ゆとりある悩み
英語は俺が1番嫌いな科目だ。
中学からおつきあいを始めてかれこれ5年にもなるのに、あいかわらず自己紹介すら怪しい。
僕は、イトウシュンペイです。
野球が好きです。
妹がいます。カナエです。
兄がいます。ケイタロウです。
教科書に登場している同い年のタケシくんのように日本の文化なんか紹介出来たもんじゃない。
いつだったか、同じ部活の秀助に「俺はソリティア オン キングだ!」と高らかに宣言したら「まぁ……キング オブ ソリティアな」と笑いなしにつっこまれたのもトラウマだ。
そもそもトマトだとかバナナだとか、日本語として既存のものの英語なんて恥ずかしくて言えたもんじゃないとは思わないだろうか?
トメェートォだとかバナァナーだとか。それなら日本語も最初からトメェートォとバナァナーにしといてくれよ、と思う。
そんなんだから名簿順でまわってくる教科書の日本語訳はいつも恐怖なのだ。訳すことは問題じゃない(秀助に手伝ってもらうとして)
そう、自分が訳した箇所は英文で読まなくてはならないのだ……鼻もかめないほど静かな授業中に!
しかもまるまる1ページ!
中学までは1人3行ずつ、とかだったからまだよかったものの、高校では1人1ページのわりふりとなってしまった。
つまりは、ごまかしがきかない。
「いつも1番からでかわいそうだから、今回は最後からまわすぞー」と4月、先生が言った時は、その頭の上に光るわっかが見えたようだった。そして背中には純白の羽も、あのときには見えた気がした。
まぁそれも気のせいというか……いや。
これはあれだ。
「給料の2割を貯金しなさい、バイトくん」
「それはムリです、店長!」
「じゃあ8割で生活しなさい、バイトくん」
「やってみます、店長!」
の、類のものだ。わかりにくいだろうか。
そんな訳、つまりは根本的になにも変わっていないということを言いたいだけ。
俺の番はもうすぐまわってきてしまう。
「そんなに気にしてんなら練習すれば?」と秀助。
「違う。もっと複雑な問題なんだよ!」と俺。
「いや…意味わからん」
帰国子女に俺の悩みがわかるか!
俺がいきなり流暢に英語しゃべったって笑いしかおきない。だがしかし、このままもろジャパニーズイングリッシュでいくのはあまりにも恥ずかしい。
カナダを思い切ってキャナダというかでものすごく悩む。
気取ってないけど、まあそこそこの発音じゃん?というギリギリのラインでいきたいのだ。
本場の発音が許されるのは賢い奴と帰国子女だけだ。
「あぁ、なんで俺の親は留学に出してくれなかったのか」というのが原因で、俺は今反抗期真っ盛りをむかえ、母さんの買ってきた服はもう着ないと誓った。
「お前の悩みを聞いてると、日本はなんて平和なんだと思うよ」
となりで弁当にがっついていた森が言った。がたいのいい、ラグビー部員だ。
俺は嘆いて机につっぷした。
さんさんとさしこむ太陽の光は暖かい。「がんばって」とささやいてくれているようだが、実際この悩みに頑張ってと言ってくれるほど太陽もヒマではないことくらいわかっている。どうでもいいことくらいわかっている……いるけれど……!!
「留学っていったってさ、俊平。お前日本語だって堪能とは言えないだろ?母国語を超える第二言語なんて身につかないんだからさ。お前の場合、まずそこが問題だ」
俺の頭をぐりぐり押してちょっかいを出しながら、秀助がいつものように正論を吐いた。
「わかってるよ、確かに漢字はわかんないし、敬語はおかしいよ!」
うつむいたまま手をふりはらおうとしたが避けられたらしい、手ごたえはなかった。
「日本人としてのアイデンティティみたいなの、身につけたほうがいいってことだよ。歴史とか国民性を勉強したりさぁ」
その時、俺の脳細胞はわずかな読解能力をフル稼働して、ひとつの答えをうみだした。マンガでよくある、豆電球が飛び出してきた場面を想像していただきたい。
「SAMURAI?SINOBI?みたいな」
わかった!と思って起き上がって言ってみた。
とたん、秀助は吹きだした。
「俊平はさ、日本人っていうか、現代っ子なんだよな」
森が悟ったかのようにつぶやいた。
「なになに?どういう意味?ていうか秀助はなんで爆笑してるの?」
目の前の秀助と横の森を見ながら俺は当惑した。
「平和の象徴」
真顔でそういい残して、森は教室を出て行ってしまった。5時間目はさぼって、部活のために体力を温存するらしい。
「待てよ、森ぃ!」
叫ぶと、ちょっと間をおいて森がすこし顔をのぞかせた。
森は唇を思いっきり突き出して、
「スィーユー!」
と言うと、にやっと歯をみせて、今度は本当に去って行った。
勢いだけで書いてしまいました…!
おふざけ作品です。(笑)