第21話 推しに狩られると思ったのに告白されました
会場に通じる扉をくぐった瞬間、アキは思わず「うわぁ」と感嘆の声を上げた。
広い大理石の会場、高い天井から吊るされた豪華なシャンデリア、そして宝石のような調度品や食器たち。
もちろんそこにいる人々も色とりどりの素敵な衣装を見に纏い、正しく見た事のない世界に来たようだった。
ーーーだからだろうか。
アキが会場に入った瞬間、会場の空気が揺れた。
(……やっぱり、黒髪アジア人は目立つよね…)
周囲からの視線が、とてつもなく鋭い気がする。
アキはそう思い、ヴォルトに隠れるように縮こまった。
実際は、“騎士団唯一の女性”という事で注目を集め、その上アキのエキゾチックな美しさが視線を集めていたのだが。
(…いや!しっかりしろ自分!ウィルさんに…皇太子にドレス姿を見せれば仕事貰えるんだから!)
それに、ざわつきならアレンの方が上だった。
一歩先に会場に入った瞬間、男女問わず声が上がりまさに「主役」の登場かと思うくらいだった。
思わずちらりと視線を走らせる。
誰もが振り返るほどの整った凛々しい顔立ちに、真紅の髪。燃えるような色の瞳を持ち、均整の取れた逞しい身体に長い四肢。
ピタリと身体に合った衣装はシックな黒で、所々赤い刺繍が施されたそれは、彼の魅力を引き出すには充分すぎた。
(……悔しいけど…カッコ良すぎる)
だが、この人はミアのものなのだ。
どう足掻こうが変えられる事実なのに、何故か泣きそうになってしまう。
そう思った時だった。再びざわりと空気が凪いだ。
2階の壇上からウィルフレッドが姿を現したからだ。
「皆、今日はありがとう。そして、珍しいゲストがいる。日頃帝都を守る騎士団の皆だ」
そう言って視線を騎士団に向けると、会場の人々も合わせて一斉に視線を向けた。
思わず緊張するアキだったが、目が合ったウィルにこっそりウインクされて、ホッと息を吐いた。
(……よし、契約成立!)
これで王宮の仕事は確約だ。後はご飯食べてさっさと帰ってお終いである。
「そして、今日はもう1人特別ゲストがいる。隣国から視察にやって来たミア・ナディア嬢だ」
(ーーーあ……)
ざわりと、会場がどよめいた。
口々に「美しい」や「可憐だ」などと声が飛び交う。
ーーー淡い青色の髪にブルーアイズ。女の私でさえ目惚れるほどの美貌に、思わず守りたくなるほどのか弱さ。
一目で分かる。この人が、主人公なのだと。
……そして、アレンのタイプそのもの(小動物系可愛い女子)だという事も。
アキは初めてズシンと心臓が重くなった。
(……こんなの、誰だって夢中になる子じゃん)
「?大丈夫っすか、アキさん」
「……あ、ごめ……大丈夫なんで」
「えっ、でも……」
心配するヴォルトが背中を摩る。
今はこの優しさが身に染みる。
もう、終わったわ。何もかも。
そう思って、ついアレンをチラリと見た。
そして、ヒュッと呼吸が止まった。
ーーー何故か、こちらを物凄い殺気を込めた目で見ていたからだ。
え、何で?そう思う前に「逃げよ」と直感が囁いた。
何だかよく分からないけど逃げなきゃヤバい気がする。
そう、狩られる。
咄嗟に「ちょっと休憩室に行く」とヴォルトに告げて、そそくさとこの場を去る。
会場から出る扉に手を掛け、確認するように背後を振り向くとー…
何故かアレンがこちらを真っ直ぐ睨んだままズカズカ来るではないか。
(ーーー怖!!)
急に何なのよ!
そう思ったが、考えている余裕などない。とにかく、早く逃げなければ。
アキは素早く扉を閉め、ドレスを持ち上げて廊下を走る。
突き当たりを曲がったところで、誰かにぶつかった。
「っ、ごめんなさい」
「いや、俺の方こそー……おや、とても美しい方ですね?」
目の前に、20代半ばくらいの男性がいた。もちろん、初対面だ。
だが、その人は流れるようにアキの手を取ると「お名前は?」と甲にキスをしようとしてー……次の瞬間青ざめた顔で脱兎のように逃げて行った。
(……あ、終わった)
あっという間に姿を消した男性の様子に、アキは言わずとも背後に誰がいるのか分かった。
ギリリと機械音が鳴りそうなほどぎこちなく振り向いた先、目線で人を意殺せそうなアレンがいた。
「ーーーどこへ行く気だ」
「あ、えーと、おトイレに」
「トイレは逆方向だ」
「えー?まあ初めての場所だし、迷っ……」
バァン!!
(ーーーひっ!?)
耳元で響く爆音。
会話の途中でアレンがものすごい勢いで壁に手を押し付けたからだ。
(……っあ!これが壁ドンってやつ……)
そう思ったが、決して喜ぶ状況ではない。
目の前の推しが殺気の塊になってるからだ。自分の想像する甘々な壁ドンとは程遠い。
「な、何……」
「何?こちらのセリフだ。何故俺から逃げる?」
「っえっ?いや、別に」
「たった今走って逃げただろ」
(そりゃ、そんな人を殺しそうな形相で追いかけて来たら誰だって逃げるわ!)
「他の男と気軽にデートする癖に、ヴォルトから撫でられても何も言わない癖に。……俺には、目が合っただけで逃げるのか」
「……え?」
思わずポカンと口を開ける。
(……?なんか、この言い方だと嫉妬してるように聞こえるんだけど)
呆然と固まったままのアキに、アレンは再び爆弾を落とした。
「お前、俺から逃げられると思うなよ」
「………?」
このセリフ…何処かで聞いた…いや、見た事がある気がする…。
(……あ!)
あれは、アレンの執着から逃れようとしたミアに怒ったアレンのセリフだ!
ただ、小説では「俺から逃げないで下さい。お願いです」って言ってたけどな!
「っちょ、団長ー、冗談キツいですって!こんな言い方だと、まるで私の事が好きみたいじゃ……」
「何が悪い」
「ーーーっえ」
「お前を好きで、何が悪いんだ」
……え。
頭が真っ白になった。
言葉が出ない。ドキリと跳ねた心臓の音がうるさくて、何も聞こえなくなった。
ーーーそして、それが理解できた瞬間、アキは顔が真っ赤になった。
「っ、な、…な……!?」
自分でも分かるほどの挙動不審。
そして、アレンはそんなアキを見て、居を突かれたように目を見開き……そして見た事もない深い笑みを浮かべた。
「なるほど?どうやらお前はハッキリ言った方が良いらしいな」
「っ!」
(な……何これ、本当に?……本当に、私の事を…?)
ーーー違う!頼むからやめてって!
こんな状態でミアに会ったら……どうせ、アレンはミアに恋に落ちるのだ。
たった今告白された事なんて、黒歴史とか言い出すに違いない。
天国から地獄に突き落とされる時ほど、余計に辛い。お願いだから本当にやめて欲しい。
そう思った時だった。
「ーーーあら、こんな所に人が……きゃ!?」
鈴の音を転がしたような可愛らしい声。
一瞬でアキとアレンはその声の主を見る。
ーー主人公ミアが、顔を赤くしてその場に立っていた。
(……だから、やめてって……思ったばかりだったのに)
本当に、自分の人生こんなのばっか。
アキは、どうしようもなく胸が苦しくなるのであった。




