第72話「君がいるから」
風が抜けていった。
彼女の歌声は、雑音にも動揺にも負けることなく、まっすぐに空へと伸びていく。
駅前広場に漂っていたざわめきが、少しずつ静まり、音に耳を傾ける“空気”へと変わっていった。
――《君に、届くまで》
そのフレーズが、心に刺さった。
モニターに映った“悪意”は、確かに衝撃だった。
でも、美玲は逃げなかった。背けなかった。むしろ、真っ正面から歌で打ち返した。
彼女の姿は――誰よりも、強かった。
***
「……やるわね」
ビルの陰。遠くからその光景を見守っていた星咲ほのかは、少しだけ口角を上げた。
「反撃してきた、ってわけね。でも、次のカードはもっと強烈よ」
その隣に控えるスタッフは、冷や汗をかきながら小さく頷く。
「い、いまのところネット上の反応は……五分五分です。“加工写真では?”という声も出ていて」
「ふぅん。じゃあ、煽ってあげなきゃ。燃えやすいように――ね」
ほのかはスマホを片手に、何かのメッセージを打ち始めた。
***
「……ありがとうございました!」
ライブが終わった直後。
深々と頭を下げた美玲に、拍手が返ってきた。
それは一部のファンからだけではなかった。通りすがりの人々、たまたま居合わせた親子、数人の学生――。
彼女の歌声に心を動かされた“観客”たちが、そこに確かにいた。
「すごいよ、美玲……ちゃんと届いてた」
僕が言うと、美玲は少しだけ照れくさそうに笑った。
「ううん……途中、ほんとに怖くて。でもね、歌いながら思い出したの。今まで見てくれてた人たちの顔とか、言葉とか」
「“信じてくれる人”って、ちゃんといるんだって?」
「……うん。陽斗くんが、それを教えてくれたから」
その言葉に、胸が少しだけ熱くなった。
***
片付けが終わり、機材をまとめていると、白石さんがそっと近づいてきた。
「速報の件、確認したよ。社内で情報を追ってるけど、証拠は弱い。捏造の可能性が高いって」
「よかった……じゃあ、問題にはならない?」
「まだ油断はできないけどね。でも、今日のライブ映像が“真実”を上書きしてくれる。……君たちのやってることは、間違ってないよ」
そう言って笑った白石さんの背中に、僕は深く頭を下げた。
***
帰り道。
夕暮れの中、キャリーバッグを引く音だけが響く。
ふと、美玲が足を止めた。
「ねえ、陽斗くん」
「ん?」
「もし……また何かあって、みんなに責められることがあったとしても……隣にいてくれる?」
その声はかすれていたけれど、真剣だった。
僕は、迷わず答えた。
「もちろん。俺はずっと、君の味方だよ」
その瞬間、美玲の目から、ひとすじの涙がこぼれた。
「……ありがとう」
その涙は、弱さではなく――強さの証に見えた。
***
一方、氷室玲香のオフィス。
今日のライブ映像を確認していた彼女は、静かに笑みを浮かべた。
「……乗り越えたわね。あの子、本当に強くなった」
その瞳の奥には、確かな期待が宿っていた。
「次は――本番。彼女が“本物”になれるかどうか、ここからが勝負よ」
玲香の視線は、すでに次のステージを見据えていた。
―――第72話・完
今日は……本当に、いろんなことがありました。
ライブ、すごく怖かった。
モニターのニュースも、みんなの視線も、全部が敵に見えて――
それでも歌えたのは、“信じてくれた人たち”がいたからです。
陽斗くん、白石さん、応援コメントをくれた人たち――ありがとう。
この歌は、きっとまだ小さい声かもしれない。
でも、「君に届くまで」私は歌い続けます。
応援、感想、いつも励みになってます。
もしよかったら、次の話も楽しみにしていてください!
またね!




