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3.思考に至る病

 一般的に高校は、比較的人口密度が高い場所にある。

 俺が通う高校も例外ではなく、自転車で三十分ほどかけて錆びついた駐輪場に着く。

 いつものように鍵をかけると、俺は周囲を見渡した。

 生徒は、怠そうに昇降口へと向かっている。夏休みの序盤にある補修だからか、いつもより怠そうだった。それは俺も例外ではない。早くおうちに帰りたい。

 この高校独自の面倒な制度。補修なんていらないのに。

 そうだ。なんで補修があるんだ。意味のない勉強をして。

 俺たちは、何のために勉強をしているのだろう。

 なんで高校に通っているのだろうか。

 高校で学習する大抵の知識は、社会に出ると全く役に立たないと聞く。

 意味なんてないじゃないか。

 俺は、嘆息した。途端に、明瞭で涼しな声が真横から聞こえてきた。

「藍坂くん。おはよう」

 七瀬だ。

 七瀬はにこりと微笑むと、何の変哲もない銀色の自転車に市販のダイアル式の鍵をかけた。

「……お、おはよう」

「挙動不審だ」

「七瀬が俺に話しかけることなんてないから」

「あんな話をした後に、無視をする方が気まずいよ」

 確かに、と思った。七瀬は、やはり色々と考えている。

 俺はと言えば、平常な人間関係を維持したいと願う、凡庸な人間だろう。

「七瀬は、本当によく考えているね」

「そうかな? それこそ、普通だと思ってた」

 七瀬は昇降口を指差す。

「一緒に行こう」

「う、うん」

 昇降口へと続く道。俺と七瀬の組み合わせが珍しいのか、視線を感じる。

 少し居心地が悪い。やはり七瀬は人気者である。

 モブキャラの俺が横にいるのは、間違いだと感じてしまう。

 七瀬はどうなのだろうか。

 俺は右隣りを歩く七瀬を一瞥した。全く気にしている素振りは無かった。

 逆に俺の方を見て首を傾げていたのだ。

「なんか変?」

「いや、別に」

「そか。ねぇ、さっき昇降口に入る生徒を見つめていたけど、どうしたの?」

 見られていたらしい。今さら本音を隠すつもりはないので、俺は正直に話すことにした。

「勉強、意味ないなって。親や教師は、将来のためとか、学生の義務とか、社会貢献とか、成長のためとか言うけれど、現在の勉強が役に立つことはないじゃんか」

「そうだね」

「それだけ?」

「ううん。少し思い出してたの。自分がどう考えていたのか。結局、役に立つ勉強もあるけど、殆どが無意味だなと思ってる。合理的にできるはずなのに、一向に変わらない。ただ慣習で学んでいるようなものだよね。私も意味がないと思ってる」

「やっぱり七瀬も」

 俺は少し安心した。もし七瀬から馬鹿な悩みだと言われていたら、立ち直れる気がしなかった。

「うん。当然。意味がないよ。なんでこんなことしてるか意味わからない」

「同感」

「子供の頃、私も同じような悩みを抱えていた。その度に、親や先生に質問していたの。でもさ、藍坂くんがさっき言った通り、誰一人として本質的な回答を答えてくれなかった。なんで勉強をするの? なんでSEXするの? 結局死ぬのに」

