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因習系短編集 アジョニモカジョニモ!!  作者: 井野中かわず
1本目
1/1

アンガーイイヤデマネージメント

 

 ――それは小学校の入学式の時に誰しもが聞く文言であった。


「みなさん良いですか?あばら骨が一本足りないのが良き■■人なのです。みなさんはまだ子供ですから生えているお友だちも沢山いるでしょう。この■■小学校で六年間を過ごし、いずれ左右どちらかのあばら骨が無くなる名誉ある■■人になれることを校長先生は祈っています」


 高らかに、朗らかに。外は爆風の西風、その風にひっぺがされるヤシの木の皮と散り散りになる桜の花びらに乗って校長先生のお話と入学式は粛々と締められる。

 少子化が進む田舎の街で、統廃合が進み過ぎて既に幼稚園も小学校も中学校も高校すらも消えてなくなった親たちはその辺の量販店で買ってきたフォーマルスーツを着て、子供の手を引く。

 ちなみに風が強すぎて校門での門出を祝う写真撮影……どころではない。なんなら『入学式』と書かれた立派な立て看板は荒縄でふんじばられており、四月のはじめからとんでもない禍々しさを放っている。


 ここは千葉県南部にあるDeath-TTYM市。

 どうせ一、二回しか着やしない晴れの日用フォーマルスーツを持て余す若き保護者達のいる街。喪服だけは皆が春夏と秋冬をそれぞれ一着ずつ以上は持っているような死を見送るばかりの過疎地。

 昨年度は何回、あの小山の上にある火葬場(焼き場)に行っただろうか。何回、ツインボーカルの坊さん親子を見ただろうか。まさに香典破産待ったなしである。なお祝い事は一回もなかった。


 これはそんな街の四月のおはなし。


羽山(はやま)さんちのおじいさん、二か月前に亡くなってたんだって」

「へー……ってか何日か前に通りかかったときに見たような気がするけどあの角地の羽山の爺さんってあれでしょ?有料の指定ごみ袋代をケチって人んちのゴミ袋の中に自分ちの生ごみ捨ててた鼻つまみモンの」

「そうそう。ウチんちの庭木が出てるからって勝手に鋏で切ってたりさ。普通、切って欲しいって声掛けするじゃん?」


 店舗数が減るばかりのファミリーレストランから安価な回転ずしチェーンに客が流れて幾久しく。カウンター席で一人、生ハム握りを貪り喰っていた私の背後から聞こえる四十代前半程度の女性二人組の声に耳を傾ける。ちなみに私、井野中(いのなか)はしがない文筆業を営んでいる。傍から見ればただの無職女性であるが在宅ワーカー、個人事業主である。今、私の目の前にある生ハム握りは初稿を無事に間に合わせた自分へのご褒美だった。


「しかも何が恐ろしいって、ウチの敷地から庭木なんてなんにも出てなかったのよ」

「は?銃刀法違反の上に普通に器物損壊じゃん。そんでもってゴミ袋は横領?」

「そう。もう年齢が年齢だったからアレだったのかもしれないけどさ、ウチの母親に聞いたら昔からだって」

「生粋のクソジジイじゃん」

「結局、斜め向かいのウチですら死んだの知らなかったくらいだから親族の方も……ねえ」


 田舎ではよくある話である。

 近年、法改正は進んだが未だに庭木トラブルの話は後を絶たない。


「それでさ、多分なんだけどその爺さんはあばらが全部あったっぽくて」

「うわー……マジか」

「そうじゃなかったらみんなからクソジジイって呼ばれるわけないよ」


 二皿目の生ハム寿司に軽く醤油を垂らした所で話の様子が変わって来る。


「だって頻りに胸の下あたりを触っててさ、結構噂になってたみたい」

「確かにまあ、あばらが生えっぱなしってのはこの地域じゃあねえ」

「私らの世代じゃ結構珍しいもんね。なんなら最初から無い子とかいて羨ましかったし。そう言えば娘ちゃんも生まれた時から細かったんだっけ」

「まあねえ、小学校に上がる前には無くなるって言われてたけどあんまり性格が小さいときから大らかすぎるのもあばらがしっかりしてる子から虐められたりする場合もあるし……息子君はどう?」


 あばらの足りない立派な■■人になりなさい、との教えとこの地域の特殊性は以下である。

 千葉県南部のここ、Death-TTYM市は新たなる人類の進化過程観察地域として政令指定都市に指定されていた。

 温暖な気候と飼いならされたチンケな田舎根性(いなかこんじょう)……よくも悪くもこの地域は血が濃い。歳を取るとかなりの割合で皆の髪が天パー化し、人が百人も集まれば似たような顔つきが散見されるくらいに濃い場所。


