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Menu25.東方と王国を結ぶ茶 その5

 さすがは、あれだけの料理を生み出した女性と言うべきだろう……。

 アウレリアが茶を立てる姿は、慣れないなりに、なかなか様となっている。

 一芸を修めし者は、類似する分野でも実力を発揮できるということだ。

 とはいえ……。


 ――すでに、皆様の意表は突きました。


 ――この後は、ゆるりとお茶を楽しむだけ。


 スミレの胸中に漂うのは、圧倒的な余裕であった。

 そもそも、今は新邸完成の記念として開いている野点(のだて)の席であり、何かを競っているわけではない。

 だから、勝ちも負けもない。

 勝ちも負けもない、が……。

 あえて、スミレは勝負事へ挑むような心持ちで、これに(のぞ)んでいる。

 そして、そこで得られた感触は、まぎれもなく勝利のそれなのであった。


 故に、落ち着いた気分で茶が立てられるのを待つ。

 湯と牛乳を沸かし……。

 抹茶と砂糖を混ぜ合わせ、そこに少量の湯を加え、さらに混ぜる……。

 よく混ざったところで、温めた牛乳を加え、もう一度、泡立てながら混ぜる……。

 これで――完成。


 やはり、お見事な手際だ。

 牛乳を泡立てる手の動きが、少しばかり大げさであったか、多分に空気を含んでしまったようであるが……。

 初めてであるのだから、上出来だろう。

 あとは、茶こしでふるいにかけた抹茶を散らせば、それで終わりだが……。


「あれ?

 アウレリア樣、まだ何か手を加えるんですか?」


 渡来したヒイヅル人の子孫だという娘が、驚きの声を上げる。


「ええ。

 せっかくですから、わたしなりの工夫を加えてお返ししようと思って……」


 ヒイヅル娘が問いかけた通り……。

 アウレリアは、道具箱の中へ収められていた菓子切りを手にしていたのだ。


「それで、何をしようといいますの?」


 一同の中で、最も派手な装いの女性が尋ねる。


「――ああ。

 あれをなさるんですね?」


 一方、アウレリアへ仕えているのだろう娘のみは、何やら納得した風でいた。


「ふふ、正解。

 これはね……こうするの」


 ほほ笑みを浮かべたアウレリアが、菓子切りをラテの表面に――突き刺す。


「え……?」


 思わず、姫君にあるまじき声を漏らしてしまう。

 しかし、そんな自分には構わず、アウレリアは突き刺した菓子切りを丁寧に動かし始めた。

 そもそも、菓子切りとは、文字通りに菓子を切り、突き刺すための道具である。

 それで一体、何を切ろうというのか……。


 その答えは――泡だ。

 アウレリアは、泡立ったラテの表面を、菓子切りでいじり始めたのである。


「それは一体……」


 疑問の言葉を口にするが、それはすぐに氷解した。

 何となれば……。

 アウレリアが菓子切りを使ったことにより……。


「まあ!

 かわいらしいうさぎですこと!」


「本当!

 飲み物の上に、絵が描けてしまうなんて!」


 派手な女性と、ヒイヅルの娘が快哉を上げた。

 彼女らの言う通り……。

 アウレリアが手がけたラテの表面には、徐々に……徐々にと、うさぎの姿が描かれ始めたのであった。


「ふふ……。

 小さな頃から、これをするのが好きでしたものね」


 自分を真似てだろう。

 従者の少女が、着物の裾を口元に当てて、そっと笑う。


「――はい。

 これで、出来上がり」


 アウレリアが、菓子切りをそっと抜き出す。

 完成した、彼女のラテ……。

 その表面には、幾分か抽象化された……しかし、はっきりうさぎと判別できる絵が踊っていた。


「ハイデルバッハ王国において、うさぎは、幸運の象徴であると言われています。

 つたない出来ですが、どうか、お楽しみ頂ければ……」


 何か……。

 何か、ひどく愕然とした気分で、差し出された茶碗を手に取る。

 そして、ようやくにも口を開く。


「まあ、王国においても、そうなのですね?

 ヒイヅルにおいても、うさぎは国興しの神へ仕えた獣として、吉兆の証とされています。

 遠く海を隔てた二つの国で、同じような伝承があるなんて、何と面白い……。

 誠、この場にふさわしい一杯でありますこと」


 そう言って、茶碗を右に少しずらす。

 材料の手配ができなかったため、茶菓子などを省いた略式の野点(のだて)……。

 そこで、せめて正式な作法を見せたのは、乙女の抵抗であった。


「味も――美味しゅうございます」


 乳や砂糖を多分に使用したはずのラテは、妙に……ほろ苦い。




--




「どうやら、スミレ姫殿下とアウレリア殿は、打ち解けられた様子だな」


 庭園の隅に置かれた座席……。

 そこで、ヒョウマが立てた茶――ラテを味わいながら、ヴァルターはそうつぶやく。

 最初、スミレ姫がアウレリアたちの場所へ向かった時には、何事かと思ったが……。

 どうやら、またアウレリアが何かをやってくれたらしく、今は女性陣できゃいきゃいとお茶を立てては、何やら菓子切りを動かしていた。


「おそらく、着物姿の王国娘が珍しかったのだろうが……。

 仲良くなれたなら、本当に良かった」


 一方、ヒョウマはといえば、満足して話す自分に対し、何故だか白い目である。


「ヴァルター、お主……。

 それは、本気で言っておるのか?」


「む……。

 本気とは、どういうことだ?」


 尋ねると、海を越えてやって来たサムライは、何故だか月代(さかやき)に手を当てた。

 そして、そのまま深い溜め息をつき、考え込むと……ようやく、続く言葉を口にしたのであった。


「お主なあ……。

 スミレ姫様が向けているご好意に、気づいておらぬのか?」


「ああ……。

 以前、ゲルトに指摘されたな」


 あれは確か……そう、シュロスからの帰り道、潮干狩りへ向かうきっかけとなった会話だ。

 隣を歩くゲルトから、かつての冒険行で出会った女性たちの内、何人かが自分へ好意を向けていたと、そう聞かされたのである。

 挙がった名の中には、スミレ姫の名前もあった……。


「だが、そういうのは、はしかのようなものではないのか?

 こう、海を越えてやって来た物珍しい男に対する……」


 自身の見解を語るが、ヒョウマの目は白いままだ。

 そして、ヴァルターが知る限り、ヒイヅル随一のサムライである男は、またも深い溜め息を吐いたのであった。




--




 そして、ここにも、振る舞われたラテを楽しみながら、時折、アウレリアたちの様子をうかがう者が一人……。


「姉様……」


 その少女――カーヤは、誰にも聞こえぬような小声で、そうつぶやいたのである。


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