雪乙女と花火の日
最初の日は何年前の話だったか。10、いや9つ、より小さい時だったかもしれない。ほんの昔、子供の頃の話だ。そのときの自分のことはろくに覚えていないがその日にあったことだけはよく覚えている。
ある8月のある日、私の地元で夏祭りがあった。年に1度開催されるもので大層きれいな花火があがるのだといつもは歩く野良猫の方が多いと思うような道を数えるのがうっとうしくなるほどの人が歩いていた。
その日、日が沈んでいく頃私はその人の多い道を歩いていた。元々は母親と歩いているはずだった。ただ残念なことに急な仕事が入ったと祭りにいけなくなったのだ。そうなっては母は私を行かせる気はなく、家の中で見ているようにと言っていた。しかしたかが9、10年しか生きていない私にとって「年に1回の祭り」というものはとても輝かしいものだった。今思えば恥ずかしくなるような駄々をこねた後、諦めた母に500円玉を渡されて「知らない人にはついていかないように」と約束事をして私は家を出たのだ。
山のふもとの出店に向けて私は歩いていた。出店が並ぶ場所は私の実家からそう遠くない場所にあり、何度も学校の友達と通ったことのある道だった。だったはずなのだ。
山のふもと、出店の灯りと人が多くいる場所に私は手に500円玉を握ったまま何を買おうかとその人込みの中に入っていった。その頃の500円といえば欲しいものがなんでも買えてしまうような、数か月の小遣いを溜めてようやく作れるようなそんなものだった。だが今思えばポケットの中にでも入れればよかったのだ。祭りに浮足立っていたのも原因だったと思う。
どん、と流れる人の波に押されるようにして私はその場に倒れこんだ。その拍子に開いてしまった手のひらからころころと金貨が私の手から零れ落ちてしまった。倒れこみ、顔をあげた私の前には大きな壁が立ちはだかっていた。今では背も伸び、大抵の人を見降ろすほどの高さがあるがその頃の私は小さな存在だったのだ。
大丈夫か、と心配するような声もあったと思う。手を伸ばしてくれた人もいただろう。しかしそのとき私のなかに現れたのは恐怖だけだった。今までに見たことのないような人の壁への恐怖から母親がいなかったことの孤独感、手から零れ落ちた金貨。私のなかにあったはずの楽しい気持ちごとそれはどこかにいってしまったのだ。
人の波を抜けるように私は山の方へ走っていった。家への道は人でいっぱいでどこか人のいない場所に行きたかった。石畳の階段を昇った先の神社、その奥へ奥へと私は山の中へと入っていった。
その場に立ち止まるほど走った後で私はようやく我に返り、自分が今どこにいるのだろうと思うところにいた。周りの木と落ち切った日は私の行く末を完全に隠してしまったのだ。下ればいいものを私はうろうろと不安がぬぐえないまま少し泣きながら山の中の道なき道を歩いた。
少し歩いたころ私は見知らぬ場所にいた。その建物は時代劇で見たような木製のもので扉が外された縁側と白く張った蜘蛛の巣が使われずして長い時間が経ったことを物語っていた。神社かもと思って近づいたがその見て分かるほどの古さを見て間違った場所にきてしまったのだとわかった。疲れ果てた私はその軒下の縁側に腰を下ろした。顔の先には林の中の暗闇だけ視界に入る。体が震え、もう帰ることが出来ないのではないかと動けなくなる、そのときだった。
「誰かしら?」
夏に似つかわしくない冷たい風に乗った声が後ろから聞こえ私は顔をあげた。そこには一人の女の人が立っていた。美しい、人だった。泣き出すのを思わずやめて見とれてしまうほどの彼女は雪のように白い肌をして長く伸びた髪をもっていた。年は20前後に見えるがどこか大人びた声、そしてその若さに合わない白い髪をしていた。
