第43話「文化祭ステージ・本番」
体育館の照明が、ゆっくりと落ちていく。
ざわざわとしたざわめき。観客席からの好奇の視線。
舞台袖でマイクを握りしめる結城美玲の手が、ほんのわずかに震えた。
(大丈夫。準備はした。練習もした。みんなが支えてくれた)
(だから、もう――逃げない)
「……行ってくるね」
控室から見送りに来た陽斗に、そっと微笑みを向けた。
「うん、信じてる。美玲」
たったそのひと言で、心が少しだけ軽くなった気がした。
***
ステージに一人で立つと、照明の熱と視線の圧が一気に押し寄せてくる。
視界の先には、教室では見せたことのないような生徒たちの表情。
驚き、興味、ざわつき――それでも、確かに期待も混じっていた。
美玲は、深く息を吸い込む。
そして、音が鳴った。
静かなイントロ。
少しだけ空気が引き締まり、観客の表情が変わる。
最初の一音。
声が、舞台の上から放たれた瞬間――空気が、確かに変わった。
淡く、でも芯のある歌声。言葉を一つひとつ丁寧に紡ぐように。
彼女が“キラキラ”を脱ぎ捨て、“本物”の音で勝負する姿がそこにあった。
***
(あの子……本当に、同じ学校の子なの?)
(なんか、鳥肌立った……)
(地味子って言ってたの、誰だよ……)
客席のあちこちで、そんな声が上がっていた。
ステージ袖の陽斗は、そんな空気を感じながら――ただ、まっすぐ彼女を見ていた。
(……届いてる。ちゃんと、みんなに)
隣にいた瑠夏が、カメラを持つ手を止めずにささやく。
「やっぱりすごいよ、美玲は」
梓は放送室からモニターを見ながら、こっそり手を握っていた。
神谷は舞台裏のバランスチェックをしながら、
「……これ、フェスより盛り上がるんじゃない?」と小さく笑っていた。
***
間奏明け、ラストサビ前。
美玲は一瞬だけ視線を下げた。
観客の熱、仲間の気配、そして――ステージの中央に立っている“自分自身”。
あの日の自分が、確かにここまで来た。
《逃げたくなった夜を超えて
君と出会った今、私はここにいる》
ラストのサビは、まるで告白のようだった。
歌い終えた瞬間、体育館中に――静寂が訪れた。
そして。
拍手が、湧き上がった。
大きく、温かく、確かな音が、美玲の耳に届いた。
ステージ袖で陽斗が、静かに息を吐いた。
(……よくやった)
***
ライブ終了後、控室に戻ってきた美玲を仲間たちが出迎えた。
「最高だったよ!」
「めっちゃかっこよかった!」
「美玲、“地味子”卒業だね、完全に」
そう言って笑った神谷の声に、美玲も思わず吹き出していた。
そして、少し遅れて陽斗がそっと近づいた。
「お疲れさま。……すごかったよ、美玲」
「ありがとう。……ほんとに、ありがとう」
彼女はマイクではなく、陽斗の言葉に胸を震わせていた。
***
その夜、SNSでは文化祭ライブの動画が拡散され始めていた。
《白鷺台の結城美玲、文化祭で“覚醒”》
《本当に同じ人?》《この子、絶対来るわ》《星咲より刺さる》
なかには、星咲ほのかのファンと見られる一部から
「プロとしての格が違う」「一発屋で終わる」といった書き込みもあった。
だが、それを打ち消すように――生徒たちが次々と投稿を始めた。
《彼女は、学校ではいつも静かだったけど、誰よりも努力してた》
《ステージ裏、支える仲間の存在が本当に良かった》
《あの拍手、絶対忘れない》
まっすぐな“事実”が、静かに――でも確実に広がっていった。
―――第43話・完―――
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