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第36話「すれ違いの予感と張り詰めた空気」

昼休みの教室。

 結城美玲は、自分の席に座るとそっとスマホを机の中にしまった。

 SNSの通知はすでに何十件も溜まっていた。


 ファンの応援メッセージ。

 好意的なコメント。

 その中に混じる、鋭利な言葉たち。


《付き合ってるって噂、本当?》

《最近、なんかキャラ変わった?》

《あの男の子、やけに出しゃばってるよね》


 (読まなきゃいいってわかってるのに、つい見ちゃう……)


 誰かに認められるたびに、別の誰かに刺される感覚。

 夢を追うほど、自分がどんどん不安定になっていくような――そんな気がしていた。


     ***


 放課後。図書室。


 陽斗と美玲は、いつものように並んで動画の素材をチェックしていた。

 神谷と瑠夏も同席していたが、二人の間にある空気の変化には気づいていないようだった。


「ここのテロップ、もうちょっと柔らかくしない? “決意”って感じじゃなくて、“想い”って感じで」


「……あ、うん。そうだね。変えてみようか」


 陽斗は返事をしながらも、美玲の声がどこか浮いているように感じた。


 (無理、してる……?)


 数日前までの彼女なら、もっとはっきり意見を言ってくれていた。

 けれど、今日は何かを押し殺しているような笑顔だった。


「……大丈夫?」


 小さな声で聞いた陽斗の問いに、美玲は一拍置いてから微笑んだ。


「大丈夫。ちゃんと寝てるし、ごはんも食べてるよ」


 それが嘘ではないとしても――本当ではない気がした。


     ***


 その夜。


 陽斗の部屋。

 PCの前で新しい動画の編集に取りかかっていたが、指が止まる。


 今日の彼女。

 笑っていた。

 でも、それは“演技”に近かった。


(守れてないのか、俺は……)


 彼女の“等身大”を支えたくて始めた活動だった。

 けれど、最近はどこか、彼女がまた“演じる”ようになってきている気がする。


 「もっと支えなきゃ」

 「もっと自分が前に出て、負担を減らさなきゃ」


 そんな思いが、焦りに変わっていく。


     ***


 翌日、昼休み。


 美玲は、校舎裏でひとりベンチに座っていた。

 スマホにはまた、いくつものDMや通知が届いていた。


 中には、こんなメッセージも。


《ファンだけど、最近のあなたはちょっと違う気がする》

《もっと自然体だったのに、最近は作ってる感じがして》


 (自分が変わってしまったのか、変えられてしまったのか……)


 陽斗くんのことは信頼してる。

 でも、私が“信じてる”だけで、彼が“正しい”わけじゃない。


 気づかれないように、大きく息を吐いた。


     ***


 放課後の帰り道。


 陽斗が、美玲を呼び止めた。


「結城さん――じゃなくて、美玲さん。少し、時間ある?」


「……うん」


 二人で歩く帰り道は、いつもよりも距離が遠く感じた。


「最近、反応が増えてきてるから……俺、ちょっと出すぎてるかもしれないなって思ってて」

「少し、表に出るの控えようかなと思ってる」


 美玲は立ち止まった。


「……どうして?」


「君のこと、守りたくて。俺が前に出ることで、変な噂とか広がるのも嫌だし――」


「……それって、私のせい?」


「え……いや、そうじゃなくて」


「そう聞こえたよ。私がちゃんとできてないから、陽斗くんが矢面に立ってるみたいに」


 陽斗も、思わず声を上げた。


「違う! そういう意味じゃなくて、俺は、ただ……!」


「わかってるよ。陽斗くんはいつも、私のことを考えてくれてる」

「でもね……私、今、自分のことも、陽斗くんのことも、どうしたらいいかわからないの」


 その声は泣き声ではなかった。

 けれど、とても悲しかった。


     ***


 その場面を、廊下の影から神谷が見ていた。

 言葉にはしなかったけれど、その空気は確かに伝わってきた。


 ふたりの背中を見つめながら、神谷は小さく息をついた。


 ――何かが、崩れてしまいそうな気がした。


―――第36話・完―――


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