第62話「君の声を、形にする」
レコーディングスタジオの一角。
譜面とノートが散らばるテーブルを前に、美玲は真剣な表情でペンを走らせていた。
「……うーん。『届けたい』って言葉、何回目だろ……」
つぶやきながら、何度も書いては消し、書いては消し。
書きたいことはあるのに、それを“歌詞”にするのが、こんなにも難しいなんて。
(想いだけじゃ、形にならない。言葉にしなきゃ、届かない)
その言葉の重みを、美玲は痛感していた。
***
「今、どんな感じ?」
休憩に入ったタイミングで、陽斗が差し入れの飲み物を持ってきた。
「ん……まだ全然、まとまらなくて」
美玲は苦笑しながらノートを見せる。
「でも、どのフレーズも、美玲さんの言葉なんだなって伝わってくるよ。……どこか、すごく近い」
「近い?」
「うん。“歌ってる自分”じゃなくて、“今の君”がいる感じ」
陽斗のその言葉に、美玲は少し照れくさそうに目をそらした。
「……ありがとう。でも、まだ納得できてないの。もっと、自分らしく伝えたい」
「それなら、ひとつだけ提案してもいい?」
「えっ?」
「今まで歌ってきた曲で、好きな歌詞とか、あったりする?
そういうのが、きっと“らしさ”に繋がるんじゃないかなって」
美玲はしばらく考えたあと、小さくうなずいた。
「……あるよ。すごく昔の、でも忘れられない歌詞」
「それ、大事にしていいと思う。誰かの言葉に救われた経験があるなら、今度は君が誰かの背中を押せるかもしれない」
静かな励ましに、美玲の表情が少しずつ和らいでいった。
***
その夜、美玲は一人きりの部屋でノートを広げていた。
(君に、届くまで)
ページの上に、ふと浮かんだタイトルを書き込む。
それは彼女が今まで思っていたすべての気持ちを、たった一言で表してくれる言葉だった。
――誰かの声に救われた日。
――ステージで震えながらも、踏み出した一歩。
――「頑張れ」って言ってくれた、あの人の言葉。
すべてが、繋がっていく。
「……今度は、私の番」
ペンを握る手に力を込めて、美玲は最初の一節を書き始めた。
“この声が、迷いを抜けて、君のもとに届きますように”
彼女の声は、今、静かに形になっていく。
***
一方その頃――
瑠夏と神谷は、別のカフェの隅でモバイル端末を囲んでいた。
「これ見て。あのPR会社、やっぱり特定のアーティストとつながってた。名義が違うけど、実質“裏契約”みたいなもん」
「名前は出さなくても、誰を擁護してるかは明白だな……」
神谷の目が鋭くなる。
「このタイミングで拡散された“別の案件”も要注意。星咲の名前は出てこないけど――次の狙いは、もっと直接的かもしれない」
「……私たちの手で、潰す。このままにはしない」
ふたりの決意が、夜の街に溶けていった。
***
――そして翌日。
「よし、書けた……!」
美玲は、完成した歌詞ノートを抱えて、スタジオへと駆け出した。
その表情には、迷いの色はなかった。
―――第62話・完――
こんにちは、結城美玲です。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
今回は初めて“自分の言葉”で何かを届けるって、どういうことなんだろうって、たくさん悩みました。
でも――迷ったからこそ、少しずつ見えてきた気がします。
私は、まだまだ未完成だけど。
でも、そんな私でも「君に届けたい」って、思える気持ちがある。
だからきっと、次のステージも乗り越えてみせます。
……陽斗くんも、ちゃんと見ててね。
次回も、どうぞよろしくお願いします!
P.S.
応援やコメント、すごく励みになってます。
これからも一緒に、この物語を走っていけたら嬉しいです!




