第28話 私の好きだったセリフを推しが言いました。ミアに向けて
久々に王宮の門をくぐったアキは、落ち着きなくキョロキョロと周囲を見ていた。
舞踏会の日以来の来城だ。
改めて見る護衛の騎士達や豪奢な回廊に目を奪われながらも、どうしても心の中は落ち着かない。
だってここは、今まさにアレンとミアが過ごしている場所だから。
「さ、じゃあ早速お仕事始めようか」
いつもの調子のウィルに連れられて、執務室へ入るアキ。その部屋も豪華な調度品や質の良い椅子が並び、思わず緊張する。
「まあ、座って座って」
「……あの、今更ですけど仕事って…」
「なに、簡単だよ。“私”と雑談してくれれば良いんだから」
◇◇◇
「で、その『コンビニ』っていうのは、夜中でもおにぎりが買える場所なんだっけ?」
「そうです。あと、アイスも売ってますよ」
「なんて魅力的な国なんだ、日本……!」
ウィルは目を輝かせ、「あいす」と呟いて側に控えていた秘書官の1人に指示を出す。
恐らく商品化するつもりだ。本当に仕事が早い。
「……いいのかな、こんなので給料貰って……」
「いいの。すごく貴重な資料になるんだから」
言いながら、ウィルは本当に楽しそうにメモを取っていた。
皇太子って、案外暇なのかもしれない。
「さて、午前中はこのくらいにして、少し庭園でも見てきたら?」
「え?」
「案内役も付けるよ。たまには花でも見て癒されて?」
そう言ってウィルが呼んだのは、にこりと柔らかく笑う金髪碧眼の青年。
「初めまして。俺はカイン。よろしくね」
アレンやウィルとは違った、どこか色気のある泣きぼくろのイケメン。
その目元と口調には、妙な余裕が漂っている。
(……チャラい)
「じゃ、行こうアキちゃん」
「あ、はあ……」
初対面にもかかわらず、当然のように“アキちゃん”呼びをされ、サッと手を引かれる。
(……慣れてやがる……)
視線をウィルに送ると、彼は書類片手に秘書官と真剣な話を始めていた。
たまに「あいす」や「だんご」などが聞こえて来て、アキは何とも言えない表情になった。
……どうやら逃げ道はなさそうだ。
◇◇◇
庭園には色とりどりの花々が咲き乱れ、あまりの美しさに思わず声が漏れる。
「……わぁ…!」
その横で、カインがくすっと笑った。
思わず怪訝そうな表情で見てしまう。すると「いや、可愛いなって」と予想外の返答をされ、思わず目を丸くした。
咄嗟にアキは思わず自分の服を見下ろす。
もちろん、舞踏会で着た綺麗なドレスなんかなく、着古した騎士団の簡易制服にノーメイク。
この人、“男”として見るどころか、“可愛い”と?
(……良い人だ……)
自分でもチョロいとは思う。でも、そう思ってしまうのは、仕方ない。
その時だった。
庭園の奥ーーー……
並んで歩く、アレンとミアの姿が見えた。
「ーーー!?」
「……?どうしたの、アキちゃん」
急に固まったアキに、首を傾げたカインがアキの視線を辿る。
「あ、騎士団長。……と、隣国の姫君だね。……凄いお似合いの2人じゃない」
デート中かな?
軽口を言うカイン。だが、アキは反応する余裕なんて無かった。
ーーーそこには、決して自分には見せる事のない「紳士」なアレンがいた。
守ってあげたくなるようなか弱い美少女のミア。その彼女が転ばないようにー……手を握って先を歩く凛々しい騎士は、紛れもなく「彼」だ。
……お似合いだなんて……そんなの、誰が見たって分かる。
そう思った次の瞬間、信じられない光景が目に入ってきた。
ミアが足を滑らせ、よろめいたのだ。そして。
「ーーーしっかり。ちゃんと俺の手を握っててください」
(………え?)
そのセリフは、その声は……よく知ってる。
だって、私の推し小説の中で1番好きなセリフだったから。
そして……目の先で、転びそうになったミアを抱き止めたアレンがいた。
それは、正しく小説通りの展開で。
ふと視線を感じたのか、こちらを見たアレンと目が合う。
その瞬間、彼の燃えるような瞳は見開かれ、明らかに息を呑んだのが分かった。
(ーーーああ、もう、嫌だ)
「っ、カインさん、行きましょう!」
アキは咄嗟にカインの手を引いて、踵を返す。
視線も、声も、振り向きもせず、ただ全力で庭園を駆け抜けていった。
張り裂けそうな胸を、誰にも知られないように。




