【11】信頼のおける相談相手
さて大きな悩みが出来た私だが、相談できる相手というのも限られている。
夫?
論外。
義父母。
領地にいて手紙でしかやり取りをしていないし、信頼できるか難しい。
使用人の皆。
難しい。助けようとはしてくれるかもしれないが、流石にこの問題は彼らの手に余る。
社交もしておらず貴族同士の知り合いなどほぼ皆無な私に頼れる人間は――勿論、一人しかいない。
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『皆さま、お聞きになられたでしょうか。この男は今先ほど、己が口で己が所業を明かしました!』
『ま、待て、黙れ! アナ!』
『名前を呼ばないで。……この男は私を騙し、それでは飽き足らず、皆さますら騙してきたのです。国王陛下。恐れ多くも申し上げます。この国は、このような所業が許されると言うのでしょうか?!』
『……奴を塔へ!』
『ち、父上!』
『黙れ。貴様のような愚かな息子など、余にはおらぬ』
『そ、そんな……!』
力なく崩れる悪役を、兵士たちが連れて行く。残った人々の中で、玉座に座る国王は主人公を見下ろした。
『アナスタシアよ。希望があれば聞こう』
『陛下。では私が白い結婚であった事をお認め下さい。そしてどうか、次に私が結婚する相手は、私に選ぶ権利を』
『……良かろう。どちらも認めよう』
主人公は国王に自分の要望が認められた事を喜び歌う。
舞台上が暗くなる。歌い続ける主人公だけに光が当てられていた。それも途中で舞台袖に消えて見えなくなる。
次に全体が明るくなると、舞台の上は舞踏会から田舎の風景へと変わっていた。
舞台袖から出てきた主人公は、豪奢なドレスからシンプルな白のドレスに着替えていた。それは彼女が白い結婚だったと認められ、まだ何にも穢されていない乙女であることを表しているかのようだった。
彼女は走る。その先に立つ、愛する人の元へと。
『グレッグ!』
『アナスタシア!』
二人は抱き合い、口付けを交わす。
『愛してるわ』
主人公の声が響くと共に拍手が響き渡る。物語が終わったと私に伝えていた。
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白い結婚と離縁のテーマが流行り出した頃は、そこまで物語に独自性はなかった。殆どの流れが一緒で、主人公が使える手がそれぞれ違うという感じ。後は舞台の上に立つ女優俳優の実力次第という感じだ。
しかしだんだんと、劇の雰囲気も変わってきた。脚本家たちが、物語に他の劇場との違いを出そうとしてたのだ。
例えば白い結婚をさせられた女性の、男性や悪役キャラクターに対する復讐が過激なものになっていったり。
例えば、そもそも白い結婚自体も女性の方が最初から企てていた計画の一部だったり。
逆に、白い結婚の悲惨さに焦点を当てて描く作品も出てきたりと、どうにか物語でも他の劇場との差を作り、客の記憶に残ろうとしている脚本家たちの努力が垣間見える。
私はというと、以前よりは白い結婚をさせられている物語を見ても、辛い気持ちにはならなくなってきた。見過ぎたせいで、なんとなく先が予測できるようになってしまったせいもあるかもしれない。
……まあ、今日ばかりは、それより気にかかっている事があるからだが。
「ジョルジーヌ、今日も素晴らしい歌だった……! ありがとうアナベル。あの舞台、中々観に行けてなかったのよ!」
「喜んでもらえて良かったわ」
普段はメラニアに私が誘われて共に出掛けてばかりなので、私から誘うというのはとても珍しい事だった。飽きもせず白い結婚を話題にした舞台が上演されているアデラ座に二人で赴き、その後は完全個室のある飲食店へと場所を移す。
個室の部屋の中には私とメラニアがいて、普段は外出時は近くに控えている従者のジェロームには部屋の外に出て貰っている。個室で窓もない構造になっているので、部屋に入るには出入口を通るしかない。そのため、出入口に立つ事で部屋の外に出てもらうのを了承してもらった。
「それでアナベル。私に何か用があったのでしょう? なぁに?」
簡単な軽食を注文し、料理が運ばれてきた後、メラニアはそう言った。私が驚いて少し硬直していると、彼女は笑う。
「アナベルから誘ってくれるなんて今まで無かったじゃない。それにこんな、外が分からない個室に連れてこられて、いつも傍で控えさせている従者さんまで下げてたら気づくわよ」
「……そうよね、そうよね」
それはそうだ。何か話したいのだと言っているも同然の行為で、振り返ると少し恥ずかしくなる。
少し赤くなった顔を扇で仰ぎながら私は友人の顔を見つめた。メラニアは初めて会った時から変わらない、人の好さそうな少し丸みを帯びた顔で微笑んでいた。
「……ここだけの話という事にしてほしいのだけれど」
「勿論よ。外で話して良い話題と、そうでない話題ぐらい分かるわ」
「ありがとう。……実はお父様がドリューウェットの『小麦畑』の偽物を買ったの」
「…………やってしまったわね…………」
「それだけなら良かったのだけれど、来月に家でパーティを開く予定があるらしくて」
「嫌な予感しかしないわね」
