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魔物狩り

「怒られた」


 朝食を食べ終わり、現在伯爵領にある森の中。

 そこで頬を膨らませ、不機嫌アピールをしてみせる悪役くん。

 どうやら、怒られないと思っていたはずなのに父親から怒られてしまったようだ。


「学園に入るまであと少しだっていうのに、チラッとその話になっただけであとは全部怒られた」

「それはどうしてなのですか? 最近のご主人様は何もしていないはずですのに」


 セレシアが剣を拭きながら首を傾げた。

 近くには狼のような魔物の死体が転がっており、サラリとメイドの戦闘力の高さが窺える。


「……要は何もしてないからだってさ。自分磨きも程々にして他人との関係を磨けとかなんとか」

「なるほど、先日もパーティーを断って魔物の討伐に勤しみましたものね。せっかく《《聖女様がこちらに足を運んでいただいた》》というのに」

「交友関係を磨いても泥が出てくるだけだって。服に汚れがついて一生落ちなくなるだけなんだって」


 交友関係がすでにドロドロになっているイクス。

 確かに、パーティーに参加したところで遠巻きに馬鹿にされるだけだ。


「ぐぬぬ……俺だって拳を振り回せるイベントがあったら喜んで行くのに! なんだよ、ダンスが上手い人が拍手される場所って!? パーティーなんか行っても、俺の実力を見せつけられないじゃんッ!」

「まぁ、ご主人様の目的には似つかわしくありませんが」


 イクスは別に他人と仲良くなりたいわけではない。

 仲良くなれるに越したことはないが、仲良くなれるビジョンがそもそも見えないのだ。

 故に、実力を見せつけて逆らえないようにする……逆らってくる人間を倒していく。

 それができないパーティーに行ったところで、ただただセレシアと壁のお花になるだけである。


「お、思い返したら腹が立ってきた……ッ!」

「膝枕をして差し上げましたのに」

「それとこれとは別なのだありがとうございました! ちくしょう、このやり切れないイライラ……ちょっと殴りやすそうなサンドバッグを探してくるッ!」


 むしゃくしゃした感情は発散するに限る。

 悪役らしいセリフを残したイクスはそのまま森の中へと消えていき、メイドはその姿を追うことなくせっせと魔物の中にある魔石を回収していった。


「まったく……ご主人様もご当主様のことを気にしすぎなのです」


 あんな男のことなど右から左に聞き流せばよろしいのに、と。

 イクス以外に関心がないセレシアは、一人置いてけぼりにされて少しだけ唇を尖らせる。


「あら、そういえば」


 ふと、魔石を回収していたセレシアは思い出す。


(ここ一帯の魔物の生態が少し変わってきているという話を、騎士のどなたかが仰っていましたね)


 生態が変わるということは、現れる魔物の強さに変化が生じるということ。

 これは単純に、魔物間で発生した食物の連鎖に亀裂が走ったから。

 どこかで弱い魔物が狩り尽くされれば、強い魔物は移住する。強い魔物が討伐されれば、弱い魔物ばかりが集うようになる。

 そういったことから、一帯に広がっていた生体に変化が生じるのだ。


(強い魔物か弱い魔物か、どちらに生態が変わっていったのかは分かりませんが……)


 まぁ、今のご主人様ならある程度は問題ございませんね、と。

 セレシアは換金してイクスと美味しいものを食べるために、せっせと魔石を回収していくのであった。



 ♦♦♦



「はっはっはー! 死ねや害獣こんちくしょうがァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 イクスの振るう剣が血飛沫を上げていく。

 実力を上げるためには、実践が一番。実際に命のやり取りを行うことによって、体に技が沁み付き、戦闘においての判断能力が培われる。

 学生の殆どが実戦経験に乏しく、こうして狩りをしている人間など数えるほどしかいない。

 当初は、イクスも動物を殺すことに抵抗があった。

 しかし、実力差をつけるためには誰もがしていないことをするべき。

 そのため、悪党も倒し、魔物も涙を浮かべながら必死に向き合って剣を握り続けていた。


 おかげで、今ではみるみる実力がついていき……その、嬉々として魔物を無さ晴らしの対象にすることにも抵抗がなくなってしまっていた―――


「食らえッ!」


 イクスの指から赤い線が伸びる。

 それを目の前から襲ってくる魔物の体へと振り抜く。

 線の通過。赤い線は魔物の体に触れた瞬間、《《激しく体が燃え上がった》》。

 魔物の悲鳴が森の中に響き渡る。しかし、イクスは気にした様子もなく先を走り続けた。


「ふふふ……もうここら辺の魔物じゃ相手にならないぐらいに成長したぜ。昔は一匹倒すだけでも苦労したっていうのに……フッ、これも執念の成果!」


 確かに、イクスは涙を浮かべながらも命のやり取りを繰り返し、慢心することなく日々鍛錬に勤しみ続けてきた。

 成長するのは当たり前。イクスの執念があったからこその今とも言える。


「しかし、まぁ……」


 ふと、イクスは足を止める。


「同じやつばかり倒しても経験値が得られないのはネックではあるなぁ」


 似たような魔物を倒したところで、慣れるだけ。

 緊迫感がある戦闘だからこそ、体に沁み付くような経験値が得られる。


(学園に入る前にもう少し頑張ってみたい感はある。これから出会うヒロインや主人公と差をつけるためにも)


 そう思っても、この一帯に出てくる魔物の力などたかが知れている。

 今のイクスにとっては、あまり造作も―――


『あー、もうっ! ほんと、最悪……ッ!』


 そう思っていた時だった。

 ふと、イクスの背後を誰かが通り過ぎていったような音が聞こえていった。

 すると、またしても聞こえてくる大きな音。

 木々を踏み倒し、地面に穴でも開けないとでも言わんばかりの揺れ。

 先程まで聞こえなかったその音が聞こえてきたということは、違う場所からやって来たというのだろう。

 イクスは気になって振り返る。

 そのタイミングで、頭が三つもあるキメラのような魔物が横を通り過ぎていった。


「ふむ……」


 イクスには目もくれなかった。

 ということは、初めに聞こえた音の主を追いかけている最中なのだろう。

 弱い魔物を餌として狙っているのか、もしくは怒って追いかけているのか。

 ただ、聞こえてきた初めの足音は《《人のもの》》。

 顎に手を当てて、イクスは少しばかり逡巡する。


(見るからに今まで倒してきた魔物よりも強い。だが、だからこそ経験値も多く得られるに違いない)


 それに、と。

 追われているのが《《人》》だということが頭を過ぎり───


「…………」


 大きく息を吸い、手元の剣の感触を確かめる。


「見逃す理由、なしッッッ!!!」


 イクスは獰猛な笑みを浮かべながら、一目散に踏み倒された跡を追っていった。

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