第9話「名前が追いかけてくる」
昼休み。
いつもの白鷺台高校の教室が、なんとなくざわついていた。
その理由は、僕――一ノ瀬 陽斗にも分かっている。
「なあ、あの動画の子、マジでうちの学校じゃね?」
「白鷺台の制服、これじゃね?」
そんな声が、そこかしこから聞こえてくる。
(やっぱり……)
結城 美玲の動画は、あの後さらに再生数を伸ばしていた。
コメント欄にも「白鷺台っぽい」「あの教室じゃない?」なんて書かれ始めている。
そして、当然のように噂は学校にも波及しはじめていた。
ちらっと美玲の方を見やる。
彼女は、今日も静かに本を読んでいる。
だけど――指先が、わずかに震えていた。
***
放課後。
帰り支度をしていた美玲に、僕は声をかけた。
「結城さん、ちょっといい?」
彼女は少し驚いた顔をしながらも、こくんと頷く。
僕たちは校舎裏の人気のない場所に移動する。
ここなら誰にも聞かれない。
「……噂、広がってるね」
先に口を開いたのは、美玲だった。
「知ってる。昼休み、ちょっと騒がしかったし」
彼女は微かに息を吐いた。
怖い。……でも、それ以上に。
「……多分、もう逃げられないんだと思う」
「逃げないの?」
僕の問いに、美玲は小さく笑った。
「最初は、怖かったよ。知られるのも、変に騒がれるのも。
でも……歌って、誰かに届いてこそ意味があるんだなって」
言葉は静かだったけど、揺らぎのない強さがそこにはあった。
僕はその横顔を見て、自然に言葉が出た。
「じゃあ、俺も支えるよ。……君がそうやって前を向けるなら、なおさら」
美玲は目を丸くして、でもすぐに少し照れたように目を伏せた。
「……ありがとう、一ノ瀬くん」
***
その夜。
僕はSNSのタイムラインを眺めていた。
美玲の動画のコメント欄には、また新しい動きがあった。
「白鷺台の生徒らしい」
「もっと特定してやろうぜ」
「次の動画も楽しみ」
(……やっぱり、広がってる)
同時に、別のアカウントが投稿しているのが目に入る。
『今注目の新人アイドル・星咲、この動画見て反応してるらしい』
(星咲……か)
その名前は、アイドルオタクの僕にはあまりにも有名だった。
美玲とは真逆の、派手で圧倒的な存在感を放つトップアイドルのひとり。
それが、動き出している。
***
(でも――今の俺にできることは)
彼女を信じて支えることだけだ。
彼女が「逃げない」って決めたなら、僕は全力で背中を押す。
例え、誰が相手だろうと。
その時、スマホの通知が鳴った。
画面には、美玲からのメッセージ。
『……次の動画、もうちょっとだけ本気出していい?』
その一文が、僕の胸に強く響いた。
(もちろんだよ)
僕は、静かにそう呟いた。
―――第9話・完―――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
作品への感想や評価、お気に入り登録をしていただけると、とても励みになります。
作者にとって、皆さまの声や応援が一番の力になります。
「面白かった!」「続きが気になる!」など、ちょっとした一言でも大歓迎です。
気軽にコメントいただけると嬉しいです!
今後も楽しんでいただけるように執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。




