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第31話「彼女の特集を届けたい」

 昼休みの図書室。


 静寂の中、放送部所属の天野あまの あずさは、台本の原稿を見つめていた。

 端正な字で丁寧に並んだ文章は、毎朝の校内放送で読む“原稿”だ。


 だが今日は、別のことが気になっていた。


(……結城美玲さん)


 先日のライブの動画。

 そして、昨日のテレビ出演。


 “あの結城さん”が、こんなにも多くの人に届き始めている。

 それが、なんだかとても嬉しかった。


(私も――伝えたい。彼女のことを、学校の皆にも)


     ***


 廊下の隅、美玲が飲み物を買っていると、背後から声をかけられた。


「あの、結城さん……ですよね?」


「……はい?」


 声の主は、眼鏡をかけた落ち着いた雰囲気の女子だった。どこか凛とした佇まい。


「放送部の天野といいます。突然すみません」


「あ、はい……」


「実は、校内放送であなたの特集を組めないかと思っていて」


「わ、私の……特集……ですか?」


「はい。最近話題になっているのは知ってる人も多いと思うんですが……、

 ただの“話題の子”じゃなくて、“この学校の生徒”としてちゃんと紹介したくて」


 美玲は少し驚きながらも、やわらかく微笑んだ。


「……ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえるの、すごく嬉しいです。

 でも、できれば……その放送内容、一緒に考えてくれる人がいて。放送とか、すごく得意な人なんです」


「その方にも、お話を伺えますか?」


「はい。放課後、教室に来てもらえますか?」


     ***


 放課後、陽斗は教室で動画のチェックをしていた。

 そこに、美玲が天野を連れて現れる。


「一ノ瀬くん。この子、放送部の天野さん。今日ちょっと、話聞いてあげてほしくて」


「……放送部の?」


「はじめまして。校内放送を担当している天野です。

 ……突然すみません。結城さんのこと、校内でももっと知ってもらいたいと思って」


「特集を……やってくれるんですか?」


「はい。学校で同じ時間を過ごしているからこそ、ただの“アイドル”じゃなくて、“私たちのクラスメイト”として紹介したいんです」


 言葉も表情も丁寧で、まっすぐだった。

 それは、誰かをちゃんと“見ている人”の言葉だった。


「……わかりました。美玲も納得してるなら、ぜひお願いします」


「ありがとうございます。本人コメントを放送に入れられたら嬉しいのですが……緊張するようなら、代読でも大丈夫です」


「ちょっと、考えてみる」


 美玲は恥ずかしそうに笑った。


     ***


 翌朝のHR後。


 校内放送が始まった。


 いつもの音楽に続いて、静かな声が流れる。


『本日の放送は、今話題の生徒、2年B組・結城美玲さんの特集です』


 教室が、静まり返った。


 スマホを取り出す者、耳を傾ける者、こっそり驚いた顔をする者。


『彼女は現在、音楽活動を行っており、先日発表したオリジナル曲がSNSで話題となっています。

 その歌には、誰かを思いやる気持ち、自分を信じる力が込められていました』


 放送の最後に、美玲から寄せられた一言が読まれる。


『どこにいても、誰にでも、何かを伝えることはできる。

 私は、それを信じて、これからも歌い続けます』


 言葉は静かだったが、その教室には確かに“届いていた”。


     ***


 放送を終えた放送室で、天野 梓は息をついた。

 緊張していた指先が、わずかに震えていた。


「……うまく届いてるといいな」


 そんな彼女の背後から、声がかかる。


「いい放送だったよ」


「えっ……小野寺さん?」


 ドアの前には瑠夏が立っていた。


「私、朝メイクの準備で来てたんだけど、偶然聞いててさ。……あれ、美玲にちゃんと届くと思う」


「……そうだと、いいんですけど」


 瑠夏はニッと笑って、親指を立てた。


「言葉って、意外と届くもんだよ。天野さん、いい仕事してるね」


 それだけ言って、瑠夏は軽やかに立ち去っていった。


 梓は、胸の中にじんわりと残るその言葉を噛みしめながら、ゆっくりとモニターを閉じた。


     ***


 放課後。


 教室では、クラスメイトたちが美玲に次々と声をかけていた。


「結城さんって、ほんとにアイドルだったんだ……!」

「昨日の放送、聞いたよ。……なんか、泣きそうになった」


 美玲は少し照れながらも、笑顔で返していた。


 陽斗は、その光景を少し離れた場所から見ていた。


(ちゃんと、伝わってる。彼女の言葉も、想いも)


 そして――誰かが、支えようとしてくれている。


 彼女は、もう“ひとりじゃない”。


―――第31話・完―――


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