「確かに」

「藍坂くんなら分かってくれると思ってた。結局死ぬと言うことは、目的がないことだと思うの。目的がないのなら、今存在している全ての事柄に意味がないと思うの」

「大人は目を背けているとか」

「分かんない。でもなんで勉強してるのって。生活のためというのなら、なんで生活するのって。本能だからって。じゃあ、本能のためなら、合理的にしないと」

 七瀬は力強くそう言うと、下駄箱に靴を丁寧に入れた。

 俺はと言えば、七瀬の言っていることについていけなくなっていた。

 本能のためなら、合理的にしないとか。全く分からないや。

 ただ、それを七瀬に伝えなくなかった。俺の本能は、嫌われたくないと叫んでいた。

 馬鹿な奴。七瀬にその気は全くないだろうに。

 そう考えた瞬間に少しムカッとした。俺は雑に下駄箱から上履きを取り出すと、投げるように落下させた。カタンという音と共に、女子生徒の声が聞こえてくる。

 同じクラスの谷中さんだ。

「おはよう七瀬さん。補修の後の海浜清掃一緒にやらない?」

「おはよう谷中さん。うん、やろう。藍坂くんはどうする?」

「おれ!?」

「驚きすぎだよ」

「ご、ごめん。でもなんで」

「え、だって、まだまだ藍坂君と話してみたいし。でも、約束しているのなら大丈夫だよ」

「いや、俺も行くよ」

 谷中さんの顔が少し歪んだのを無視して、俺はそう答えていた。業が深い。

 七瀬とは異なる清楚系女子。髪をセットしているものの、地味なタイプだ。

 いつも女子グループと会話している。おそらく男子が苦手なのかもしれない。

「藍坂くんと七瀬さん仲が良かったんだ。ほら、中学のときは、あまり二人が話しているところを見かけなかったから」

「先週仲良くなったの。谷中さん聞いてよ。藍坂くんも、同じような考えをしているんだよ」

「本当に!?」

 まるで信じられないと言った声音だった。谷中は、何度も目をぱちくりさせ、俺を凝視した。

「七瀬の魔術のせいかな」

 俺がそう言うと、七瀬は少し不快そうに眉を顰めた。

「それじゃ、私が異常者みたいだよ。ねぇ、私たち、このグループの中では正常だよね」

 七瀬は怒ると声音が高くなる。口調も若干幼くなっているような気がした。

 と、そんなことはどうでもいい。理路整然とした主張に同意せざるを得なかった。

「次から気を付けるよ」

「うん」

 七瀬は満足そうに頷いた後に、手を振った。

「じゃあ、また」

 甘い匂いが俺の鼻を刺激する。ハンドクリームの匂いだろうか。

 昇降口の正面にある階段へと脚を伸ばした七瀬。他の生徒が怠そうに登るというのに、七瀬は違った。階段を上る意味すらないというのに、七瀬は他の一人も主張が激しかった。

 私は、正常だ、そう背中が語っているように見えた。

「藍坂くん? 大丈夫?」

 谷中のゆったりとした声が聞こえる。

 ハッとして俺は、顔を向ける。

「どうかした?」

「七瀬さんのこと、よろしくね」

「え? それってどういう」

「私たちは小学の頃からの仲だけど、正直私は葵ちゃんの考えについていけないの。もちろん、嫌いなわけじゃないよ? でも……私じゃ役不足。藍坂くんは、理解できるんでしょ」

 ああ、そういう話か。

 身近にいる友達にすら理解されていない。

 七瀬が聞いたらきっと悲しむんだろうな。いや、無関心だろうか。

「七瀬、悲しむと思う」

 俺がそう言うと、谷中は首を横に振った。

「そう言う意味じゃない! ごめん、私説明が下手で……その、これから先、七瀬さんを理解してあげられる人は滅多に現れないと思って。でも、藍坂君なら違う。私は、理解できなかったから」

「俺を買いかぶり過ぎじゃないか? 喧嘩別れするかもしれないし、ばらすかもしれない」

 何がおかしいのか分からなかった。谷中は、右手を口に当てて柔和な笑みを見せた。

「七瀬さんと、あんな話をできるのなら大丈夫だよ。それじゃ、また午後に」

 谷中は、階段で待っている七瀬に手を振ると、踵を返した。

「理解できないか……」

 谷中は、なんで七瀬と絡んでいるのだろうか。

 嬉しそうに微笑んでまで。

 その答えが知れたのは、海浜清掃の最中だった。


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