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【書籍化】お飾り妻アナベルの趣味三昧な日常 ~初夜の前に愛することはないって言われた? “前”なだけマシじゃない!~  作者: 重原水鳥
第一章 ライダー夫人アナベルの日常

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18/48

【18】突然の訪問

 妙案も浮かばずどうしようもない状態のまま、一週間が過ぎた。そろそろ何かしらの答えは出さなければ実家も困ると思っていた時、突然フレディが我が家に飛び込んできた。

 先触れもない……というか、フレディ自身が先触れというか実家からの緊急の連絡を握って飛び込んできた。どうして。


 最初はあくまで私の実家から緊急連絡が来たという体で使用人たちはフレディに対応していたらしいが、彼の顔を知るジェロームが若奥様(わたし)の弟だと周知したために、急遽部屋も変えられて、私にもすぐ連絡が飛んできた。元々フレディが駆け込んできた時点ですぐに出られるように準備をしていた私は、ジェロームが「弟君が来られております」と言った時、意味が分からなかった。どうしてどうやってと思いながら案内された部屋へ行けば、確かに私の弟であるフレディが高級椅子に硬直したまま腰かけていた。

 ジェマがドアを開いてくれて中に入ると、この季節には見ない新緑と目が合った。


「姉さん!」

「フレディ。どうして貴方が」

「他の人に頼んでいる時間が惜しくて、なんか大変な事になっちゃったんだよ」

「分かったわ、落ち着いて。今からすぐに実家に向かいましょう。外に馬車を回してくれているから、先に乗り込んでいてくれる?」

「わ、分かった」


 フレディがジェロームに案内されて出ていく。その恰好が酷く乱れていた上に靴や足元が汚れていたので気になっていたのだが、ジェロームが耳打ちしてきた内容からすると、辻馬車や馬ではなく走ってきたらしい。流石に全て走ってでは、とてもではないが今朝の早い時間に出発したとしても無理だ。だから途中までは馬車か馬を使って来たのだと思うけれど、お金が惜しかったのか何か問題が起きたのか、途中からは走ったのだろう。そんな恰好では、伯爵家の人間とは思われなくても仕方がない。最初にただの連絡係が来たという対応しかしなかった使用人は、責められない。


 突然の外出だからまた夫に何か言われるかもしれない――とも思ったが、フレディがライダー侯爵家まで走ってくるほどという事から、不安が勝って私は屋敷を出た。


 馬車の中で私はフレディの横に腰かけて弟にゆっくりと話しかける。


「何があったの?」

「今朝早くに突然警吏たちが訪ねてきて」


 けいり。ケイリ。警吏!?


「それで、先日絵画を購入しただろうと。使用人が出たのだけど、肯定した途端屋敷に入ってきて、それで絵を出せと言ってきたらしいんだ使用人は動転してしまって、父さんたちを起こすより先に警吏たちを例の絵画の所まで案内してしまって……騒ぎで父さんや母さん、俺が出て行った時にはもう警吏は絵画を抱えていて、この絵画はある事件の重要な証拠の可能性があるために一時的に預かるとかなんとか……もう朝から大変だったんだ!」

「……なんてこと」


 犯罪が起きた時、王都の役人の一役職である警吏が犯罪の調査、犯人の逮捕などを行う。

 彼らは役人であるが、軍人たちのように武器を持つ事を許可されている。なぜなら犯罪者と対峙する可能性が最も高いからだ。彼らから調査に協力を求められた際に、彼らの機嫌を損ねれば…………という危険もあるため、突然警吏が訪ねてきたとなって動転してしまうのは仕方ない。


 だが、仕方ないが、主人を呼ぶ前に警吏を家の中に通してしまう使用人というのはいかがなものだろう。フレディの口調からして時間帯は中々に朝早い。屋敷の人間がいるのは想像に容易く、普通であれば「主人を呼んでまいりますのでお待ちください」と言うのが筋だ。余程現行犯を追っている時などであれば仕方ないが、そうでなければ警吏も勝手に家の中になど入ってこない。特に、貴族の家には。

 まあ我が家は見るからに力のない貴族の家なので、貴族と言えど軽んじられた可能性はあるけれど。


 そんな風に話している内に、馬車はブリンドル伯爵家に到着した。屋敷に入るとフレディに案内されて、父母の元へと移動する。私の顔を見た二人は立ち上がり、私の傍までやってきた。


「ああ、ああアナ! 聞いてくれ、絵画が持っていかれてしまって!」

「アナベル。来てくれたのね……」

「お父様、落ち着いてください。お母様。フレディが駆け込んでくるのだから何事かと思いましたが、事の概要はフレディから聞きました。まだ警吏から連絡はないのですね?」

「ええないわ。どうしましょう。どうして警吏が出てきたの……?」


 たとえば、私たちが騙されたと訴えていたのならば、あの『小麦畑』の偽物が持っていかれた理由は分かる。大事な証拠品だ。

 でも我々は訴えていない。何故かと言われれば、貴族というのが体面を重んじる生き物だから、としか言いようがない。

 贋作・偽物をつかまされた場合、怒りから相手を訴える貴族だって勿論いる。だが、恐らく大多数は泣き寝入りだ。何故かと言えば、偽物をつかまされたと知れれば、審美眼がないと言われるのは当然の事、あの人はあの家は偽物を本物と思って購入したのだ……と囁かれる事となってしまう。殆どの貴族はそちらを嫌がり、偽物を買っても訴えない。私たちがなんとか誤魔化そうとしていたのも、これが理由だ。