 そして堪え性のない人間を揶揄する場合に『あばらの足りない■■人』と言われてきたが数十年前、戦後あたりに事態は反転をした。


 地域に代々伝わっていた堪え性のない軟弱者を表現する文言は時代の変化と共に『人として良い傾向』とされてしまった。もちろん、あばらは物理的になくなるのでレントゲンにも写らないことが確認されている。


『ご注文の商品が到着します!!』


 お、私の頼んだ温玉生ハムサラダが来た。

 頭上のタッチパネルから商品到着の爆音が流れ、心の中で「へへへ」と笑いながらサラダが流れてくるのを楽しみに待つ。


(来ねえな)


 無常にも、私がいただく筈であった温玉生ハムサラダは待てど暮らせど来なかった。多分、一日の内で十も注文が入らなそうな温玉生ハムサラダが……来ない。

 レーンの進行方向とは逆の奥、回ってやって来るであろう方向を暫く見ていたが私の温玉生ハムサラダはついぞ、流れてこなかった。それぞれの客席を示す色分けシールのついたカップすら来ていない。

 古い店舗なのでタッチパネル注文の通りの会計になってしまうのでこのままだと私の会計に虚無サラダが課金されてしまう。私はタッチパネル上から店員さん呼び出しボタンを押して事情を説明すると次は直接、店員さんがサラダを届けに来てくれた。

 監視カメラが設置されているので私が勘定をちょろまかした訳では無いが、こう言った事に遭遇するとちょっとドキドキしてしまう。


「あーんがいいやで!!」


 さっそく、温玉を箸の先で切り崩したところでそう遠くないボックス席から老いた男性の怒声が上がる。

 私も、私の背後の席の女性二人も、皆に緊張が走った瞬間だった。

 前述の通りにここはDeath-TTYM市であり、高齢化社会著しいしみったれた田舎根性が蔓延る修羅の田舎である。


 一人掛けのカウンター席では目の前にレーンがあるのでよく見えないが確実に店員さんが何か高齢男性に諭しているような気配だけは聞こえている。下膳に回る他の店員さんもちらちらと様子を伺っているようだったが聞こえてくるのは「ギャフロベチョオッペス寿司ワンダラサラダ」と言う呪文だけだった。


「「「なんて?」」」


 皆がそう思ったに違いない。私も思った……が今、最後にサラダと言ったか?ジジイ、そうなのか?確かにジジイの方が私より先に商品を手に取れる位置にある。


「ああ言ういきなりキレる年寄り、最近多いわよね」

「じゃあやっぱりあばらが生えてるとか?」

「歳食うと悪い部分が顕著に出たりするからまあ、そうよね」


 背後の女性たちが少し声のトーンを落として話をしているが、高齢男性の呪文の影響により平日昼間の静かな回転ずしチェーンは更に静かになってしまった。


『ご注文の商品が到着します!!!!』


 よりにもよって店内が静まり返っている時に爆音で私が注文していたカリフォルニアロールが近くまで来ていることを教えてくれる。

 回転レーンは絶え間なく一定間隔で動き続け、私の所までカリフォルニアロールがやって来る。しかしコーナリングでミスったのか二つ乗っている内の片割れが事故を起こして赤いトビッコを皿に撒き散らしていた。可愛そうなのでそっとガリで寄せてやる。

 その間もまだ騒いでいるクソジジイと爆音の商品到着のお知らせが店内に鳴り響く。


「なんだっけ、アンガーマネジメントだっけ」

「六秒間こらえて我慢するったってあばらが生えてるのと年寄りには絶対に無理だよ」


 無事、私の胃袋に収まったカリフォルニアロールも相変わらず美味しい。百円ちょっとの幸せを噛みしめている内にクソうるせえジジイもどうにか収まりが着いたのか店内はまた心地よいざわめきが立ち始める。

 よくカフェやファミレスで執筆作業をする同業者がいるが私もそのクチだった。空いている時ならここでスマホをぽちぽちする程度の作業をしても良いかもしれない。もちろん、ショバ代くらいは食べるし。


『ご注文の商品が到着します!!』


 そうこうしている内に私が一番最後のお楽しみにしているチョコパフェが来るとの爆音。今日の私の注文ペースは最高に良い感じだった。虚無サラダはイレギュラーな事態だったけど。


「……来ねえな」


 やったか?の疑いの私の眼差しはもちろん、例のボックス席の方に向くがやはり下の色分けシールが貼られたカップすら私のところには回ってこなかった。まあこんな日もあるだろうよ、と自分に言い聞かせながらなんでこっちが少し申し訳ない気持ちになりながら再び店員さんを呼ばなきゃならないんだろうか、と考える。

