厨房から、青年が今にも泣きそうな顔で頭を下げている。


 白銀の髪。


 整った顔立ち。


 長身で、立っているだけなら騎士様のように凛々しい。


 なのに、その本人は肩を小さく縮めている。


「ユリウスさん」


「は、はい!」


「私はまだ一口も飲んでいませんよ」


「えっ」


「どうしてもう謝っているんですか?」


「そ、それは……」


 ユリウスさんは困ったように視線を泳がせた。


「……怒られるのが怖くて」


「…………」


 私は思わず黙ってしまった。


 その横で、幼馴染のミレイユが腹を抱えて笑う。


「エリナ。あんた、面白い男を見つけたわね」


「笑わないで」


「だって、料理を出すだけで怯えてるのよ?」


「僕は……争い事が苦手なんです」


「料理で争う人なんていないでしょうに」


「でも、味が気に入らなかったら……」


「普通は『次は気をつけよう』で終わるの」


「そ、そうなんですか……?」


「そうなの」


 私はスープを一口飲んだ。


「美味しいですよ」


「……本当ですか?」


「ええ」


「……よかった」


 ユリウスさんは、心の底から安堵したように笑った。


 その笑顔は、とても優しかった。


     ◇


 ユリウス・ガレオン。


 二十歳。


 ポポロ村の自警団員であり、この食堂の料理長。


 そして――氷魔法と剣術の神童。


 私は後になって、その事実を知った。


 帝国軍の元将軍、ガレオン・ヴァルハルト。


 その息子なのだという。


 幼い頃から父親に鍛えられ、氷魔法では同年代に敵なし。


 剣を握れば、一流の騎士ですら相手にならない。


 なのに本人は、


「できれば剣なんて振りたくないです……」


 と言う。


 最初は冗談だと思った。


 でも、本気だった。


「僕は、人を傷つけるのが嫌なんです」


 食器を洗いながら、ユリウスさんはそう言った。


「敵だって、きっと誰かの大切な人ですから」


「……優しいんですね」


「い、いえ……僕が臆病なだけです」


「臆病と優しいは、別ですよ」


「そうでしょうか……」


「ええ」


 私は笑った。


 この人は、自分のことを何も分かっていない。


 そう思った。


     ◇


「エリナ」


 ある日の夕方。


 ミレイユが私の肩を叩いた。


「何?」


「あんた、ユリウスのこと好きでしょ」


「なっ……!」


「分かりやすいのよ」


「そんなことないわ」


「じゃあ聞くけど、今日だけで何回厨房を見た?」


「……」


「五回」


「数えないでよ!」


「ほら」


「……だって」


「だって?」


「優しいから」


 口に出してから、私は頬が熱くなった。


「誰にでも優しいのよね、あの人」


「そうね」


「子供にも、お年寄りにも、旅人にも」


「そうね」


「怪我をした冒険者の手当てもしてたし」


「そうね」


「料理だって、失敗した人には絶対に怒らない」


「そうね」


 ミレイユがニヤニヤする。


「で?」


「……好きになったら、駄目なの?」


「いいんじゃない?」


 彼女はあっさり言った。


「ただし」


「ただし?」


「あの男、自分が女に好かれると思ってないわよ」


「……そうなの?」


「たぶん、告白しても『罰ゲームですか?』とか言うわよ」


「そんな……」


「だから頑張りなさい」


 私は小さく笑った。


「うん」


     ◇


 その日の帰り道だった。


 ポポロ村の外れで、男たちが道を塞いでいた。


「おい、女」


 私は足を止めた。


 十人ほど。


 全員が武器を持っている。


 野盗。


 背後からミレイユが小声で言った。


「エリナ、走れる?」


「無理」


「私も無理」


「どうするのよ」


「……祈る?」


「今まで神様なんて信じてなかったでしょう」


「こういう時だけ信じるのよ」


 野盗たちが笑った。


「金を置いていけ」


「持っていません」


「嘘をつくな」


「本当にありません」


 一人が私の腕を掴んだ。


「なら、お前を連れていくか」


「離してください!」


「嫌だね」


 その時だった。


「……その人を、離してください」


 聞き慣れた声。


 振り返る。


 ユリウスさんが立っていた。


 いつもの白い料理服。


 手には、厨房で使っていた包丁。


 顔は真っ青だった。


 手も震えている。


「ユ、ユリウスさん……?」


「エリナさん……大丈夫ですか?」


「はい……」


「そうですか……」


 彼は野盗たちを見る。


 明らかに怯えていた。


「お兄ちゃん、怖いのか?」


「……はい」


 ユリウスさんは正直に答えた。


「怖いです」


「なら帰れ」


「……それは、できません」


「なんでだ?」


「その人が、困っているので」


 野盗が笑う。


「馬鹿か、お前」


「そうかもしれません」


 ユリウスさんは俯いた。


「できれば、争いたくありません」


「じゃあ消えろ!」


 野盗が剣を抜いた。


 私に向かって振り上げる。


 その瞬間。


「――やめてください」


 ユリウスさんの声から、震えが消えた。


 顔を上げる。


 そこにいたのは、私が知っている気弱な青年ではなかった。


 怒っているわけではない。


 殺気を放っているわけでもない。


 ただ、静かだった。


 恐怖も。


