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英雄視

 はて、英雄?

 セレシアやクレアだけでなく、輝く瞳を向けられているイクスまでもが首を傾げる。

 しかし、そんなことを言ってきた聖女様は皆の反応を無視して───


「あの、お会いしたかったです! 同じ学園に通われているということは分かっていたのですが……その、こうしてお目にかかれただけで嬉しさがいっぱいで……ッ!」

「ちょ、ちょっと待てお嬢さん!」


 イクスは顔を近づけてくるエミリアから少し離れる。

 それと同じタイミングで、セレシアは「近いです、そこは私の特権です」とエミリアの脇を抱えて更に離した。

 どこか残念そうな顔をしたエミリアだったが、とりあえずイクスは頭を押さえて尋ねる。


「えーっと……ちょっと待て、英雄ってなんの話? 俺っていつの間に吟遊詩人の儲かるネタの主人公にジョブチェンジしたの?」

「ふむ……冷静に考えれば、聖女様のピンチに主人が颯爽と駆け付けたが故に、そのような呼び名になった……ということだろうか?」

「……………………」


 どうしよう、身に覚えがある。

 イクスは思わず頭を抱えた。


「……ご主人様、またですか?」

「い、いやいやいやっ! 確かに……その、聖女様が魔物に襲われている時にそいつを倒した覚えはあるが、きっと恐らく多分そうじゃない!」


 そう、イクスは経験値稼ぎと、己の実力を見せつけたかっただけ。

 確かに「助かってよかったな」なんて少しぐらいは思ってしまったものの、決して英雄視されるためにやったものではないのだ。


(それに、こういうポジションって主人公の役割だろ!? そりゃ、シナリオじゃ主人公はどちらかというと英雄っていうよりかは仲間ポジションだったけども……ッ!)


 だとしても、悪役に英雄はおかしいだろう。

 冷水をぶっかけた過去を忘れたのだろうか?


「聖女様……違うんです、俺はあの時あなたを助けたわけじゃないんです」


 イクスは冷静に、諭すようにキラキラした眼差しを見せるエミリアへ口を開く。


「決して、英雄扱いされたいからとかじゃ───」

「そうですよね、ただ困っている人を助けたからですよね!」

「単に、聖女様達に実力を見せつけたかっただけ───」

「安心させるために、強さをアピールしたのですよね!」


 ダメだ、話聞かねぇ。

 イクスはさめざめと泣き始める。

 そのおかげで、止まらないエミリアは「あの時、自分が傷ついても私達を助けようとしていて」などと、一人勝手に盛り上がっていた。

 純粋な性格をしているヒロインだとは知っていたが、まさか実力の誇示が裏目に出るとは。

 イクス、模擬戦に引き続いて想定通りにならず、涙が更に溢れ出る。


「主人、見直したぞ! 他人のことなどどうでもいいと考えている男だと思っていたが、まさか体を張って誰かを助けていたなどとは!」


 一方で、ある意味こちらも純粋なクレアもまた、同じように瞳を輝かせる。

 自分の信じる正義に基づいた善なる行いを主人がしていて歓喜したのだろう。

 とりあえず、余計にうるさくなったことでイクスはため息をついた。


「はぁ……黙ってそこで腹筋でもしてろ、くっころ枠」

「しゅ、主人……今座って腹筋してしまえば、このスカートだと下着が見えてしまうのだが!?」

「あー、そっか。じゃあ、腕立てで───」

「ご主人様の命令は絶対です。約束をもう忘れたのですか、後輩?」

「くっ! こんな屈辱を味わうなど……やはり卑劣な男だ!」

「俺は訂正したよなぁ!?」


 イクスの声など届かず、クレアはその場に座って腹筋を始める。

 座って行うことから、もちろん丈の短いスカートであれば聖遺物おぱんつは見えてしまうわけで。

 いつの間にか集まっていたギャラリーが、ざわついた。


『お、おいっ! クレア様の下着が見えているぞ!?』

『ダメだと分かっているのに……どうして目が離せないんだ!?』

『あんなことをさせるなんて……やっぱり、さいてーね』

『聖女様にも、英雄って言わせてるし……』

『そんなに自己顕示欲を満たしたいのかしら?』


 耳にしたイクスは壁際に体育座り。涙が止まらなかった。


「(ちくしょう……いいもん、あとで絶対あいつら見返してやるからいいもん……)」

「(はぁ……はぁ……何故だ、いつもより腹筋が鍛えられているような気がする。ハッ! まさか、これが主人の強くなる秘訣!?)」


 もう会話はできそうにありませんね、と。

 一人の世界に潜ってしまった二人を見て、セレシアは思った。


「して、聖女様……何故、ご主人様を追っていたのですか?」


 さり気なく《《体育座りをしているイクスを後ろから抱き締めながら》》、セレシアはエミリアに尋ねた。


「本当は単にあの時のお礼をお伝えしたかったのですが、緊張して中々声がかけられず……」

「なるほど」


 要するに、お礼を伝えるタイミングを窺っていただけ。

 決してストーカーなどではなく、《《単に自分と同じ》》───


「……渡さないですから」

「ふぇっ?」


 セレシアはイクスの体を少し強めに抱き締める。

 そして、可愛らしく首を傾げるエミリアに向かってハッキリと言い放つのであった。


「ご主人様は、私のですもん」


 果たして、この自己主張ありありな言葉の意味をちゃんと理解できたのだろうか?

 いや、ゲーム内随一の純粋さを誇るヒロインは、恐らく理解していないだろう。


「人は物ではありませんよ?」

「私のですもん」

「……いつか絶対あいつらの顔を苦渋に染めてやる」

「くっ……これ、も……強くなる、ため……ッ!」


 正座したまま首を傾げる聖女、嫉妬で唇を尖らせるメイド、パンチラ継続で腹筋をする公爵家令嬢、メイドに抱き締めながらさめざめと泣く悪役。

 そんな構図が、ギャラリーにざわつかれながらしばらく続いた。

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