これまた白い浴衣を着た彼女は落ち着いた声で「迷い込んだのかしら?」と呟いた。その声はどこか冷たく私の熱くなるほど早く流れる血を冷ます。人の存在に安心を覚えた私の瞳からは溜まっていた涙があふれ出してしまった。彼女が少し驚いたように感じた。
「どうしたの?」
泣き出した私に、少し面倒そうにしかし聞くわけにもいかないといった感じで彼女は私に問いかけてくれた。私は涙ながらにここまでのことを話した。泣きながらだったのでたどたどしく要領を得ない話し方だったろう。子供らしくくだらない話だったろうに彼女はその話に耳を傾けてくれた。祭り、落とした500円玉、一人歩く道、
話していると、くうと私の腹がなった。祭りで食べる気でなにもいれていなかった腹が安心したことでその声を出した。今まで喜怒哀楽が分からないような彼女がそのときはじめて「ふふっ」と笑った。
その後の出来事は今考えても驚くものだった。家の中から彼女は縁側に座る私の方に手を伸ばした。するとひゅるるるると風が手元で吹き始めた。まるで手元で小さな吹雪がおこっているように冷たい風がきらきらと雪の欠片を抱きながら踊っていた。その風が止み、気がつくと私の手元には小さな器を持っていた。ガラスで出来たような透明な器はひんやり冷たく、その中には白い白い雪が積み重なっていた。
「食べていいわよ」と彼女は微笑んだ。お姉さんは魔法使いなのか、と私は聞いた。「私?違うよ。私は・・・悪い妖怪」と彼女は答えた。
私はよくわからなかった。一口その雪の山に口をつける。その味は今でも思いだせる。みぞれですらないそれは水の味しかしなかった。しかし口のなかでふわりと溶ける優しさに私は味以上の何かを感じ取っていた。
「ありがとう。お姉さんは、いい人だね」
そんなことを言った気がする。一瞬、彼女は凍ったように動きを止める。ぱちくりと驚いたように数回まばたきをして、その後ゆっくりと「ありがと」と小さな声で言った。今でも忘れられないような笑顔で笑って言った。私は頬が熱くなった。私は恋をした。その声を乗せた冷たい風が頬を撫でてもその熱はおさまることはしなかった。なんとなく気まずくなって私の口が止まる。すると
ドン!!
空が光ったと思うと大きな花が咲いていた。どうやら花火が始まる時間になっていたようでそれに続いてドン!ドン!と光の尾をひいて天でその花を開いていく。私の心はもうそれまでの怖かった記憶を忘れかけてしまっていたのでその光に目をひかれ空に目をやっていた。少したってちらっと彼女の方を見ると彼女も光のほうに目をやって見とれるようにして立っていた。
「きれいだね」
なんとなしに私は言った。家の中で立っていた彼女は下へと視線を下げて私の方を見ていた。
「そうね、とってもきれい」
彼女はそう答えてくれた。そしてその日最後の花火が終わるまで私たちは上を見て、一言も話すことはなかった。
長い暗闇が花火が終わったことを告げたとき私たちは静かなままだった。もはや元あった寂しさはどこへやら今はこの場所が、この時間が離れることを寂しく感じた。
「この先をまっすぐいけば帰れるわ」
しかし、彼女はさも当然のように、いや今考えれば子供を家に帰すのは当選なのだがそれでも私の気持ちなど知らんとばかりに山の一端を指差した。するとひゅっと風が鳴り、白い道が木々の間にできていく。私はあぁ、彼女にとってはなんともないことだったのだと肩を落とし、「ありがとうございました」とお礼を言って…
「あの、ね。・・・私、ずっとここに一人で」
急に彼女が今までにないくらいしおらしい声で話し出したので私は、驚き顔をあげた。
「いつも一人で花火を見ていたの。だから・・・嬉しかった。偶然でも、誰かと一緒に花火を見れて。だから、」
「あのっ!まっ、またここに来てもいいですか!?」
私は思わず声を出す。今度は彼女の方が驚いたように目を見開いていた。その後にっこり微笑んで、
「わたし、えっと・・・お祭りの日しかここに居なくて、だから・・・・」
また来年、ここに来てくれる?
