表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/72

第2話 ひとりのステージ

その夜、僕はいつも通りのルーティンをこなしていた。

 白鷺台高校の帰り道、コンビニで半額になったスイーツを買い、帰宅してからはお気に入りのアイドル配信のチェック。

 ただの“日常”――のはずだった。


 PCモニターを二画面起動しながら、YouTubeの通知欄に目をやる。


 《【アーカイブ】本日20:00配信|#結城ミレイ #カバー #歌ってみた》


 その瞬間、僕の中で何かがカチリと噛み合った。


(今日、ミレイの配信あったんだ……)


 思えば今日は、新学期初日のバタバタで、通知を見逃していたらしい。

 再生ボタンをクリック。ヘッドホンを装着して、静かに“いつもの時間”に入り込む。


 画面の中、彼女は歌っていた。


 部屋の照明は暗く、ぼんやりとした暖色の間接照明に照らされている。

 顔の輪郭は見えないけど、声、息の抜き方、ちょっと首を傾ける仕草。

 それらすべてが、今日となりの席に座っていた**結城ゆうき 美玲みれい**のものだった。


 心臓が、少しだけ高鳴る。


 コメント欄には、常連らしきユーザーがいくつかのメッセージを残していた。


《やっぱこの歌ミレイに合ってるー!》

《今日も最高だったよ、ありがとう!》

《声の伸びがどんどん良くなってる気がする!》


 再生回数は、まだ千にも届いていない。

 それでも、確かにこの場所には“ファン”がいた。


 そして配信の最後、彼女はぽつりと呟いた。


「……まだ、全然ダメ。でも、もっと届くようになりたいなって思ってるから」


 その声に、僕は息を呑んだ。


 自信なさげだけど、真っ直ぐで。

 怖がっているようで、それでも前を向いていた。


(やっぱり……間違いない)


 今日、教室で聞いたあの声。

 返事の「はい」、ノートを渡されたときの「ありがとう」。

 そして、配信でのこの言葉。


 全部が、繋がっていた。


 ──彼女が、結城ミレイなんだ。


 画面を閉じるタイミングを見失い、僕はしばらくヘッドホンを外せなかった。


     ***


 次の日の朝、教室に入ると、美玲はいつものように静かに座っていた。

 誰とも話さず、視線を下げて、カバンからノートを出す所作までが丁寧だった。


 だが、僕は気づいてしまった。


 今日の彼女の声が、ほんのわずかに掠れていることに。


(昨日、配信であれだけ全力で歌ってたから……)


 そう考えた瞬間、なんだかおかしくなって、ひとりで笑いそうになった。


 今までは“画面の向こう側”の存在だった彼女が、隣の席にいる。

 しかも、それを知っているのは、たぶんこのクラスで僕だけだ。


 それって、すごいことだと思った。


 でも同時に、少しだけ怖くなった。

 もしこのことを誰かに話したら――彼女はどう思うだろう。


 きっと、いや、絶対に迷惑だ。


 だから、この“気づき”はまだ僕だけの中に閉じ込めておこう。

 そう思った。


     ***


 放課後、ふと忘れ物を思い出して教室に戻ると、僕は聞いてしまった。


「……いつか、ちゃんと届きますように」


 それは、誰もいないはずの教室から聞こえた、短いフレーズの鼻歌だった。

 そっとドアを開けると、美玲がひとり、窓際で立っていた。

 教室の隅で、カーテンが少し揺れていて、彼女の横顔が西日に染まっていた。


 彼女は誰にも気づかれていないと思っているのか、無防備に歌っていた。

 声は小さく、でもきちんとしたメロディがそこにあった。


(ああ……やっぱり)


 疑いは確信に変わり、僕の中に熱のようなものがこみ上げてくる。


 あの日、スマホの向こうから響いていた声。

 公園で、ほとんど誰もいない中、真剣に歌っていたあの子。


 そして今、教室で歌っているこの子。


 全部、ひとつに繋がった。


 彼女は間違いなく、俺の推しアイドル――結城ミレイだった。


     ***


 教室のドアを静かに閉めながら、僕は心の中でそっと言葉を紡いだ。


「君の歌は、あのとき僕の世界を変えた。……だったら今度は、僕が君を変えてやりたい」


 誰にも届かない声が、やがて誰かを救うなら。

 その“誰か”に、僕はなりたいと思った。


―――第2話・完―――


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!


作品への感想や評価、お気に入り登録をしていただけると、とても励みになります。

作者にとって、皆さまの声や応援が一番の力になります。


「面白かった!」「続きが気になる!」など、ちょっとした一言でも大歓迎です。

気軽にコメントいただけると嬉しいです!


今後も楽しんでいただけるように執筆を続けていきますので、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