第7話 殿下のひと言で、推しにクビを切られそうです
アレンの自室では、先程から微妙な空気が漂っていた。
それは、何の前触れもなく唐突にやって来たローブの男が原因である。
「……せっかく封書を渡しましたのに、わざわざ来るなら意味ないのでは?」
「相変わらず頭が硬いなアレン。ちっとも返事がないから来たんだよ」
「相変わらずなのはあなたの方ですよ。ーーー殿下」
殿下と呼ばれたウィルーーーウィルフレッドは、肩をすくませてフードを取った。
そこで、ようやく男の風貌が外に晒される。
王族の証である白に近いプラチナブロンドに、透き通った紫の瞳。その髪の美しさに引けを取らぬ程の美貌。
柔和に笑う姿は、男だろうが女だろうが虜にしてしまう魅力があった。
アレンは一層眉間に皺を寄せて、目の前の主人を見つめる。
「一体、どういうつもりですか?」
「え?何が?」
「舞踏会の件です!返事も何も、俺は行かないとあれ程言ったではありませんか」
「アレン。君も良い歳だ。そろそろ身を固めないと困るのは君だろ?」
確かに見合いの話がひっきりなしにきて疲れ果てていたアレンはグッと喉を詰まらせる。
「”私”も周りが煩くてさ。アレンが一緒なら心強いんだが」
「っ、分かりました」
こめかみを揉みながら、アレンはため息を吐いた。
「しかし、何故騎士団“全員”なのですか?俺だけ出席すれば…」
「普段の慰労も兼ねてだよ」
スッと己の主人を見つめるアレン。
それに、眉を下げたウィルが再び肩をすくめて笑った。
「新入りの子、面白そうだったから」
出た。
思わずアレンは目を細めチベスナ顔になる。
このウィルフレッド殿下の「面白い」には碌な事がない。
これのせいで散々面倒事に巻き込まれて来たのだから。
「異世界転移者ってだけでも面白いのに、女の子そばに置くなんて信じられないでしょ。もう気になって仕方なくてさ」
ーーーつい先日まで「男」と思っていたなど、口が裂けても言えない。
言ったら最後、数ヶ月は同じネタで笑われ続ける。
「それに、結構美人だしね。」
ウィルがさらりと微笑みながら口にしたその言葉に、
「……え?」
アレンは思わず聞き返した。
眉間の皺が消えるどころか、今度はピクリと片眉が跳ね上がる。
「……誰がです?」
ウィルは「何をいまさら」という顔で置いてあった紅茶を啜った。
「誰って、君の雑用係ちゃんだよ。ちゃんと見た?あれは“化ける”よ」
その瞬間、アレンの脳裏に先日窓越しに目が合ったアキの姿が浮かんだ。
ボロボロの服、手にはモップ、髪にほこり。鼻横にスス汚れ。
……だが、確かに、線も細いし肌も白く…
(……いやいやいやいや)
頭を振るアレン。
何かがバグったような感覚に、思わず目元を手で覆ってうつむいた。
「……つまり、あの封書は殿下が直接受け取ったのですね?また城を抜け出したんですか」
「酷い言われよう。市井をこの目で見るから、良い政ができるんだよ」
確かに、これが殿下の良いところだ。
庶民の目線で物事を考えられる殿下がいるからこそ、この国は住みやすく、繁栄している。
ただ、彼を警護する立場には決してなりたくはない。
毎回彼が城を抜け出す度に、大目玉を喰らっているはずだから。
「女の子1人でお使い行かせるから、ついお茶もしちゃった」
「……本当に、何のために封書を…」
「ふふ、本当に可愛い子だったよ」
その瞬間、再びアレンの脳裏にアキの顔が浮かぶ。
真剣に窓をふき、ヴォルトと楽しそうに掃除をしている姿が。
「ーーー余計な事考えさせないで下さい」
「え?この一瞬で何考えたの。…まあ、案外好みだと思うけどね」
「絶対に違います」
キッパリと断言する。
その時の凛々しさは、騎士の誓いを立てた時のそれと同じだった。
「……とにかく。俺はあくまで、仕事で参加するだけですから」
「わかったよ」
ウィルはふわりと笑って立ち上がる。
アレンの肩を軽く叩くと、悪戯っぽく囁いた。
「じゃあ当日楽しみにしてるね。“雑用係ちゃんのドレスアップ”」
言いたい放題言って出て行く王族の背中に、アレンは静かに顔を覆った。
ガチャんと閉まった扉を見て、アレンは深々とため息を吐いた。
(ーーークソ、俺とした事が…)
女には、出来だけ近付かないようにしてたのに。
これまで「男」としか思っていなかった存在が、実は女だったなんて。
それも、異世界転移者ときた。これではすぐに辞めさせる訳にもいかない。
(……いや、待てよ…。雑用の仕事が完璧じゃなければ…言い訳も立つ)
一縷の光を見たアレンは、早速雑用係を辞めさせる為に職務を偵察しに向かうのであった。