第3話 本当の君を知っている
朝のホームルーム前。
教室の窓際でぼんやりと空を眺めていると、彼女が教室に入ってきた。
結城 美玲――僕の“推し”であり、今はとなりの席のクラスメイト。
今日もやっぱり、地味な雰囲気に溶け込んでいた。
でも、僕には分かる。少しだけ声が掠れていることも、まぶたが重そうにしていることも。
きっと、昨日の配信のせいだ。
あの配信で、彼女は全力で歌っていた。
画面越しでも伝わってきた“本気”。
その余韻が、まだ僕の中に残っている。
(やっぱり……本当に、君だったんだ)
確信はもはや疑いようがなかった。
同じ声。仕草。息遣い。
あれが、偶然の一致なはずがない。
***
「……あの、一ノ瀬くん」
2時間目が終わった後のことだった。
僕が机にノートをまとめていると、となりからふいに声がかかった。
「さっきの授業、ちょっと聞き逃しちゃって。……ノート、少しだけ見せてもらってもいいですか?」
一瞬、頭が真っ白になった。
彼女のほうから話しかけてきたことに驚きすぎて、思わずペンを落としそうになる。
「……あ、うん。いいよ」
なんとか平静を装ってノートを渡す。
彼女は小さく「ありがとう」と呟きながら、丁寧にページをめくっていった。
僕の机と彼女の机のあいだには、教科書1冊分ほどの距離しかない。
なのに、彼女の呼吸が近くて、心臓の鼓動が異様に響いていた。
ふと、彼女が自分のノートにさらさらと何かを書き写しているのが見えた。
そのメモの隅っこに、うっすらと鉛筆でこう書いてあるのが目に入る。
「どこにも届かなくても、私は歌う」
それを見た瞬間、胸の奥がギュッと締めつけられた。
(……やっぱり、間違いない)
この人は、結城ミレイで――
誰よりもまっすぐで、誰にも見えないところで戦ってる人だ。
***
放課後。僕はいつものように屋上にいた。
風は少し冷たく、でも春らしい匂いがしていた。
スマホを取り出し、また昨日の配信を再生する。
何度見ても、あの声は心に刺さった。
上手いとか下手とか、そんな単純な話じゃない。
彼女の歌には“願い”がある。届かなくても、それでも歌うという決意がある。
だけど――。
彼女はきっと、何をすれば届くのか分からないんだ。
キラキラ笑うことを求められても、それが“自分らしさ”じゃないって、きっと感じてる。
だけど、歌うことだけじゃ、誰も見向きもしない。
その矛盾の中でもがいてる――そんな風に、僕には見えた。
視聴回数は、まだ3桁。
コメントはほとんど常連だけ。
こんなに頑張ってるのに、誰にも知られないなんて理不尽だ。
(だったら、俺が――)
そう思った瞬間、胸の奥が熱くなった。
これは、単なる“ファン心理”なんかじゃない。
僕は本気で彼女を応援したいと思った。
***
夜。自室のモニターを点け、ノートPCを開く。
YouTube分析、SNS動向、人気アイドルの成長パターン。
今まで趣味で集めていた推し研究の知識を、フル活用して彼女のために使うときが来た。
まずは、結城ミレイの“強み”を整理。
歌声、表情、配信の空気感。
そして“まだ知られていない”という、この希少価値。
(このままじゃ、もったいない)
でも――彼女のペースを乱すわけにはいかない。
何より、無理に近づけば、彼女はきっと心を閉ざしてしまう。
(だから、俺は……)
陰からでいい。
名乗らなくてもいい。
彼女の夢を、ほんの少しだけ後ろから押してやれたら、それでいい。
「君が歌っていることを、僕だけが知っている。
だったら、俺にできることがあるはずだ」
静かにそう呟いて、僕はノートPCに手を伸ばした。
最初のプランを打ち込む。
この夜から、僕の“プロデュースごっこ”が始まった。
―――第3話・完―――
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