「考えられるのは、お父様にあの絵画を売った人間が、何かしら犯罪を犯していたという事にはなりますが……」


 社交界に出ていれば、そういう噂話が耳に入ったかもしれない。

 それを聞くすべはないけれど、それでもメラニアに会えば何か分かったかもしれないが……。

 今の私にはどちらもない。どうして警吏が動きだしたのか、サッパリ分からなかった。


「ともかく、そう……そうだわ、今日は一日こちらにいますから。…………夜には帰りますけれど」

「ありがたいけれど……大丈夫なの? アナベル」

「大丈夫です。…………ほらフレディ、しっかりして。お父様はともかく貴方までそんなに気落ちしてしまっていたら、誰がブリンドル家を支えるの?」


 私の一言に俯いていたフレディが顔を上げる。視界の端で父が口をパクパクさせていたが、何も言葉は出ていなかった。


「……言われなくたって分かってるよ!」

「なら良かった。……この件を知っているのは誰かしら」

「そいつ、母さん、姉さんに俺、それから……使用人たちは知っていると思う」

「ジェイドとレイラは」

「朝に騒ぎがあったのは知ってるけど、何があったのかまでは知らないと思う」

「なら最初に使用人を集めて。全員に事の経緯が分かるまでは、外でこの件を漏らさないように口止めをしなくては。それからジェイドとレイラにも説明をしましょう」

「話すのか、二人に」

「あの子たちももう幼子ではないわ。何かあったと不安を抱え続けるよりは、説明をちゃんと聞いた方が楽でしょう」


 私たちは揃って部屋の外に出た。使用人たちを集めて、彼らに今回の話を外では漏らさないように通達する。

 それから、客人が来た時は、たとえ相手が警吏でも一度主人に連絡し、どう対応するか指示を仰ぐようにと伝えておいた。警吏を勝手に案内した使用人が誰か私は知らない。その人だけに話しても別にいいのだが、その人だけが心得ても、他の人がそうしなかったら意味がない。だから使用人たちの顔には特に視線をやらないまま、使用人の仕事の仕方として忠告……アドバイス? として伝えておくにとどめた。


 その後に私たちはジェイドとレイラの元へ行く。


「ジェイド、レイラ」

「お姉様! どうしてお姉様が?」


 驚いて目を丸くしている妹たちをそっと抱き寄せた。


「フレディが呼んでくれたの。朝から騒がしかったのでしょう」

「ええ、何があったの? 教えてくれるの?」

「勿論よ」


 フレディが二人に、事の次第を伝える。なんとなく、誰が来たかまでは知っていた二人だったけれど、偽物の『小麦畑』が目的だったと聞いて不安そうな顔をする。


「お、お父様、逮捕されてしまうの……?」

「そんな事はないわ。だってお父様は絵を買っただけでしょう? あの絵を本物と偽って更に誰かに売ったりしていたら犯罪だけれど、そんな事していないもの」


 警吏が持って行った理由が分からないのでそうとしか言いようが無かったけれど、私が口をはさんだ事で妹たちは少しホッとした顔をした。


「もしまた警吏が来たとしても、お父様にお母様、フレディに私もいるわ。だから二人は安心してちょうだい」

「はい、お姉様」

「わかりました、お姉様!」


 元気の良い返事に笑顔が自然と浮かぶ。


 そこでレイラがそう言えばと話題を変えた。


「お姉様、ありがとうございますっ!」

「……? 何がかしら」


 本気で分からず首をかしげていた私に、レイラはニコニコと愛らしい笑顔を浮かべたまま言った。


「ドレスの事です! お姉様、『ドロシアーナ』に頼んでくださったのですね!」

「ああ……もしかして、もう届いたの?」


 流石ドロシア。準備が早い……。


「違いますわ。先日、『ドロシアーナ』のデザイナーさんが、わざわざ採寸と希望を取りに来てくださったの!」


 ……?


「デザイナーさんがわざわざ屋敷に来て下さるなんて、初めての事で驚いてしまいましたわ!」

「連絡が来た時も、本当に我が家に来るの? と思ったのですけれど、色々な道具をお持ちになられて……凄かったですわ」


 なんて?

 え?


「『ドロシアーナ』のデザイナーが家に来た?」

「はい!」


 フレディにも視線をやるが、私の反応に少し不思議そうな顔をしながら頷かれた。

 『ドロシアーナ』のデザイナーという事は……それは、ドロシア以外に該当者がいない。いないのだが……。


「えぇと、赤毛の?」

「はい」

「ええ」

「うん」


 ……そ、そこまでしてという意味ではなかったのだけれど!?

 それとも私が手渡した採寸の情報は何か足りなかったのかしら。ど、ドロシア!? どちらなの!


 心の中で叫ぶ事になってしまった私だったが、当然その声にこたえてくれる人がいるはずもない。


 ……その日、警吏たちがブリンドル伯爵家を再び訪れる事はなく、私は夕方にライダー侯爵家の屋敷へと帰る事になった。

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― 新着の感想 ―
メラニアの旦那やるなぁw
[良い点] 偽物全部回収してるとしたら警吏忙しすぎるでしょ笑笑
[良い点] 諾々とした状況に風穴が開きましたね。 良いかぜが入ってくれること楽しみにしております。 若奥様推しの風穴あけ名人達に乾杯!
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