第20話「交わりはじめる世界」
ライブから数日が経った。
僕――一ノ瀬 陽斗は、変わりゆく日常の中で、相変わらず美玲と帰り道を並んで歩いていた。
でも、その空気は少しだけ前と違っている。
SNSのフォロワーはさらに増え、彼女の名前は着実に“業界”でも知れ渡りつつあった。
「次のイベント、場所も決まったみたい」
美玲がスマホを見ながら呟く。
今度は地方のショッピングモールでのステージ。
もっと多くの人に、自分の歌を届けるチャンスだった。
「準備、手伝うよ」
「うん。……一ノ瀬くんがいてくれると、安心するから」
その言葉に、胸の奥が少しだけ熱くなる。
(でも、それだけじゃもう足りない)
(守るだけじゃなくて、もっと力にならないと)
***
その夜。
僕は自室で、またノートに書き込んでいた。
次のライブ構成、SNSでの告知プラン、ファンへのアプローチ方法。
そして、少しずつ浮かんでくる不安。
(このまま順調にいくわけじゃない)
(ライバルも、業界の壁も……これからどんどん立ちはだかってくる)
***
一方その頃。
星咲 燈は、所属事務所の会議室でマネージャーと打ち合わせをしていた。
「結城美玲、って子。話題になってるみたいですね」
「うん。まだ小粒だけど、放っておけばそのうち面倒な相手になるかも」
燈は静かに微笑んだ。
「面白いじゃん。私、そういう子、嫌いじゃないよ」
「潰すつもりで?」
「ううん。――競い合って、こっちが勝つだけ」
その自信に満ちた声は、今まで多くの舞台を経験してきた者だけが持つ強さだった。
***
後日。
美玲と僕は、次のライブ会場の下見に来ていた。
地方のショッピングモール。
普段のストリートライブとは違う、もっとオープンな空間。
「……緊張する?」
「うん。でも、楽しみのほうが大きいかも」
彼女は前よりも自然に笑うようになった。
それが、何より嬉しかった。
***
その夜。
白石さんから一通のメッセージが届いた。
『次のライブの件、大手メディアが取材に入ることになったから、準備だけはしっかりしてね』
その文面を見て、美玲と僕は同時に息を呑んだ。
(ついに――業界が本格的に動き出してる)
***
そして。
その知らせは、星咲燈の耳にも届いていた。
「ふふ……やっと、こっちの世界に足を踏み入れてきたってわけね」
彼女は、どこか楽しそうに窓の外を眺めながら呟いた。
「だったら、全力で迎え撃つ準備をしないとね」
***
交わりはじめる世界。
競い合い、ぶつかり合い、その中で――僕たちは、どこまで行けるのか。
―――第20話・完―――
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