その言葉を聞いて私は山を下りた。絶対に忘れないようにいようと心に誓って。かなり遅くなってしまったようで帰った後で母に心配されたがあまり聞いていなかった。ふらふらと布団へと向かい、私は溶け落ちるように眠りについた。あまりにも非現実的なことにそれを夢のように感じながらも頬に残った温かさと表面の冷たさがそれは実際にあったことなのだと私の心に刻みつけていた。
それから毎年の夏祭りは私の楽しみになっていた。彼女に出会った祭りの後、夏休みが終わって数日したころ学校でふとしたときにこの話をして友達に面白がられたことがあった。笑われたのが悔しくて数人の友達を連れて山の中へ入っていったが、彼女の姿どころかあの古びた家すらも見つけることが出来なかった。山にある神社で人に聞いてもそんなものは見たことがないと言われてしまったことでそれから数日私は嘘つき呼ばわりされていた。子供同士のことなので数日でそれは終わったがそれ以来私はこの話をすることはしなくなった。また、それ以外の日にも何度か山の中に入ってみたがなにも見つけることは出来なかった。
そんなことがあって次の夏祭りの夜は彼女のもとへ行けるのかと不安だった。忘れてしまっているかもしれないとも思った。しかし、それは杞憂だった。私が神社の裏手にいくと見覚えのある白く光る道が私を導くように木々の間に線を引いていた。
それをたどっていった先にあったのは記憶の中で薄れることのなかったぼろ小屋とその家の中で待つ彼女の姿だった。1年前の記憶とまったく変わらない姿でさもあの日からずっとここにいたと言わんばかりに立っていた。
「いらっしゃい。忘れていないか、心配してたわ」
そういって安心したように彼女は笑っていた。こっちの台詞です、と私も笑った。それから私たちは花火が始まるまでの間、話をした。私が今までどこに行っていたのかと聞くと、「ずっとここに居たわよ」と彼女はなんでもないことのように笑っていた。そのときの私はそれ以上聞くのをやめた。本当のことを知ったらこれが全部夢となって消えてしまうのではないか、そう思ったからだ。そう思うほどに非現実的で幸せな時間だったのだ。その後はなんてことのない話をした後花火が始まってからは黙ってふたり、空を見上げていた。
それからも毎年、夏は訪れて毎年祭りがあった。学校の友達に一緒に行こうと誘われたときもあったが私はそれを適当な理由をつけて断って彼女の元で二人花火を見ていた。そんなことを毎年繰り返していたある年、中学3年のときだった、その年には早くに祭りに行って出店で買ったたこ焼きやら焼きそばやらを手にもち山道を歩いていた。その年になれば小遣いも増えて500円は私の持つ財布の中身の一部になっていて、出店特有のやや高い食べ物もいくつか買えるようになっていた。
それでもあの日から私はかき氷は出店で買って食べることはなかった。夏祭りのかき氷といえば彼女の出してくれた、あの雪のようなもの以外に考えられなかったからだ。
「いらっしゃい」
彼女のその声を聴きたいがために毎年山を登る。成長した私は背もいつも変わることのない彼女とほぼ差がみえないほどになったこともあっていつの間にか友達と接するような砕けた話し方になっていた。
「おー、食いもん買ってきた。なんかいる?」
「お祭りっぽいね。でもわたしは大丈夫。全部食べていいよ」
そう彼女は家の中から声を出す。毎年だった。彼女は祭りでもなにも食べることはない。そして家から出ることもない。私は軒下の縁側に座り、彼女は扉の外れた家の中から声を出す。なんとなしに続いていた私と彼女の距離。
ドン!
