第18話「届け、この場所から」
週末。
僕――一ノ瀬 陽斗は、ライブイベント会場の裏手で、美玲と一緒にリハーサルの準備を進めていた。
ここは、都内でもそこまで大きくはないライブハウス。
それでも、彼女にとっては初めての「ちゃんとした」ステージだった。
会場スタッフが機材チェックを進め、マネージャーの白石さんが各所と連絡を取っている。
そして、美玲は少し緊張した面持ちで、深呼吸を繰り返していた。
「……やっぱり、緊張する?」
「うん。でも、大丈夫。ちゃんと準備してきたから」
その言葉に、僕は小さく頷く。
(彼女は本当に強くなった)
***
リハーサルは無事に終了。
しかし、本番直前。
小さなトラブルが発生した。
「え……マイク、音が飛んでる?」
会場のスタッフが慌ただしく動き回る。
どうやら無線マイクの一部に干渉が発生しているらしい。
「ごめん、急遽、有線マイクに切り替えることになるかも」
白石さんが申し訳なさそうに伝えてくる。
「大丈夫です。……どんな状況でも、ちゃんと歌うから」
美玲は、そう静かに答えた。
***
開演時間。
会場はほぼ満員に埋まっていた。
SNSでの拡散効果もあってか、今日の観客のほとんどが彼女のことを知っていた。
「結城美玲――登場です!」
MCの声が響き、彼女がステージへと歩みを進める。
無数の視線。スマホのカメラ。緊張と熱気が入り混じった空気。
でも、その中で。
彼女は、しっかりとマイクを握りしめていた。
***
「今日は、来てくれてありがとうございます。短い時間ですが、心を込めて歌います」
音楽が流れる。
そして――彼女の声が、会場に響き渡った。
透明で、真っすぐで。
その歌は、決して派手ではない。
でも聴く人の心に、静かに、深く届いていく。
(……やっぱり、すごいな)
僕は、袖からその姿を見守りながら、改めてそう思った。
***
歌い終えたあと。
会場は、しばしの静寂ののち、大きな拍手に包まれた。
「――ありがとう」
美玲は、少し照れたように、それでも嬉しそうに頭を下げた。
***
ライブ終了後。
SNSにはすでに今日のライブの様子がアップされ、次々とコメントが寄せられていた。
『やっぱりこの子すごいわ』
『もっと大きいステージでも見たい』
『次のライブいつ?』
僕はそれを眺めながら、小さく息を吐いた。
(この景色を、もっと遠くへ)
(次は……もっと大きな舞台に)
***
帰り道。
美玲は、静かに僕に言った。
「今日は、本当にありがとう」
「いや、俺は何もしてないよ」
「そんなことない。一ノ瀬くんが、そばにいてくれたから……私はここまで来られたんだと思う」
その言葉が、僕の胸に染み込んでいく。
(……まだまだ、これからだ)
この先に待つ未来を思い描きながら。
僕たちは、また新しい一歩を踏み出す。
―――第18話・完―――
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