第10話「その声を、届けるために」
放課後の教室。
僕――一ノ瀬 陽斗は、帰り支度をしていた結城 美玲に声をかけた。
「結城さん、今ちょっとだけ時間ある?」
彼女は少し驚いたように僕を見て、それから小さく頷いた。
「……うん、大丈夫」
***
僕たちは校舎裏のベンチに並んで座った。
人気のないこの場所は、少し肌寒いけど、話をするにはちょうどいい。
「最近、学校でも噂……広がってるよね。動画のこととか、アイドルのこととか」
僕の言葉に、美玲は小さくため息をついた。
「うん。ちょっと怖いよ。知られたくないわけじゃないけど……何を言われるか分からないし」
「……だよね」
僕もその気持ちは痛いほどわかる。
でも、その目は迷いながらも前を見ていた。
「でもね、一ノ瀬くん」
彼女は、静かに言葉を続けた。
「次の動画は、本気でやりたいんだ。ちゃんと、届けたい。私の歌を、私の声を」
その言葉に、胸が熱くなった。
この人は、本気で夢を追いかけている。
怖い思いをして、それでも前に進もうとしている。
「だったら……俺にできること、全部やるよ」
自然に、言葉が口をついて出た。
「撮影でも編集でも、SNSでも。俺、オタクだから、そういうの得意だし」
「……お願いしてもいい?」
美玲は、不安と決意が入り混じった表情で僕を見た。
「もちろん」
僕は力強く頷いた。
***
その夜。
僕は自室でノートを広げ、動画企画や投稿のプランを書き出していた。
どんな構成なら彼女の良さが伝わるか。
どの時間帯に投稿すれば多くの人に見てもらえるか。
僕にできることは、全部やる。
(もっと多くの人に知ってほしい)
(もっと彼女の声が届いてほしい)
(そのために――俺が支える)
***
一方その頃。
美玲は自宅で、マネージャーの白石 梨沙と電話をしていた。
『……美玲ちゃん、ごめんね。言いにくいんだけど』
白石さんの声は、少し申し訳なさそうだった。
『そろそろ、事務所から契約の話が来ると思う。今の契約、あと3ヶ月で満了になるから』
「……はい、わかってます」
本当は、分かっていた。
だけど、改めて言葉にされると、胸の奥に冷たいものが落ちてくる。
『このままだと、更新は……難しいかもしれない。結果が出ないと』
「……はい」
白石さんは、最後に少しだけ優しく言葉をかけてくれた。
『でも、美玲ちゃんはよく頑張ってるよ。無理はしないで、自分のペースでね』
「……ありがとうございます」
電話を切ったあと、美玲はしばらく天井を見上げていた。
(あと3ヶ月)
(それまでに、何ができる?)
(……何を残せる?)
怖い。けれど、それ以上に。
今まで支えてくれた人たちのために。
あのとき、ライブで見てくれていた誰かのために。
そして――今、隣で支えてくれる一ノ瀬くんのために。
(逃げない。私、やるって決めたから)
美玲はそっとスマホを握りしめた。
(次は……全部をかけて歌おう)
―――第10話・完―――