 迷いも。


 躊躇も。


 すべてが消えている。


「その人に、触れないでください」


 野盗の剣が振り下ろされる。


 ユリウスさんが一歩踏み込んだ。


 包丁が――凍った。


 パキ。


 パキパキパキッ。


 刀身を覆った氷が瞬く間に伸びる。


 短い包丁だった刃は、銀白色のロングソードへと姿を変えた。


「な……」


 野盗の顔が引きつる。


 ユリウスさんは剣を構えた。


「申し訳ありません」


 静かな声だった。


「ここから先は、僕の仕事です」


 一閃。


 野盗の剣が宙を舞った。


 二閃。


 地面から氷柱が突き上がり、男たちの足を止める。


 三閃。


 別の男が殴りかかる。


 ユリウスさんは身体を僅かに傾けてかわし、その腕を掴んだ。


「痛っ!」


「すみません」


 ミシッ。


「い、痛い! 離せ!」


「離します」


 ユリウスさんは手を放した。


 男が逃げようとする。


「ですが」


 ユリウスさんは一歩だけ踏み出した。


「もう、誰にも触れないでください」


 地面が凍った。


 男の足元から腰まで、瞬く間に氷が駆け上がる。


 残った野盗たちは、一人、また一人と武器を捨てた。


 誰も傷つけていない。


 誰も殺していない。


 それなのに――。


 誰も、彼に逆らえなかった。


「……帰ってください」


 ユリウスさんが言う。


「次は、止められないかもしれませんから」


 野盗たちは這うように逃げていった。


     ◇


「…………」


 静寂。


 氷の剣が溶けていく。


 パキ、パキ、と音を立てながら、元の包丁へ戻った。


「……エリナさん!」


 突然、ユリウスさんが駆け寄ってきた。


「怪我は!? どこか痛むところはありませんか!?」


「大丈夫です」


「本当ですか?」


「はい」


「よかった……」


 その瞬間。


 彼の手が震えていることに気づいた。


「ユリウスさん」


「はい?」


「怖かったんですよね」


「…………」


「さっき」


 私は彼の手を取った。


 冷たい。


 そして、震えている。


「怖かったんでしょう?」


「……はい」


 ユリウスさんは、小さく頷いた。


「ものすごく怖かったです」


「それでも、助けてくれた」


「……」


「どうして?」


 彼はしばらく黙っていた。


 そして、困ったように笑った。


「僕は、自分が傷つくのは怖いんです」


「はい」


「でも……」


 彼は私を見る。


「エリナさんが傷つくほうが、もっと嫌でした」


 胸が、大きく鳴った。


「……それだけです」


「それだけ?」


「はい」


「それだけで、あんなに強くなれるんですか?」


「僕にも分かりません」


 ユリウスさんは首を傾げた。


「ただ、守らなきゃと思ったら……怖くなくなるんです」


「…………」


「不思議ですよね」


「不思議じゃありません」


 私は彼の手を握った。


「それは、勇気ですよ」


「勇気……」


「はい」


「僕が?」


「あなたが」


 ユリウスさんは、しばらく呆然としていた。


 それから、ほんの少しだけ笑った。


「……ありがとうございます」


 その笑顔を見て。


 私は確信した。


 私は、この人が好きだ。


 強いからじゃない。


 最強だからでもない。


 怖がりながら、それでも誰かを守るために立ち上がれる人だから。


     ◇


「――で?」


 少し離れたところから声がした。


「いつまで手を握ってるの?」


「ミ、ミレイユ!?」


 彼女は腕を組んで呆れ顔をしている。


「私が来たことにも気づかないくらい夢中だった?」


「違っ……!」


「ユリウス」


「は、はい!」


「この子のこと、どう思ってる?」


「え?」


「好き?」


「す、好きって……」


 ユリウスさんの顔が真っ赤になった。


「そ、それは……」


「ほら。言いなさいよ」


「で、でも……僕なんかが……」


 私は彼の手を握り直した。


「私が好きだと言ったら?」


「…………え?」


「私は、あなたが好きです」


「…………」


「ユリウスさん」


「…………僕、ですか?」


「あなたです」


「……本当に?」


「本当です」


「……夢じゃないですか?」


「現実です」


「……」


 ユリウスさんは両手で顔を覆った。


「ど、どうしよう……」


 ミレイユがため息をつく。


「そこは喜ぶところでしょうが」


「だ、だって……!」


「はいはい」


 私は笑った。


「ユリウスさん」


「はい」


「これからも、私のことを守ってくれますか?」


 彼はしばらく考えた。


 そして。


「……はい」


 今度は迷わなかった。


「僕にできることなら、何でも」


 その声は穏やかで。


 優しくて。


 少しだけ震えていた。


「でも……」


「でも?」


「できれば、僕のことも……」


 彼は恥ずかしそうに目を逸らした。


「……守ってくれると、嬉しいです」


「もちろん」


 私は笑った。


 最強の氷魔法剣士。


 誰よりも強くて。


 誰よりも優しくて。


 誰よりも臆病な彼の手を、私はもう離さなかった。

読んでいただきありがとうございます。

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