「素晴らしい勘ね。その目玉として『小麦畑』の話をしてしまったらしいの」
「どちらを向いてももうどうしようもない状態ではないかしら、それ」
「そうなの。どうせ瑕はつくのだけれど、フレディのためにも少しでも浅い瑕にしたくて。あ、フレディは一つ下の弟よ」
「覚えてるわよ、友達の家族ぐらい。会話をしたことはないけどね。……でもそうね、一つ下だからもう社交界デビューもすませたでしょう? その年で偽物を買ったと言われるのは辛いわね」
最終的にそこまで噂が捻じ曲がる可能性はゼロではないため、出来れば父が『小麦畑』の偽物を買ったという事がそこまで印象的にならないようにしたい。
「それにしても小麦畑を購入したと言ったのなら、もしかすればそれなりに広まっているかもしれないわ。ブリンドル伯爵家の名前は、貴女が結婚する時にそれなりに話題になっていたからね」
「そうなのよね……」
これがまだ、私が結婚前の事であったのなら、あまり話題にもならなかったと思う。ブリンドル伯爵家? ああ名前は聞いた事あるなぁ、ぐらいで、面白味もなく、あまり燃えなかっただろう。
しかし長女である私が、名門であるライダー侯爵家に嫁いでしまった。これにより、社交界の中でブリンドル伯爵家の名前は知名度を取り戻している。それ以降の活躍については特にないが、ブリンドル伯爵家の名前を聞けば、ああ、娘がライダー侯爵家に嫁いだよね、ぐらいまで情報が浮かぶ程度には意識されているのだ。
つまり今やらかすと、ただでさえ落ちているブリンドル伯爵家の名が更に落ちる。
跡を継ぐフレディは勿論の事、これからどこかに嫁いでいかなくてはならないジェイドやレイラのこれからへの影響が大きい。
……ライダー侯爵家と私はというと、実のところそこまで大きな影響はないだろうと思う。
ライダー侯爵家はそもそもブリンドル伯爵家の悪い噂も込みで私が嫁ぐ事を受け入れているから、犯罪を犯した訳でもなければそこまで気にしないだろう。……呆れたり、文句の声は出てくるだろうし、侯爵や夫人が我慢出来なくなるかもしれないが、それでも夫が私と離婚しようと考えるとは思わない。
確かに短期的な意味ではライダー侯爵家にも噂が付きまとう。それでも夫からすれば、私という“お飾り妻”をまた見つける手間を考えれば、これぐらいの汚名は気にしないはずだ。
だからやはり、今回の問題はどれだけブリンドル伯爵家の名につく瑕を小さくできるか、という所だ。
「他のドリューウェットの作品を代わりに出すとかは?」
「無理よ。いくらなんでも『小麦畑』と見間違える作品なんてないでしょう」
もし父が、ドリューウェットの作品を手に入れたとしか言っていなければ、その手は使えた。私の絵画のコレクションの中にドリューウェットの絵があるからだ。信用の置ける筋から購入しているので間違いなく本物で、それとは別途鑑定にも出しているから真贋の鑑定は問題ない。
だが父は『小麦畑』を手に入れたと言っているのだ。そうなると、やはり『小麦畑』を凌ぐインパクトのある絵が必要になる。ドリューウェットの作品で有名な絵は他にもあるが、他は個人所有が不可能なものばかりで、一時的でも手に入れる事は難しい。
「となると、ドリューウェットの『小麦畑』より珍しく、価値のある作品を用意しなくてはならないという事よね。…………難しすぎない?」
「そうなのよ。どうしましょう……」
私が持っているコレクションで代役が務まるのならどれでも貸すのだけれど、私が買っている絵画はどちらかというと現在進行形で作品を生み出している作家の作品が多い。つまり、絵画にあまり興味のない層からの認知度は低いのだ。そんな作品では、どれほど素晴らしくても今回のパーティでは無価値になる可能性がある。
絵が好きな人は有名だろうが無名だろうが好きだと思えば気にしない。
だが絵の事をお金と交換できる品物としか思っていない人間は、どれぐらい有名か、どれぐらい価値があるかという点でしか判断しないのだから。
「唯一幸いな事は、今のブリンドル家でも手紙を出す事が容易な層にしか招待の手紙を送っていない事なの」
家に帰った後、母から招待状を送ったリストを貰った。そこに記されていたのは親戚と、それなりに勢いのある商家や、騎士、男爵、子爵当たりの家ばかり。伯爵以上の家は無かった。恐らく父の力で手紙を出せる範囲が、このあたりが限界なのだろう。
格上相手に恥をさらすのと比べれば、いくらか、いくらかはマシだ。
リストの名前を見て少しだけホッとしたのだ。最終手段として、私が夫に頭を下げて頼み込んで、ライダー侯爵家の力を使って変な事を言いふらさないようにする、という手段が取れるから。これがライダー侯爵家でも物申せないような高い人間が招待されていたらどうにもならないが、今のところ招待されている人間を見れば何とかなるだろうと考えられた。
とはいえそれは、最終手段としたい。
「何か良い案ない? メラニア」
「難しい事を言うわねぇ。…………あっ」
「何か思いついたの?」
つい身を乗り出そうになるのを必死に抑えながらメラニアを見上げると、彼女は人差し指を立てながら言った。
「絵画なら、やっぱり専門家に聞いてみましょう!」