なんでもない話をしていたらいつの間にか花火は始まりの音を鳴らしていた。
だがその日の私は違った。3年前に1度、度彼女に入ってはいけないと言われてから嫌われたくない一心で変えることのなかったその距離。年を重ねたせいだろうか、その日の私は彼女に近づきたくなった。触れてみたくなった。縁側の上に身体を持ち上げ、花火に気を取られてこちらを見ていない彼女の方に向けて私は手を伸ばした。ぎぃと古びた縁側が音を鳴らし、彼女はこちらに気がつく。
「! ダメっ!!」
私の手は止められた。止めたのではなく、止められたのだ。縁側と彼女の部屋の間、扉があったであろう敷居の位置でまるで見えない壁に遮られるようにして私の手は止められていた。手に力を込めてもその先へ手の動く様子はない。私は顔をあげた。そこには彼女の悲し気な顔があった。その顔は今にも泣きそうだった。それでも作り笑いを浮かべて
「ばれちゃったね」と笑った。
それから彼女はゆっくりと話し始めた。自分が雪女の妖怪であること、数100年前にこの山に封印されたこと、年に1度その夜だけ封印が弱まり人間に見えるようになること・・・
「本当は見えるだけで人が来れないようなっているはずなの。お祭りをして人が山に登ってこれないようになってて・・・・でも子供だったからかな、偶然あなたがここに来れてしまった。」
彼女の声に耳を傾ける私の耳には花火の音は入っていなかった。
「雪女って悪い妖怪なの。男の人を騙して、凍らせて。 だから・・・もう、」
天から降り注ぐ光だけがへたり込む彼女の姿を映し出していた。彼女は泣いていた。私には分からなかった。なにも分からなかった。今までに聞いたことのないゲームやマンガでしかないような話を聞いて動けないまま。理解できるはずもなかった。
ただ、それでも、非現実的な彼女の話にひとつ間違ったことがあると思った。
「・・・手」
「えっ?」
「手、出して」
彼女はゆっくりと、震えながらその白い腕をそっと私の手の方へ伸ばす。よくみるとか細い腕だった。彼女の手のひらは私の手の前まで来て・・・そして、止まった。内と外の間、僅か数センチ。僅か数センチメートルの見えない壁が私たちが触れ合うのを遮っていた。それでも今までに比べればはるかに近い距離だった。
「ほら、あなたとは・・・生きる世界が、」
「偶然じゃない」
彼女は目を見開いて私を見る。薄い氷の膜が張ったように彼女の瞳は涙でかきらきら反射していた。
たとえ、子供であったことが理由の一つであっても。たとえ、偶然この山に迷い込んだとしても
たとえ・・・この想いが雪女の力で引きよせられたものだとしても、
もし意思の介在しえないことが偶然だというのなら、これは決して偶然ではない。
「あなたが優しかったから!ここまでいられたのは一人になった俺を助けてくれたからだ!俺と一緒に花火を見れたと笑うあなたがあまりにも嬉しそうだったから!だからっ!」
彼女が一人でいるのが耐えられなかったから・・・他の誰でもない。ひとりはさみしいものだと教えてくれた、彼女が。だから
「今度は、俺がッ!!」
あなたをひとりにしない
そこまでいって私はその場で咳き込んだ。呼吸をするのを忘れてしまうほどに脳から口へと最短で溢れるように出た言葉はきっと彼女の話と同じように理解のしやすい話し方ではなかったと思う。今でもどういったかは曖昧だし、彼女にどう伝わったかも分かるものでもない。出しきった私の口は行き場をうしなって震えていた。
彼女はただ私の言葉を黙って聞いていた。私の洪水のような言葉に押されて口を挟む隙がなかったせいでもあったろう。私の口が止まって数秒の間があった。彼女の口が動き出す。泣きそうな顔で、その口から出る言葉は雪のように今にも溶けていってしまいそうな不安さを含んだ声だった。
「・・・・ほんとに?本当にまた会ってくれるの?」
「当然」
「妖怪なのに?」
「そんなことは関係ない」
