第54話「遠い日の約束」
春の穏やかな風が吹く中庭で、一人の少女が本を読んでいた。
整った顔立ちに、どこか大人びた雰囲気を纏う少女――氷室紗季。
「またそんな難しそうな本読んでるの?」
声をかけてきたのは、明るい笑顔が印象的な少女だった。
「玲奈……あなたは本当に飽きないわね」
「だって、紗季と話すの楽しいんだもん!」
彼女の名前は――結城玲奈。
氷室のたった一人の親友だった。
***
二人は高校で出会った。
成績優秀でクールな氷室と、誰とでもすぐに打ち解ける玲奈。
正反対の性格なのに、なぜか気が合った。
「ねぇ、紗季って将来どうするの? なんか目指してることとかある?」
「……芸能界に興味があるの。アイドルとか、女優とか」
「えっ、紗季が!? 意外!」
玲奈は目を丸くして笑った。
「私、絶対応援する! 紗季なら絶対トップになれるよ!」
その言葉に、氷室は少しだけ頬を緩めた。
「……もし本当にデビューしたら、一番近くで見てなさい」
「うん、約束だね!」
そう言って、二人は指切りを交わした。
***
それから数年――。
氷室は本当に芸能界の道へ進み、瞬く間に人気アイドルとなった。
一方の玲奈は、大学を卒業し、一般企業に就職。
やがて結婚し、家庭を持つことになる。
「紗季、最近すごいじゃない! 毎日テレビで見るよ!」
「あなたが言ったんじゃない、“トップになれる”って」
久しぶりに再会したカフェで、二人は昔話に花を咲かせた。
変わらない友情。
でも、お互いの道は確実に分かれ始めていた。
***
「……ねぇ、紗季」
帰り際、玲奈がふと真剣な表情になる。
「もし、私の娘が将来“夢”を追いかけることがあったら――その時は、そばで見守ってあげてくれる?」
「玲奈……」
「紗季みたいに強くて、ちゃんと叱ってくれる人がいたら、きっと安心だから」
氷室は少し考えてから、静かに頷いた。
「……分かった。約束するわ」
それが、二人が交わした最後の約束だった。
***
玲奈がこの世を去り、数年。
氷室は芸能界の頂点に立ちながら、密かに結城美玲の存在を見守ってきた。
「甘やかす気はない。……でも、見届ける義務はあるわ」
氷室の瞳には、かつての親友と同じ光が宿る美玲の姿が映っていた。
―――第54話・完――
氷室紗季よ。
……こんなふうに言葉を残すのは、私の性分じゃないけど。
今回だけは少し、過去の話を聞いてくれてありがとう。
玲奈との約束――それは、私にとってただの義務じゃない。
あの子が遺してくれた“信頼”だと思ってる。
だからこそ、結城美玲には甘い顔をするつもりはないわ。
本気で夢を掴みたいなら、それ相応の覚悟が必要よね。
……さて、あの子がどこまでやれるか。
あなたも最後まで見届けなさい。
もし、この物語に何か感じるものがあったなら――
コメントや評価で声を残していくといいわ。
その声が、結城美玲の背中を押すことになるかもしれないから。




