第68話「歪められる視線、試される想い」
週明けの校門をくぐった瞬間、空気が変わったことを察した。
ざわつく廊下、沈黙する教室、すれ違いざまの視線。そして――気づかないふりをするクラスメイトたち。
「……あれ、結城さんじゃない?」
「マジで? ほんとにあの写真の子?」
声はひそひそと控えめだが、明らかに意識している。それが、何よりも苦しかった。
(やっぱり、始まったな……)
先週末に投稿された匿名アカウントの写真。
駅前で並んで歩く美玲と僕。その画像とともに添えられた「アイドルとしての自覚は?」というコメントが拡散され、フォロワーの多いまとめ垢にも引用された。
瞬く間に、「交際疑惑」が独り歩きを始めていた。
***
教室の扉を開けた瞬間、教室内の空気が冷えるのを感じた。
結城 美玲は、無言のまま自席についた。誰とも目を合わせず、ただ教科書を開くふりをしている。
「……大丈夫?」
僕が隣の席からそっと声をかけると、美玲は少しだけ顔を上げて、かすかに笑った。
「慣れてるから。……アイドルとして活動してから、こういうの、何度か経験してる」
その笑顔は強がりだった。
「でも、ひとりじゃないよ。俺がいる」
静かにそう言うと、美玲の目がほんの少しだけ潤んだように見えた。
***
放課後。僕たちは視聴覚室にこもっていた。
本来なら次の動画企画の打ち合わせをする予定だったが、今日はそれどころではない。
「……ごめんね。私のせいで、陽斗くんまで変な噂に巻き込んじゃって」
「俺は気にしてない。むしろ、これくらいで折れるようなら、最初から君を支えたいなんて言ってない」
言い切ったつもりだった。でも心のどこかで、不安があった。
美玲の活動を支えると決めたのに、自分の存在が彼女の足を引っ張っているような錯覚。
「……怖いよね」
美玲がぽつりと呟く。
「みんなの前で笑顔で歌うこと、自信が持てなくなりそうで。ファンまで疑ってるんじゃないかって思うと……怖い」
「じゃあ、信じてくれる人のために歌えばいい」
僕の言葉に、美玲ははっとした顔をした。
「信じてくれる人って……いるのかな」
「いるよ。俺が、そうだから」
彼女の目が潤み、そしてゆっくりと笑みが戻った。
***
夜。美玲のSNSに、一通のメッセージが届いていた。
《もし噂が本当でも、私は美玲さんの歌に救われたから、信じてます》
それは何よりも彼女を支える言葉だった。
(まだ、大丈夫。……届いてる)
スマホを胸に当てながら、美玲は静かに目を閉じた。
***
一方、都内某誌の編集部。
「なんだよこれ、コメント欄、擁護ばっかじゃねーか。まさか“好感度が上がる”パターンとはな……」
ディレクターが舌打ちをする。
「星咲さん側からは、“もっと追及しろ”ってプレッシャーもきてます」
「週刊見出しに出せるほどの材料が、まだ弱い。もう少し泳がせて、決定打を探すか……」
***
そのやり取りをスタッフから聞いた氷室玲香は、窓際に置かれたコーヒーに手を伸ばし、ひと口だけ飲んだ。
「……本当に、面白い子」
その呟きには、軽さではなく、深い関心と敬意が込められていた。
「手は出さない。見守るだけでいい。今は彼女自身の“強さ”を信じたいの」
彼女の視線の先には、ガラス越しの夜の街――そのどこかにいる美玲の姿を、静かに思い描いていた。
―――第68話・完
こんにちは、結城美玲です。
最後まで読んでくれて、ありがとうございます。
今回の話……けっこう、苦しかったです。
噂って、こわいよね。根拠がなくても、信じる人がいて。
でも――それでも私、歌いたいって思った。
誰かに何かを言われたとしても、
信じてくれる人が、ひとりでもいるなら、私は歌い続けたい。
だって、そういう人の気持ちって、私にとっての光だから。
まだまだ、これから大変なこともあると思う。
でも、私たちの物語、最後まで見守ってくれたら嬉しいです。
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ではでは、また次回!