次の言葉を彼女は探す。いつのまにか花火は終わっていて暗闇のなかを月光だけが私たちを照らしていた。周りの林からはなにの音も聞こえず、ただ互いの息遣いが強く聞こえた。あらゆる現実から切離されたような寂しい場所でその息遣いだけが互いがひとりではないことを伝えてくれていた。彼女は二度、三度息を吸ったり、吐いたりして絞り出したように
「ありがとう」
それを言う相手がいることをかみしめながら彼女は笑っていった。その後、私たちはまた来年も会うことを約束して、ほんの数分、触れ合えない距離の間でただそこにいてくれる互いの感触を静かに噛みしめていた。
次の、さらに次の年は高校生となった私と彼女のふたりは変わることはなく花火を見ていた。変わったことと言えば私たちの距離だったろう。家から出てこられない彼女の立つ場所は変わることはなかったが私は縁側にしっかり体を乗せ、透明な壁にもたれかかり花火を見ていた。もどかしくも嬉しい、互いの呼吸が聞こえるほどの距離、それが私たちの新しい距離だった。
それから少しではあるが私は妖怪の封印というものについて調べていた。図書館へ赴いて伝承などを見たり、神社などに訪れてそれとなしに聞いてみたり。しかしやはりと言うべきか簡単に良い結果が得られるものではなかった。
しかし、その時間も長くは続かなかった。なんてことはない話だ。非現実的な世界と関わってきた私も現実を生きなければいけないというだけ。まあ、要するに大学受験の問題だ。そのとき私はそれなりに頭がよかったが田舎ということもあって家から通えるような大学はなかった。私は地元で働く気ではあったが両親に大学には行ってほしいということで遠くの大学で寮に入ることになりそうだった。受験はまだではあったがそうなれば私は地元から出なくてはいけなかった。
高校3年生の夏、真夏日と言われるほどに気温の高い日だった。蝉の声が耳に残り続けるほどにうるさく鳴り叫ぶ日だった。受験勉強をほどほどにわたしは山を登っていた。時刻は黄昏時。わたしはいつもの年と同じように雪の道に導かれ山を登っていた。
木々の間を抜け、一年ぶりの古びた小屋が見えたとき、彼女は見えない壁の奥でぶんぶんと手を振っていた。その喜びようにわたしも嬉しくなったものだ。しかしそう喜んでばかりもいられない。地元を出てしまえば私はこの場所に来られるかは分からなくなる。そうすれば彼女への誓いを果たせないものになってしまう。花火が始まるまでの間、わたしと彼女は1年で溜まりに溜まったなんてことのない話をしていた。私はすぐにでも例の話をしたかったが彼女の本当に楽しそうな顔を見て、これが悲しみに覆われてしまうのではないかと、そうなったら私は見えない壁を言い訳にその場から逃げ出してしまうだろう、そう思っていた。
「もうすぐ花火が始まるかな。今年はどんなのが上がるんだろうね」
彼女はそう楽しそうに笑っていた。私も嬉しかった。このまま時が凍りつき、永遠に氷の彫刻としてこの二人だけの時間があればいいのにと思った。しかし、花火までの時間は止まることはなかった。腕時計を見る。残り3分。私は縁側に立ち上がり、立っている彼女の方を見る。もはや私と彼女の背の高さは拳2つ分ほどの差にまでなっていた。
私は手を伸ばす。彼女もまた手を伸ばしてくれた。いつも通りの見えない壁を挟んでふたりの手の平が重なりあっていた。これが限界の距離。彼女は「こりないね」と笑っていた。私も笑った。これ以上は近づけない、それが私と彼女、人間と妖怪の近づける距離だった。このときまでは
結局私は封印を解く方法について確信が得られるような情報は得られなかった。雪女が封印されているという話もそれの解き方がただの一般人たる私が知れるものであるはずなかった。ただ様々な伝承を調べているうちに一つ、あったのだ。
「一緒に花火を見よう」
「毎年見てるじゃない」
「いいや、俺は隣で見たいんだ」
「できないよ、私とあなたは人間と妖怪だから」