 再び私のテーブル番号が伝わると既に察しのついているらしい店員さんが苦笑いをしていたので事情を話す。

 平身低頭で謝ってくれるが別に店員さんが悪いわけでもない。そう遠くない場所からまた「ギャフロベチョコパフェオメオガワリイッテイッテンノカ」と声があがる。

 クソジジイめ、チョコパフェって言ってるじゃねーか。

 私は寛大な人間なので別に騒ぎを起こしたい訳でもない。ただ、大量の生ハム握りと締めのパフェをキメたいだけである。


 わりと散々な目に遭いながらもまた店員さんが個別に私にパフェを持ってきてくれた。他に不足は無かったかどうかも聞いてくれたし、清算に間違いがないかどうかも一緒に確認してくれた。

 そうして私が席から立つ頃には他の席からもぽつぽつとお会計に向かう人たちがいたのでその波に乗る。無人精算機の前には三人ほどが並んでいたので私も最後尾に並んだ。

 私は歴戦の大型同人誌即売会早朝待機列を幾度も経験しているので待つ事については何とも思わなかった。静かに並んでいれば順番は来るのだから。


「オイ!!」


 もういいって。分かってるって。

 並んでいる人たちの視線が一人の高齢男性に向く。

 精算用のコードが印字されているレシートを握り締めたヤツは無人精算機の前、列の先頭でまたおっぱじめやがったのだ。オメーだな?私の温玉生ハムサラダとチョコパフェを掠め取りやがったのは。

 しかしここで並んでいる人間たちも「多分、少し痴呆が始まってるのかも」とか「あばらが生えてるのかも」と個人の身体の老化現象など、いずれ自らにも来るかもしれない迷惑をかけてしまう部分について小声で話すだけで怒ったりなどしなかった。

 今、ここに並んでいる人たちはあばらがちゃんと足りていないのだ。だから大らかで、多少の事には目をつぶる。

 それがこの政令指定都市Death-TTYM市の住民なのだ。そんなことで容易くキレ散らかしてしまえばあっと言う間に村八分にされるし、井戸端会議のクソババアどもの話のネタにされてしまう。


 ああ、あの人はあばらが生えてるから。

 あの子は昔からあばらが生えてるから。


 六秒、私は深呼吸をして静かに自分の会計の番を待った。すっ飛んで来た店員さんが有人レジを開けてクソジジイの対応をし始める。

 スムーズに動き始めた会計。多様性へ向かう時代の変化、あるいは自らの身体的変化に順応できなかった寂しき末路を横目に、ちょっとだけジジイにガンを飛ばした私は無事に会計を済ませてお店の外に出た。

 すると私の背後にいた二人組の女性も店外に出てくる。


「本当、人の前では言えないけどさ」

「いくら私たちにあばらが無いといってもあれだけ騒がれちゃうと流石にねえ」

「もうしょうがないよ、ウチの親だってあばらが無くてもああなるかもしれないんだし」


 私は六秒間我慢をしてやりすごした怒りを溜め息として広々とした駐車場で吐き出す。

 あばらが一本足りないことと性格の大らかさ、メンタルの安定云々の因果関係とそもそもあばらがなぜ消えてしまうのかについて研究は頻りになされているがうわさ好きで陰湿な田舎根性丸出しな生粋のあばらの足りない奴らの前では机上の理論なんて、てんでくったちゃあしねえのです。


 なにせここはDeath-TTYM市。

 千葉県南部、最南端の吹き溜まり。

 人々の薄汚い澱がタモクソとなり、タンブルウィードのように西風に煽られてそこかしこに転がっている海のある街。


『■■■ちゃん結婚してないの?』

『ああほら、ウチの子はあばらが生えてるから』

『良い子なんだしすぐに良い人見つかるって』

『でも、ウチの家系であの子だけあばらが生えてるから』



 ――だから、だからなんだってンだよクソッタレ!!





『アンガーイイヤデマネージメント』 おしまい。




 この作品に於ける私の偏見と誇張による語訳など


「ワンダラ」・・・「あなたたちの」


「オガ」・・・「私の」


「あーんがいいやで」・・・「何言ってるんだ俺が正しいと言ってるんだから正しいに決まってるいちいち口出しするな」


「くったちゃあしねえ」・・・「歯が立たない」



(つまるところ千葉南部の人間は温暖な地域に生息するゆえに雪国など厳しい冬を暮らし抜く気骨さがまるで備わっていない、のんびりしている、と言うことから忍耐、堪え性のない人間の例えとして「あばらの足りない……」とこの地域では表現します)

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