第4話 胸の奥の約束
早朝の白鷺台高校。まだ教室の電気も点いていない時間。
僕――**一ノ瀬 陽斗**は、スマホ片手に自作アカウントの投稿を眺めていた。
《【切り抜き】“この声はもっと知られるべき”|#結城ミレイ #歌ってみた》
動画は昨日、美玲――いや、“結城ミレイ”が投稿した配信の中から、自分が一番好きな部分を切り抜いたもの。
サムネはシンプルだけど、思わずクリックしたくなるように作り込んだ。
文章も、コメントも、すべて慎重に。
あくまで“1人のファン”として。絶対に、彼女に気づかれないように。
(まだバズってはいないけど……ちょっとずつ、再生回数が増えてきてる)
陽斗は静かに画面を閉じた。
ほんの数十回の再生、それでも“火がつき始めた”手応えは確かにあった。
彼女の歌声には力がある。あとは、それを届ける“導線”さえ作れれば。
(よし。少しずつ、仕掛けていこう)
***
それから数日が経った。
陽斗は、投稿を少しずつ続けていた。ツイート、ハッシュタグ、切り抜き動画、時には他のファンの投稿に自然に混じってコメントも残した。
その間、美玲と陽斗のあいだに特別な会話はなかった。
けれど――ほんの少しだけ、彼女の様子が変わった気がした。
例えば、授業中にちらりとこちらを見てくること。
視線が合いそうになると、彼女は必ずふいっと目を逸らす。
でも、それは嫌悪感のある反応ではなく……ただの、照れや戸惑いのようにも見えた。
(……もしかして、少しだけ、意識してくれてる?)
そんな淡い期待を抱きながら、陽斗はその距離感を壊さないよう気をつけていた。
***
そして、金曜日の昼休み。
陽斗はいつものように屋上へ向かった。
誰にも邪魔されない、ひとりになれる場所。いつもなら。
しかし、その日は違った。
屋上のフェンス際に、誰かが立っていた。
セーラー服の後ろ姿。揺れる黒髪。そして、白いイヤホンコード。
結城 美玲。
彼女が、屋上にいた。
イヤホンを片耳だけに挿し、もう片方は外れている。
何かを聴いていたのか、あるいは――自分の声を確認していたのかもしれない。
「あ、えっと……ごめん。邪魔した?」
陽斗がそう声をかけると、美玲は驚いたように振り向いた。
でも、すぐに微笑んで――ほんの少し、首を横に振った。
「……一ノ瀬くんも、ここ、来るんだね」
「ああ、うん。なんか……落ち着くんだ、ここ」
それ以上の会話はなかった。
でも、ふたりで同じ空を見上げながら、風の音だけが流れていた。
沈黙は、なぜか心地よかった。
やがて、チャイムが鳴り始めると、美玲は小さく笑って言った。
「……じゃあ、またね」
その笑顔は、これまで教室で見たどんな表情よりも自然で、やわらかかった。
***
放課後、陽斗はいつものように自室のPCに向かった。
新しい動画をアップする準備をしながら、ふと昼の屋上を思い出す。
(……不思議だな)
画面の向こうにいた“結城ミレイ”と、クラスの“結城美玲”。
別々だったはずのその存在が、今、少しずつ重なり始めている。
(このまま、どこまで近づけるんだろう)
まだ何も始まっていない。
でも、何かが少しずつ動いている。
そんな気がした。
「君が夢を叶えるその日まで、俺が勝手に約束する。
気づかれなくたって、ずっと、支えてるから」
それが、陽斗にとっての“胸の奥の約束”だった。
―――第4話・完―――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
作品への感想や評価、お気に入り登録をしていただけると、とても励みになります。
作者にとって、皆さまの声や応援が一番の力になります。
「面白かった!」「続きが気になる!」など、ちょっとした一言でも大歓迎です。
気軽にコメントいただけると嬉しいです!
今後も楽しんでいただけるように執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。