ただ様々な伝承を調べているうちに、一つあったのだ。私はとけると分かった。
「大丈夫。 俺が許す 」
瞬間、それは音もなく消え去って私と彼女の手はぴったりと触れ合う。彼女は信じられないといった風に私を見ていた。彼女の手は背中を撫でる夏風に反して氷のように冷たかった。
招待の法則
境界伝承、魔契約思想。様々な言い方、伝承があるが簡単に言えば悪魔は人間の許可がなければ干渉ができないといったものだ。だから悪魔は人を惑わして誘うのだ。自分を入れるようにと。
惑わすものが悪魔ならきっと、あの日から私は悪魔に魅入られていたのだ。白く、美しく、そして可愛らしい悪魔に。そしてその隔絶はなにも嫌がらせなんかではなく人間を守るためのルールであるだけ。
私は封印を解いた。その代償として私の魂はこの美しい悪魔に奪われるはずだった。魂ごと凍らされ彼女の力の一部となるのだと。私はそれでもよかった。悪魔に魅入られた私はそうなることすらも嬉しいことに感じた。そしてそれ以上にこの小さな小屋のなかで彼女がひとりでいることが耐えられなかった。
だが、彼女は私の魂を奪うことはなかった。彼女はにっこりと微笑むとぎゅっと私の手を握り、裸足で私の手を引いて小屋の外へと足を伸ばす。冷たいはずの彼女の雪のような肌からじんわりと熱が伝わっていくのを感じた。
「行こう」
ひた、ひたと彼女は私の手を引いて歩いて小屋の前の土を踏む。古びた縁側には彼女の歩いた軌跡がはっきりと残っていた。
私も手を引かれて小屋の前の土を踏む。私はそのとき初めて彼女の隣に立った。彼女の横顔を見た。隣に立つ彼女は、それまで見たなによりも美しかった。初めて繋いだ手のひらは冷たいながらじんわりと湿気を含み、ぽたぽたと雫が垂れていた。
そこから私たちはなにもしゃべらなかった。ただ触れ合う手のひらの感触から互いの存在を確かめるようにしてただ静かに立っていた。
花火があがり始めても私たちはそうしたままだった。咲き、散って、また咲いてと光の花が天でなんども現れる。私たちは互いを見ることはなくただ花火を見ていた。もはや私たちに顔を合わせる必要も声を掛け合う必要もなかった。
「あ、あれで最後だね」
彼女はこちらの方を見ないでそう言った。私もただ空を見上げて少しずつ上り続ける光の種を見ていた。
ふっ、と光が消えたと思うと次の瞬間にはどーん、と今までに見たことのない大きさの光が太陽と見違えるほど光輝いていた。私はその光に目を奪われていた。彼女はふふっと笑った気がした。
大きな音と散り落ちるような光が余韻として残っていたそのとき、ふと私の頬に冷ややかな感触があった。その冷たさは氷を当てられたようでありながら、どこか柔らかく、そして温かかった。
ふっ、と私の手が空を切る。私は彼女がいた場所に目をやった。
彼女はもう、そこにはいなかった。ただ彼女のいた場所に小さな水たまりをつくってまるで煙のようにどこかへ消えてしまった。私の手と目元を濡らし、永遠に残り続ける冷ややかで温かな感触を私の肌に残して彼女は冷たい一筋の風となって消えてしまったのだ。
私は少しした後、山を下りた。
あれ以来私が彼女に会うことはなかった。それから私は都会の大学に受かったことを皮切りに地元から離れ、めったに戻ることはなかった。2年目だったか祭りの日帰ることができたので、記憶に残る白い道をたどってみたがあの場所は溶け落ちたように消えてにたどり着くことが出来なかった。それ以来私はもうあの山の中に行くことはなかった。
これが私が覚えている記憶と感触のすべてである。
余談ではあるが、社会人になってから数年私はとある女性と結婚した。
彼女の肌は雪のように白く、美しかった。
彼女は、とうしていなくなったのか。風のようにどこかにいってしまったのか。それとも溶けてしまったのか。溶けてしまったとしたらそれはなぜなのか。夏の暑さかそれとも・・・
雪女と花火の日 読んでいただきありがとうございます




