第63話「“届ける”って、どういうこと?」
スタジオの扉が、重たい音を立てて閉じられた。
美玲は、ヘッドフォンを手にしながら深呼吸を繰り返す。
自分で作詞した歌。初めてのレコーディング。
(緊張……する)
でも、逃げたくない。
これは、誰かのためじゃない。自分の“声”を届けるための一歩。
「……準備、できました」
小さな声が、ブースのマイクに乗る。
スタッフの合図とともに、イントロが流れた。
陽斗が、最終調整を手伝ったアレンジ。少しだけ切なくて、でも前向きなメロディ。
美玲は、目を閉じて歌いはじめる。
《届けたい想いが 宙に浮かんで まだ言葉にならないまま 揺れていた――》
その歌声は、以前の“王道キラキラアイドル”のそれとはまるで違っていた。
芯があって、どこか痛みを孕んでいて、それでいて優しい。
(これは……“今”の彼女の声だ)
ガラス越しに見つめる陽斗の胸が、自然と熱くなる。
***
「お疲れ様! 今の、めっちゃ良かったよ」
収録後、スタジオのロビーでルカが美玲を迎える。
「えへへ……ほんと?」
「うん。もう、びっくりしたもん。あの結城美玲が、こんな歌を――って」
「“あの”って……ちょっと失礼じゃない?」
そう笑って返す余裕がある自分に、美玲は少し驚いた。
(前だったら、こんな風に返せなかったかも)
きっと、少しずつ変わってきている。歌が、自分を変えている。
***
一方、陽斗は控室の端で、スマホに何やらメモを取っていた。
「この曲を、どうやって“見つけてもらうか”……それが鍵だよな」
学校内限定の先行配信。SNS連携。口コミ拡散型の企画――
彼の頭の中は、すでに“次の仕掛け”でいっぱいだった。
そんな彼のもとに、瑠夏が声をかけた。
「一ノ瀬、これ……ちょっと見て」
手渡されたタブレットには、ある匿名掲示板のスクリーンショット。
《“彼女”の歌が、本当に自分で書いたものか怪しい――》
《裏で書かせてる“黒い関係”があるとか、ないとか》
陽斗の表情が、一瞬で硬くなる。
「これは……どこ発信?」
「拡散の起点は、業界アカウントをまとめてる“PRグループ”だった。
直接名指しはしてないけど……明らかに、美玲を狙い撃ちしてる」
「……星咲か」
名前は出さない。でも、勘ぐらせる内容とタイミング。
まるで“この歌が世に出る前に、潰すつもりだった”かのような動き。
「拡散前に先手を打つ。――俺、美玲の曲、学校で公開する」
「え?」
「ゲリラでも何でもいい。――“聴いた人がどう思うか”で勝負する」
***
放課後。校内の視聴覚室に設けられた即席の小さな上映会。
生徒たちが、ざわざわと集まってきていた。
「なんか、告知もなかったのに急に“上映会”とか」
「てか、美玲ちゃんの名前あったよな……?」
ざわめきの中、スクリーンに映し出されたのは――
先ほど収録されたばかりの、美玲のMVだった。
ナレーションも、字幕もない。
ただ、“歌”だけが、流れる。
《君に 届くまで この声で 迷いを越えていく――》
静かな教室で、誰かが小さく涙を拭う。
歌詞が、表情が、まっすぐ胸に届いたのだ。
拍手も歓声もない。けれど――確かに“届いた”という空気だけが、残っていた。
***
上映後、陽斗がそっと隣に立った美玲に声をかける。
「……届いた、よね?」
「うん。……ちょっと、信じられないけど」
「これが、君の“歌の力”だよ」
美玲の目に、ゆっくりと光が宿る。
「ありがとう、陽斗くん」
その声は、少し震えていたけれど――心の底からの笑顔だった。
―――第63話・完――




