第5話 あの雑用、女だったか?
数日後の夕暮れ。
騎士団本部の奥、アレンハルト・ハザルの私室では、書類の山に囲まれたアレンが珍しく眉をひそめていた。
手にしていたのは、先日アキに届けさせた封筒。その返書である。
差出人の名前を見て小さくため息を吐いた彼は、封を切り中身を静かに確認する。
その瞬間ーーー掴んだ紙が微かに震えた。
ちょうどその時、タイミング悪くジュードが報告書を手に入室してくる。
「失礼します団長。ヒプリ地区の件、報告を……って、どうしました?そんな顔して」
アレンは返事もせず、深く刻まれた眉間のまま再び封筒の中身を確認する。
そして、唐突に言い放った。
「……あの雑用。女だったか?」
「……は?」
あまりの発言に、ジュードが硬直する。
普段、ズバズバと何でも言うジュードでさえ、思わず“ないわ”と思うレベルである。
「これを見ろ」
アレンが差し出したのは、薄紙の招待状だった。
そこには、騎士団長アレンハルト宛てに書かれた、とある“舞踏会”への正式な招待。
しかもーー
「騎士団に所属する者全員、“男女共に”正式な装いでご参加下さい、とある。この騎士団に女などいないはず…と思ったが」
「……まさかとは思いますが、今まで本当に男だと思ってたんですか?」
「……」
アレンは無言で目を伏せた。
ーーー”やっちまった”。
心の声が、そう顔に書いてある。
そう。彼はまだ“アキの名前すらろくに知らない”。
そこでアレンの意識が初めて「雑用」ではなく、「一人の人間」としてアキに向くのであった。
◇◇◇
その頃アキはというと。
相変わらず騎士団駐屯地で雑用業務に明け暮れていた。
アキの両親は交通事故で彼女が幼い時に亡くなっている。
それから施設で育ち、18歳から清掃業一筋で生きてきた。なので、こういった仕事には慣れている。
無駄なく、静かに、完璧に。
チリひとつ残さず、手垢ひとつ残さず!
異世界に来ても、やることは変わらないし正直困る人もいない。
だからこそ、この生活が心地良く感じ始めていた。
だってここには仲間もいるし、心置きなく推しも観察できるしね!
今日はヴォルトと共に、大窓を徹底的に磨き上げていた。
「あ、アキさん、ここちょっと残ってますよ〜」
「おっと。任せて下さい。ここはプロの私が」
タオルで仕上げ、まるで通り抜けられるくらいの澄み切った窓にふと視線を上げる。
その瞬間ーーー目が合った。
(……え?)
窓の向こう、向かいの中庭を横切っていたアレンと、ばっちり目が合ったのだ。
真紅の瞳。まっすぐな視線。
いつもなら完全無視か、合ってもすぐ逸らされる筈の視線が、いつまで経っても離れない。
ーーーっキャプチャ保存……じゃなくて!!
アキは思わず顔を赤くしてしゃがみ込んだ。
「アキさん!?どこか痛めました!?」
「違っ…推しが!!」
「おし?」
混乱するアキの横で、ヴォルトが困ったように首を傾げる。
当のアレンはというと、立ち止まったままアキをじっと見ていた。ほんの数秒だけ。
そして、何を思ったのか、深く眉を寄せ静かにその場を去っていった。
「…あれ?団長…?」
ヴォルトがその後ろ姿を見て、納得したように頷く。
「何だ。掃除の進捗見に来たんすね」
「ーーーあ、ですよね」
その言葉にスッと頭が冷静になった。
そうですよねー。
まさか私をじっと見つめてたなんて、勘違い乙!
(……でも、初めてあんなに長く目が合った……)
ーーーこれは、地味に嬉しい“記念日”だ。
推しと目が合った。それだけで生きていけるというもの。
どんなに腹立たしい態度を取られても、やはり推しには敵わないのかも知れない。
アキは赤くなった顔を押さえながら、そう思うのであった。
ここまで読んでいただいてありがとうございます!
初投稿でランキングに入ってびっくりしてます。皆様のお陰ですー!!
ありがとうございます泣
ストレス社会に少しでも笑いをご提供できれば本望です。